はじめに

深宇宙探査技術実証機DESTINY(デスティニープラス)は、「はやぶさ」、「はやぶさ2」に続く日本の小惑星探査計画です。「はやぶさ2」は大型ロケットH-IIAで打ち上げられましたが、DESTINYは、開発中の小型ロケット「イプシロンS *1 」を利用します。

*1 https://www.jaxa.jp/projects/rockets/epsilon/index_j.html 参照

DESTINYDemonstration and Experiment of Space Technologyfor INterplanetary voYage with Phaethon fLyby and dUst Scienceの略称で、前半が工学ミッションの目的である「深宇宙探査技術の実証」、後半が理学ミッションの目的である「小惑星(3200)Phaethon(フェートンまたはファエトンと呼ばれる)のフライバイ及びダストサイエンス」を表しています。工学と理学の連携により、小惑星の近傍を通過しながら観測を行う「フライバイ探査技術」の獲得を目指します。工学ミッションはISASが、理学ミッションは千葉工業大学が中心となって計画を進めています。また、ダスト観測装置はドイツのシュツットガルト大学が中心となり開発を進める国際共同ミッションです。

本計画の前身となるDESTINYは、ISASの「2013年度イプシロン搭載宇宙科学ミッション」の提案募集に応募しましたが、最終審査で不採択となったため、理学ミッションを加えたDESTINYとして、ISASの「2015年度公募型小型計画・宇宙科学ミッション」の提案募集に再応募し、2017年8月に選定されました。今年6月1日にプリプロジェクト(プロジェクトの前段階)となり、2024年度の打上げを目指しています。

DESTINY探査機は、イプシロンSロケットとキックステージで地球周回長楕円軌道(230 km×37,000 km)へ打ち上げられた後、「はやぶさ2」の技術を継承したイオンエンジンを使って、約2年かけて地球を周回しながら徐々に高度を上げ、月の重力を利用してフェートンに向かう軌道に移り、さらに約2年かけてフェートンに接近します。「はやぶさ2」は小惑星リュウグウに1年以上滞在して観測や着陸を行ったのに対し、DESTINYは秒速33km以上という高速で、フェートンから約500 kmの距離を通過しながらフェートンを観測します。本稿では、DESTINYの理学ミッションに焦点を当て、DESTINYが目指すサイエンスについてご紹介します。

地球に飛来するダストの科学的意義と課題

近年、地上で回収された隕石や地球外の固体微粒子(以下、ダストと呼ぶ)から様々な種類の有機物が発見されたり、米国の彗星探査機スターダストが持ち帰った彗星ダストや欧州の彗星探査機ロゼッタが直接分析した彗星表面からも有機物が報告されています。また、地上望遠鏡や宇宙望遠鏡による、惑星間や星間のダストの観測も有機物の存在を示しています。これらの研究結果を踏まえ、地球生命の種となった有機物や炭素物質が地球外から持ち込まれたとする仮説の実証を目指して、惑星科学、天文学分野において様々な手法で研究が進められています。

隕石の中で炭素を含むものは5%程度ですが、ダストは一般的に炭素を含む隕石の数倍から10倍の総炭素量を持ち、複数種の有機分子を含みます。地球に飛来する年間4万トンを超えるダストのうち、有機物が分解されずに大気圏を通過できる100μm以下のものは年間約2,500トンと見積もられており、これは隕石の年間飛来質量の約50倍に相当します。小惑星や彗星が地球に衝突した場合の落下質量はダストに比べると圧倒的に大きいですが、半径100m以上のものは大気摩擦による減速が効かないため、地表への激突時に発生する高温で有機物の大部分が分解してしまいます。一方、大気摩擦で効率的に減速するダストは地表への有機物供給として有利であるため、ダストは地球外から地表に有機物を持ち込む主要な媒体と考えられます。

図1

図1 成層圏で回収された二種類の惑星間ダストの走査電子顕微鏡写真。左が彗星起源とされる惑星間ダスト。 空隙が多いのは、水氷が昇華した痕跡だと考えられている。 右は小惑星起源とされる惑星間ダスト。空隙は少なく、密な構造を持ち、結晶構造中に水を含む鉱物が存在する。 スケールバーは共に1μm(Engrand et al. (2011))。

地球に飛来するダスト(以下、地球飛来ダストと呼ぶ)には、主に惑星間ダストと流星群ダストがあります。惑星間ダストには太陽系の外から来るものも少量含まれ、これらを星間ダストと呼びます。惑星間ダストは、太陽系内の不特定多数の彗星や小惑星由来のダストを含むため、ダスト粒子の由来はわかりません。成層圏で回収された惑星間ダストには、水を含まない鉱物からなるダストと水を含む鉱物からなるダストの二種類があり(図1)、前者は彗星由来、後者は小惑星由来と考えられています。しかし、両方の特徴を持つものもあり、ダストの由来については推測の域を出ません。大気圏突入やサンプル捕獲時の熱変成による有機物量や組成への影響もよくわかっていません。また、星間ダストの望遠鏡観測データは有機物の存在を示唆している一方、米国の土星探査機カッシーニが星間ダストを直接分析したところ、有機物はおろか炭素も検出されなかったことから、太陽系に流入する星間ダストの有機物の存在有無もはっきりしていません。

一方、流星群ダストは、地球の軌道と交差する軌道を持つ彗星や小惑星から放出されたダストが、それらの天体の軌道に沿って帯状に分布したダストトレイルを経由して地球に運ばれてきています。そのため、流星群ダストの由来天体(流星群母天体と呼ぶ)は、地球に有機物を含むダストをもたらす天体として重要な研究対象です。流星群母天体の多くは彗星ですが、小惑星もあります。三大流星群の一つであるふたご座流星群の母天体は小惑星フェートンであり、DESTINYの探査標的天体です。

小惑星フェートンの特徴と謎

フェートンは、1983年に赤外線天文衛星IRAS(アイラス)により発見された地球近傍小惑星です。直径約6 kmで、地球に衝突する可能性のある天体としては最大級です。太陽光の反射分光特性(スペクトル)からリュウグウと同様に炭素に富む小惑星と考えられており、太陽系天体で最も青いスペクトルを持つことで知られています。1.4年の公転周期で、彗星のように黄道面から22度も傾いた細長い楕円軌道を描いて回っていて、自転軸は黄道面の方へ大きく傾いています。太陽に最も接近する小惑星の一つで、近日点距離は水星より太陽に近いため、近日点付近では小惑星の表面は700度以上に加熱されます。米国の太陽観測衛星ステレオは、近日点通過時の数日間のみ、フェートンからのダスト放出を観測しています。このようにフェートンは彗星と小惑星の特徴を併せ持つため、活動的小惑星 *2 に分類されています。また、直径約1kmの小惑星2005UDは、フェートンから分裂したと考えられており、フェートン自身は小惑星帯にある太陽系最大の小惑星(2)パラスから分裂した可能性があります。このようにフェートンは多くの興味深い特徴を持つため、これまで様々な観測が行われてきましたが、フェートンからどのようにダストが放出しているかは、地球からの望遠鏡観測ではわからないため、謎に包まれたままです。

*2 小惑星的な軌道を持ちながらもダストなどを活発に放出する現象が観測される天体。このような天体は2000年代後半に小惑星帯で次々と発見されたため、当初は小惑星帯彗星と呼ばれていました。その後小惑星帯以外でも発見されたため、より一般的な『活動的小惑星』という名称で呼ばれるようになりましたが、その起源や実態はよくわかっていません。

ふたご座流星群は、1時間あたりに観測される流星の数が多く、それはダストの帯を構成するダストの量が多いことを意味します。しかし、フェートンがダストを放出するのは、太陽に最接近する数日間のみで、放出ダスト量も少ないため、フェートンからいつ、どのような形でふたご座流星群のダストが放出されたのか、大きな謎です。また、地上からの流星群の分光観測から、ふたご座流星群のダストは、他の流星群のダストに比べてナトリウムが乏しいこともわかっています。ナトリウムは高温で蒸発しやすい性質のため、フェートンの表層物質あるいはフェートンから放出されたダストが太陽の輻射熱で加熱された影響かもしれないと考えられています。

DESTINYの理学ミッション

DESTINYの理学ミッションの目的は、地球への主要な有機物供給源と考えられるダストの実態と、地球に流星群としてダストを供給しているフェートンの謎を解明することです。探査機が地球からフェートンへ向かう道筋は、ダストが地球に運ばれてくる道筋の逆方向に相当します。イプシロンロケットで打ち上げられた探査機は、地球周回軌道を回りながら徐々に地球から離れ、惑星間空間を航行し、ふたご座流星群のダストトレイルを通過し、母天体であるフェートンに向かいます。探査機はダストの輸送経路を遡りながら、その場でダスト粒子の物理化学特性を継続的に観測します。フェートンへ接近する際はフェートンの地質調査と周辺のダストを観測します。これらの観測は、ダスト粒子毎の物理化学特性を直接分析するダストアナライザ「DESTINY Dust Analyzer (DDA)」、追尾撮像機能を持つ望遠カメラ「 Telescopic Camera for Phaethon (TCAP)」、可視近赤外域を複数波長で観測するマルチバンドカメラ「MultibandCamera for Phaethon (MCAP)」の三つの観測装置で行います。

DDAは、衝突電離型のダスト検出器と飛行時間型質量分析計が一体となった観測装置で、米国の土星探査機カッシーニに搭載されたダストアナライザの進化版です。数10 nmから数10μmのサイズのダスト粒子毎の質量、速度、飛来方向、化学組成をその場分析することが可能です。DDAによるダストの観測により、惑星間ダストの粒子毎の由来に制約を与え、大気圏突入やサンプル捕獲時の熱変成の影響を受けないダスト中の有機物の情報を得ることができます。

フェートンは細長い楕円軌道を持つため、探査機との相対速度が非常に大きく、高速で通過するフェートンをカメラで追尾撮像することは技術的な挑戦です。探査機がフェートンから500kmの距離まで接近する際、TCAPは秒速33km強で通過するフェートンを追尾しながら撮像し、約5m/ピクセルという高空間解像度で表層の地形を観測します。MCAPはフェートンから約800kmの距離で約50m/ピクセルという空間解像度で、天体表面の太陽光の反射分光特性を測定し、表面の物質分布を調べます。これらの観測で得られるフェートンのグローバルな天体形状や物質分布、そしてローカルな表層地形のデータにより、活動的小惑星からのダスト放出機構や太陽光により著しく加熱を受けた小惑星の様相が世界で初めて明らかにされます。この探査では「はやぶさ」や「はやぶさ2」のように表層の物質を採取することはできませんが、高速フライバイ時にDDAがフェートン由来のダストをその場で分析し、得られるダストの化学組成から、フェートン表層に存在する鉱物や有機物の情報が得られると期待されます。また、フェートンに到着するまでの惑星間空間やダストトレイルのダストとフェートン近傍でのダストの観測データを比較することで、流星群母天体から放出したダストが地球に飛来するまでの間に、物理化学特性にどのような変化が生じるのかを調べることができます。

フェートンのフライバイ前に、追尾撮像の予行演習のために別の小惑星をフライバイすることを計画しています。また、フェートンをフライバイした後、探査機が健全な状態であれば、ボーナスミッションとしてフェートンからの分裂天体である小惑星2005UDをフライバイする計画も検討しています。

フライバイ探査前の地上観測の重要性

図2

図2 2017年12月16日~18日に世界最大級の電波望遠鏡である米国のアレシボ天文台のレーダ観測で観測されたフェートンのレンジ-ドップラー画像(Tayloret al., 2019)。フェートンの直径は約6km。空間分解能は1ピクセルあたり75m。フェートンが自転する間に、複数の特徴的な地形が確認された。フェートンは自転軸が寝ているため、この画像ではフェートンの北半球が主に見えている。(a)高緯度地域にみられる300m程度の岩塊あるいは隆起地形、(b)低緯度地域のkmサイズの陥没地形、(c)、(d)赤道付近に見られるkmサイズの陥没地形、(e)北極域に見られる約600mの円状のダークスポット(レーダ反射が乏しい地域)。

高速フライバイで、ほぼ自動観測で行う一発勝負のミッションを成功させるためには、事前に地上から天体を詳しく観測することはとても重要なことです。2017年12月に、フェートンが地球から約1000万kmまで接近した際、世界中で多くの観測が行われました。測光観測や分光観測からは自転周期(3.6 時間)やスペクトル型(B型)が精度よく求められました。また、偏光観測から、フェートンが太陽系小天体の中で最大の直線偏光度を持つことが明らかになりました。世界最大級の電波望遠鏡である米国のアレシボ天文台のレーダ観測により、天体の形状や表面の地形の情報が得られました(図2)。レーダ観測やライトカーブの観測データを用いて3次元形状モデルが得られ、「はやぶさ2」の目標天体であるリュウグウや米国の小惑星探査機オサイリス・レックスが探査中のベンヌと同様に、フェートンは赤道一帯が盛り上がったコマ型の形をしていることがわかりました(図3)。

図3

図3 アレシボの観測データやこれまでに得られたライトカーブを元に作られたフェートンの3次元形状モデル(アレシボ天文台のS. Marshall博士提供)。

一方、2017年の一連の観測後、アレシボのレーダ観測と米国の広域赤外線探査衛星WISEの観測から求められた天体サイズに比較的大きな開きがあること(前者は直径6.1km、後者は直径4.6km)、それにより天体表面の反射率の推定誤差が大きいことが課題として残りました。天体の真の大きさと形を直接知る方法として、小惑星による恒星食の観測があります。一般的にフェートンのような小さいサイズの小惑星では、軌道決定精度が十分でないために恒星食の予報精度が悪いのですが、フェートンの場合は2017年の地球接近時に多くの観測が行われたことで、軌道決定精度が著しく向上しました。さらに、最近、欧州の位置天文衛星ガイアにより、恒星の位置もこれまで以上の精度で決定され、これらの相乗効果でフェートンによる恒星食の予報がこれまでにない精度で出されました。2019年7月29日にアメリカ南西部で観測されたフェートンによる7等星の食は、NASAや米国の天文家及び研究者の協力により歴史的成功を収め、10月16日には日本でもフェートンによる11等星の恒星食の観測に成功しました。その結果、アレシボの観測から推定されたサイズより6%小さく修正されました。今後も、探査機がフェイトンに接近する直前までフェートンの地上観測を継続し、高速フライバイに備えます。「高速フライバイ」という新たな探査技術を獲得することで、今後のわが国の小惑星探査の探査対象や頻度の拡大につながることが期待されます。

【 ISASニュース 2020年7月号(No.472) 掲載】