はじめに:アストロバイオロジーの今日的意義

宇宙物理学(アストロフィジクス)や宇宙化学(コスモケミストリー)では、私たちが住むユニバースのどこでも同じ物理現象が起き、環境条件を整えれば同じ化学反応が起きるという前提に立って世界を理解します。一方の生物学は現在まで、地球生命というたった一つの対象について検証されてきた学問です。この生物学(バイオロジー)を宇宙(アストロ)のどこでも通用する知識体系に飛躍させて「宇宙における生命の普遍性や、地球生命の特殊性を理解する」ための学際的な探求こそが、「アストロバイオロジー」の今日的な意義だと言えます。

日本の宇宙科学でも、赤外線天文衛星や小惑星探査機など、アストロバイオロジー研究に間接的に貢献するプロジェクトは2000年代から実施されてきました。しかし、上記の課題解明を主目的に据えた計画は、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォーム(以後、「曝露部」)にて2015年から最長4年間の予定で運用中の「有機物・微生物の宇宙曝露と宇宙塵・微生物の捕集」実験、通称「たんぽぽ」計画が日本初となります。本稿では、初年度試料が地球に帰還して1年経った現在までの運用実績と得られた科学成果、2020年まで続くプロジェクトの今後と、「たんぽぽ」後継時代の展望を紹介します。

「たんぽぽ」計画の2つの科学目標と6つのサブテーマ

「たんぽぽ」の科学目標は、「生命の原材料となる有機物の宇宙塵による地球への輸送」と「地球生命が惑星間を移動する可能性」の両方を検証することです。そのために全国26カ所の大学・研究機関の研究者がチームを組んで、以下の6つのサブテーマを探求しています。

地球表面に到達した隕石や宇宙塵の一部には、生命の前駆物質であるアミノ酸など多彩な有機物や、海水の源としての含水鉱物や岩塩が含まれることが判明しています。生命の誕生以前から現在も年間2~6万トンほど地球に降り注いでいる宇宙塵こそ、前駆物質から化学的に生命が誕生するとした「化学進化仮説」の鍵です。「たんぽぽ」ではその検証のために、(1)分子雲の観測、隕石・宇宙塵分析、彗星探査から確認された有機物の宇宙での変成実験と、(2)有機物を含んだ宇宙塵を非破壊捕集する実験を行っています。

生命の起源に関しては、宇宙空間を生命が移動するという「パンスペルミア仮説」が1世紀以上前から提唱されています。地球の南極や砂漠で月隕石や火星隕石が採取されるのと同様に、火山爆発や小天体衝突等によって地球表層の土壌と共に重力圏を脱した地球生命が、「たんぽぽの綿毛」のように月や火星に到達する可能性はあります。「たんぽぽ」ではこの仮説を検証するために、(3)地球低軌道上での地球起源微生物の採集と、(4)極限環境微生物の宇宙での生存実験に挑んでいます。

秒速8kmもの超高速で地球低軌道をめぐる人工衛星には、小惑星や彗星を主な起源とする宇宙塵と、人工のゴミ・スペースデブリの両方が衝突します。衝突物をできるだけ壊したり熱したりせずに捕集する手段として、多孔質の「シリカエアロゲル」に代表される低密度捕集材が開発されました。この捕集材は、1992-3 年の欧州のユーレカ衛星(密度 0.06 g/ cm3)を皮切りに、1999-2006年に彗星塵サンプルリターンを果たした米国のスターダスト探査機(同0.03 g/ cm3)、そして今回の「たんぽぽ」実験 (同0.01 g/ cm3)へと、より低密度に進化しています。「たんぽぽ」では、(5)将来の深宇宙探査への応用も視野に入れた国産エアロゲルの宇宙実証と、(6)地球近傍の宇宙塵とスペースデブリのフラックス(時間当たりの存在量)の直接計測を行っています。

「きぼう」曝露部での軌道上運用

ISSは地球重力指向の三軸姿勢制御衛星で、高度約400-500 kmの低軌道を周回しており、「きぼう」曝露部は北側の進行方向に位置しています。「きぼう」曝露部への「たんぽぽ」搭載を機に開発された「簡易宇宙曝露装置(ExHAM)」は、「一皿」が100×100×20 mmの実験用パネルを、1回に合計「20皿」載せられる「お膳」に相当します。地上から操作されるロボットアームによって、「きぼう」与圧部のエアロック経由で曝露部の手すりに固定され、一定期間後に回収されます。「たんぽぽ」の実験用パネルはExHAM上で、常に地球と反対側を向いているためにスペースデブリがほぼ衝突できない「宇宙面」に捕集パネル4皿と曝露パネル3皿、宇宙塵とスペースデブリの両方が衝突できる進行方向面(東面)と与圧部と反対側の面(北面)に捕集パネルが4皿ずつ設置されています。

図

図 ISS(1)、「きぼう」曝露部(2)、ExHAM(3)、「たんぽぽ」捕集パネル(4)のエアロゲル中の捕集微粒子(5)とアルミニウム蓋上の微小衝突クレーター(6)、曝露パネル(7)内の試料収納部(8)に収められた放射線耐性細菌(デイノコッカス・ラディオジュランス)(9)。右下は「たんぽぽ」ミッションパッチ(10)。(Ⓒ:JAXA、NASA、「たんぽぽ」プロジェクト、山岸 明彦)

4年分の「たんぽぽ」実験装置一式は、2015年4月にスペースX社のファルコン9ロケットで打ち上げられ、「きぼう」与圧部内に運び込まれました。初年度試料(2016A)は同年5月から宇宙曝露が始まり、翌年6月に与圧部へ再度回収し、地球帰還カプセルに搭載されて8月に太平洋へ着水しました。

表

表 「たんぽぽ」全試料の打上げから詳細分析までのスケジュール

初年度試料の初期成果:捕集実験

ISASに設置された「無人無塵室」へ試料を搬入し、初期分析を開始したのは2016年9月でした。捕集パネル内部のエアロゲル上の衝突痕の探索から三次元計測、掘削までの工程を迅速に実行できる自作の「CLOXS」システムを駆使した結果、翌年7月までの10カ月間の初期分析で、11枚のエアロゲル上に0.1 mm以上の超高速衝突痕を約120個同定できました。衝突方向と微粒子フラックスの比較からは、0.01-0.1 mmの範囲で宇宙塵の寄与が大きく、四半世紀前のLDEF衛星の実測結果と整合的でした。また捕集パネル外部のアルミニウム蓋に見つかった微小クレーターの元素組成に基づく予備判定では、微粒子の起源の比率は「宇宙塵:スペースデブリ:起源不明=5:2:1」ほどであり、既存の分布モデルとも整合的でした。こうした地球低軌道の微粒子環境の直接計測は、日本ではSFU衛星以来20年ぶりです。

現在進行中の詳細分析では、有機化合物を含んだ宇宙塵や、微生物を含む地球起源エアロゾル粒子を探索中です。地球生命のパンスペルミア仮説に挑んだ先行研究の最高記録としては、観測ロケットによる地上高度48-77kmでの微生物採集があります。「たんぽぽ」はその検証範囲を、約10倍の高度まで拡げました。開発段階の地上実験では、高度約10㎞で発見された放射線耐性細菌(デイノコッカス・ラディオジュランス)が混ぜられた粘土鉱物の微粒子をエアロゲルに超高速で衝突させたところ、微生物のDNAが破壊されずに残っていました。

初年度試料の初期成果:曝露実験

地球生命圏が低軌道の高度まで達していたとしても、火星へ届いた「地球隕石」に付着していた地球生命は、火星環境で再び増殖できるでしょうか?「たんぽぽ」の曝露実験では、初年度試料が経験した最高~最低温度は26.4±5℃~マイナス35.3±5℃であり、微生物が死滅する温度域に達しないことを確認しました。同時に紫外線と放射線の総照射量も計測しました。これらの環境情報を付して、放射線耐性細菌の塊の厚さを変えた複数の曝露試料、ISS船内に保管された対照試料、地上に保管された試料がそれぞれ再び培養できるかを試しました。

その結果、厚み0.1 mmの塊は地上とISS船内で生存していましたが、船外では全滅でした。一方、厚み0.5 mmの塊は地上、船内、船外の全てで生存していました。それより厚い試料も同様で、生存率はほぼ一定でした。これらの違いの原因は現在確認中です。作業仮説としては、船外の厚み0.1 mmの塊は主に紫外線によるDNAの深刻な損傷によって死滅しますが、厚み0.5 mm以上の塊では最外殻の死骸に守られて内側の細菌の損傷は軽くなり、DNA二本鎖の断裂が起きても修復系遺伝子によってDNAが復元されると考えられます。今後は曝露期間2~3年の試料で生存率の経時変化を計測し、微生物の塊がどれほど長い間宇宙を移動できるかを評価する予定です。

曝露パネルには有機物試料も搭載しており、例えば彗星探査でも検出されたグリシンは、1年間の宇宙曝露後も全体の60%が安定して存在できることを見出しました。長期間の惑星間移動の末に地球へ到達できる生命前駆物質は低分子か複雑高分子かという問いにも、新しい手掛かりが得られつつあります。

おわりに:「たんぽぽ」後継時代の展望

本稿の執筆時点では、初年度試料は詳細分析の最中ですが、ミッション成功基準のミニマムサクセスは初期成果で達成できました。2年度試料は捕集・曝露ともに初期分析が進められており、宇宙塵のフラックスや微生物の生存率の経年変化を導出できれば、フルサクセスを達成します。3年度試料は同年7月から宇宙に曝露中であり、最後の4年度試料の詳細分析の実施は2020年になる予定です。

「たんぽぽ」は日本のアストロバイオロジー研究コミュニティが策定した「宇宙科学・探査ロードマップ」における「はじめの一歩」であり、独自の宇宙実験の提案から選抜・機器開発・検証試験・打上げ・軌道上運用・地球帰還・初期分析・科学成果の創出までの全工程を初めて経験する機会となりました。その結果、学際領域の研究者や次世代を担う若手が、宇宙科学分野に新規参入してきました。

同時に「たんぽぽ」が解きつつある課題以上に、新たな疑問も多数生まれつつあります。そこで後継時代の宇宙実験・探査の構想が、若い世代を中心に検討されています。一例は、「たんぽぽ」エアロゲルの発展型による、土星衛星エンケラドスなどの内部海から放出されるプリューム粒子の採取・軌道上分析です。すでに一部の微生物やペプチドは、「たんぽぽ」エアロゲルへ超高速衝突した後にも検出できることが地上実験で実証されています。

謝辞

「たんぽぽ」計画は、2007年に東京薬科大学の山岸 明彦教授を代表として、JAXA宇宙環境利用センター(当時)の曝露部第2期利用公募に応じて選抜されました、初期分析はISAS大学共同利用システム共同研究として実施中です。自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター・サテライト研究のご支援も頂いています。本稿でご紹介した運用実績・初期分析成果の一部は、筆者以外に「たんぽぽ」メンバーである山岸 明彦、橋本 博文、小林 憲正、河口 優子各氏の学術発表より引用させて頂きました。表紙のX線CT画像はSPring-8放射光施設にて取得し、三次元構築には京都大学の土`山 明教授と松野 淳也氏、中村 隆太氏のご支援を頂きました。関係者各位に感謝致します。

【 ISASニュース 2017年12月号(No.441) 掲載】