火星の水の起源と行方と変遷を追う

2018年から宇宙研に。それまでは?

大学院では地球の地質学を専攻していました。地質学では野外調査が欠かせず、知力と体力の合わせ技であるところが魅力でした。しかし、地球についてはだいぶ理解が進んでいます。これから自分が新しいことをやるのは遅いかもしれないと思っていたとき、アメリカのテネシー州立大学で火星探査機のデータを解析する研究者を公募していることを知りました。火星には現在でも薄い大気があり、また火山活動や川や海があった痕跡が見つかっていて、地球とよく似ています。地球の地質学の知識も活かせると考え、迷わず応募しました。

1970年代にアメリカの「バイキング」が火星着陸に成功しました。その後、火星探査は失敗が続き、次に着陸したのは1997年、「マーズ・パスファインダー」の「ソジャーナ」です。そして2004年、「マーズ・エクスプロレーション・ローバー」の「スピリット」と「オポチュニティ」が着陸に成功しました。私がアメリカに行った2005年は、まさに火星探査が盛り上がっていた時で、とても面白かったです。

2009年にNASAに移り、火星隕石を用いた火星の水に関する研究も始めました。水は、火星の進化や生命の存在と密接に関わっています。外国人研究者がアメリカで認められるのは大変だからこそ、誰もが火星の本質だと考えるテーマを選んだのです。

火星隕石とは?

火星に微惑星などの小天体が衝突した際に火星から放出され、地球に飛んできた岩石です。火星の水の起源については、彗星か小惑星か、2つの説がありました。火星隕石に含まれる水の水素同位体比(水素Hと重水素Dの割合)を調べると、どちらかわかります。しかし火星隕石には地球の水が混入してしまうため、正確な分析ができていませんでした。私は、隕石の中の流体包有物という小さなカプセルに閉じ込められた水に注目しました。微小な領域にある火星の水だけを分析できる手法を開発し、それが小惑星起源であることを明らかにしました。また、かつて火星表層にあった水はすべて宇宙空間に散逸したのではなく、凍土などとして現在も地下に貯蔵されていることを示しました。さらに2012年に東京工業大学に移ると、過去から現在までの変遷を明らかにする研究を始めました。起源、変遷(散逸)、そして行方(貯蔵量・貯蔵場所)という火星の水に関する三部作の完結を目指し、宇宙研でも研究を継続しています。

火星の衛星から試料を持ち帰るMMX

現在の主な研究は?

火星衛星探査計画(MMX)に参加しています。MMXは、火星の2つの衛星フォボスとダイモスを観測し、そのうち1つからサンプルを採取して地球に持ち帰ります。火星衛星からのサンプルリターンは世界初です。火星と衛星の距離が近いため、火星表面から飛び出した砂粒が衛星の表面に堆積しています。持ち帰る試料には火星の砂粒も含まれていると期待できます。火星隕石は我々の手元にありますが、火星のどこから来たか詳細にはわからず、変成も受けています。探査機からは詳細なデータが送られてきますが、現物を手にできないもどかしさもあります。サンプルリータンは、火星やその衛星の試料を変成を受けていない状態で手にできるのです。

MMXは日本が主導し、アメリカ、フランス、ドイツなどが参加する国際ミッションです。私は、各国の代表研究者が出席する国際サイエンスボードのオーガナイザーをしています。各国がそれぞれ主張をするので会議は毎回紛糾します。ただしMMXを成功させたいというゴールは一致しているので、最後はまとまる。皆さんは第一級の研究者なので、学ぶことも多いです。

MMXの次は?

火星着陸ミッションを検討しています。この20年ほどで、火星の表面についてはずいぶんわかってきました。日本は後から行くのですから、これまでの探査とは違うことをやるべきです。私は、地下を掘って水の存在を確認したい。掘らずに、地層が露出している崖にアプローチする方法もあります。「はやぶさ」が小天体からのサンプルリターンの先陣を切ったように、私たちの手で新しい火星探査の幕を開けたいですね。

さらに将来には、さまざまな形の探査機をたくさん火星に送り、それぞれが異なった目的の探査を行う、そんなミッションを実現したいですね。丸いロボットが転がりながら広範囲を探査したり、虫のようなロボットが崖を登ったり。ガンダム世代なんです。

所属をいくつも移ってきました。
宇宙研の印象や今後の抱負をお聞かせください。

楽観的なので、なるようになると公募のポジションをつないで、今に至ります。5年以上同じところにいたことがありません。MMXは2024年打上げ予定ですから、宇宙研には初めて5年以上いることになるでしょう。これまでの経験を活かしつつ新しいことをやれるので、毎日が楽しい。まだ勝手が分からず時々怒られますが、それも新鮮です。

【 ISASニュース 2019年6月号(No.459) 掲載】