太陽の磁場

太陽大気は、太陽表面で散発的に出現する数キロメートル規模の小さな現象から数千キロメートル規模の大きな現象(図1の黒い部分)まで、様々な規模のエネルギー活動に支配されている。これらの活動現象の本質はまだ完全に理解されてはいないが、常に太陽大気にあまねく存在する磁場に関係しているという点で科学者たちの見解は一致している。この磁場は、太陽表面のほとんどの場所で単純な形状をしているが、活動領域のなかで観測される太陽黒点では、磁場が非常に複雑になっていて、磁場の強さも3000ガウス(0.3テスラ)を上回ることがある。この磁場の強さは、強力な電磁石の磁場に比べて強くないが、サイズが地球よりもずっと大きいことを心にとどめておくべきだろう。この巨大な太陽黒点は通常、丸みを帯びた形状をしていて、暗部とよばれる暗い中心部を持ち、暗部よりも明るい半暗部とよばれるフィラメント状構造に取り囲まれている(図2)。太陽表面に黒点が観測される時、黒点の周辺ではフレアとよばれる爆発現象が発生して、太陽プラズマを宇宙空間に放出する場合が多い。フレアの規模によっては、放出されたプラズマが地球を周回している衛星に搭載された電子機器を損傷させる可能性もあり、これらの現象の本質を理解することはきわめて重要である。

PROBA 2ミッションで撮られたEUV画像

図1 太陽コロナに見られるエネルギー活動の構造
このEUV画像はPROBA 2ミッションにより、太陽極大期と呼ばれる時期に撮られたもので、複数の活動領域(色が黒い部分)が存在することが特徴的である。1arcsecは太陽表面上の約725kmである。

「ひので」が撮影した太陽黒点の画像

図2 「ひので」に搭載された可視光磁場望遠鏡のスペクトロポラリメータで2007年4月30日に観測された太陽黒点
この活動領域は比較的大きく(地球の数倍)、2週間以上太陽表面に存在した。

空間デコンボリューション法

今日の太陽望遠鏡は、太陽を観測し、スマートフォンに内蔵されているものとよく似たデジタルカメラで光子を集める。これらの光子は太陽大気中で生成され、私たちに届くまでに存在する太陽プラズマと相互に作用し合う。したがって、光子は太陽大気に関する情報をもたらすことができ、例えばプラズマの温度やプラズマの移動速度、プラズマがどのように磁化されているかといったことを私たちに教えてくれる。ここで、太陽の磁場に関する情報を得るには、太陽光の偏光の度合を測定する必要がある。「ひので」衛星に搭載された可視光磁場望遠鏡のスペクトロポラリメータは、太陽表面で生成される光の偏光度を波長の関数として繰り返し測定する分光装置である。この装置が取得するデータはたいへん優れていて、太陽の物理に関して私たちの知識を大きく進歩させている。そのことも私をスペインから極東へと旅立たせ、「ひので」チームに参加する一因となった。私が夢にまで見た機会が現実のものになったのである。

「ひので」のような宇宙望遠鏡は地球の大気の影響を受けずに太陽を観測することができる。とはいっても、観測装置のなかで光が散乱を起こして、いわゆる迷光とよばれる影響が少なからず存在する。この影響を補正して偏光分光観測の品質を向上させるために、空間デコンボリューション法とよばれる新たな数値手法がこの15年の間に培われてきている。これらの手法の1つは、スペインで活動する若い太陽物理学者、アセンシオ・ラモス博士によって最近開発された。私の論文(Quintero Noda et al. 2015)で詳しく説明しているこの手法を、この2年間「ひので」データに対して幅広く適用して試験してきた。これによって、私は様々な物理現象を研究して、ISASで働き始めた最初の年に、4つもの査読論文を刊行することができた。

図2の例を見ると空間デコンボリューション法の威力がわかる。画像左部分は元の観測データで、迷光による影響を受けている。それに対し空間デコンボリューション法を適用した画像右部分は、暗い部分と明るい部分のコントラストが強調され、微細な構造がより明確になって、データの質が明らかに向上している。その結果として、複雑な磁場構造が微細な構造スケールで急速に変化する様子を的確にとらえることができるようになった。例えば、表紙写真や図2のように、今まで不鮮明だった黒点半暗部をつくるフィラメント状構造のすがたを明瞭にとらえている。

空間デコンボリューション法は、望遠鏡の迷光によってぼやけた構造でも可視化でき、望遠鏡の空間分解能に近い小さな構造についての物理的な理解を深めることができる。図3の例では、空間デコンボリューション法で処理した右写真では、対流セルの間にある暗く狭い間隙領域に明るい輝点(赤矢印)を容易に認識することができる。これらの輝点は、左の原画像では非常に不明瞭で区別できない。これらの輝点は、太陽表面で微細な構造として太陽磁場が集積した領域に対応し、Quintero Noda et al. (2015)で偏光分光データにおいて初めて適切に検出できたものである。なお、この手法のプログラムは使いやすく、地上の望遠鏡も含むどんな望遠鏡からのデータにも使用でき、また、一般に公開されたフリーソフトウェア(無料ソフト)になっているため、興味のある人は誰でも使用できることも付け加えておきたい。

「ひので」のスペクトロポラリメータで見た太陽表面の画像

図3 「ひので」のスペクトロポラリメータで見た太陽表面
右画像は、原画像データ(左)を空間デコンボリューション法で処理した結果。強磁場が集積した構造が小さな輝点として明瞭に見えてきた(Quintero Noda et al. 2015)。

インバージョンプログラムSIR

インバージョンプログラムは、観測された光子に含まれる物理パラメータを抽出することを目的としている。これらのプログラムは、偏光の放射伝達方程式(RTE)を解いて、観測されたスペクトルと合致する合成スペクトルを生成する。その意味では、プログラムは最も良くフィットするスペクトルが得られるまでRTEで使用される物理パラメータを繰り返し変更する。この作業は複雑なもので、初期のインバージョンプログラムはプロセスや演算時間を単純化するいくつかの理論的な近似を前提とする必要があった。その点で、ほとんどのプログラムは太陽大気中のある一定の高度における大気パラメータの情報しか決定することができなかった。しかし、先駆けとなる2人の研究者、ルイス・コボ博士とデル・トーロ・イニエスタ博士がSIR(Stokes Inversion based on Response functions:応答関数に基づくストークスインバージョン)とよばれる新たなインバージョンプログラムを提案し、前述の制約を克服することができるようになった。このプログラムは新たな理論的アプローチに基づいていて、様々な高度における太陽大気の物理情報の推定を初めて可能にした。その結果、例えば、温度や磁場ベクトルが高さとともに変化する様子も検出できるようになり、太陽大気のさらに上空で起きる現象をはじめとして太陽をより理解する大きな助けとなっている。観測結果は、物理法則に基づく理論モデルや複雑な数値シミュレーションとも比較することもできる。このように有能なプログラムは太陽表面に存在する磁場に対する理解を大きく前進させている。今日、「ひので」の偏光分光データにもSIRが広く適用されていて、200編を超える査読論文が刊行されている。

図4にSIRプログラムが持つ可能性の1つの例を示す。これは、プラズマ温度と磁場強度について、垂直方向の構造をグラフ化したものである。横軸は図2の赤点線で示したピクセル位置であり、縦軸は太陽大気中における幾何学的高度を示す。プラズマの温度は、常に太陽表面付近の大気の底(下)の方ほど高く、高度が上がるにつれて温度が低下することも図から見て取れる。太陽エネルギーは太陽中心部で発生して表面にエネルギー輸送されてくるので、この温度の振る舞いは容易に推測できる。図4のほぼ中央付近に見られる太陽黒点の暗部では、非常に温度が低く、高度方向にほとんど変化が見られない。一方、この暗部の外側では、図2の明るい部分と暗い部分に対応して大きな構造的な変動が下側(底部)で検出されている。さらに、上空では、より複雑な挙動を目にすることもでき、そこでは太陽大気で起こるダイナミックな活動に伴って、高温の(白い)スジ状の構造が出現することもある。磁場強度(図4下段)については、温度の空間的分布と強い相関関係が見られ、温度が非常に低いところ(暗部)では極端に大きく、それ以外の空間的位置では複雑な変動パターンを示していることがわかる。

太陽大気の温度と磁場強度の垂直構造を示した図

図4  図2の赤い点線で示したピクセルに沿った温度(上段)と磁場強度(下段)の垂直構造
縦軸の幾何学高度の原点は、可視光での太陽表面が始まるあたりに位置する。

太陽をより良く理解するために

太陽大気の物理を理解するための鍵は、太陽を偏光分光観測することにあろう。このことは「ひので」(Solar-B)によって広く実証されており、現在検討が行われているSolar-Cのように将来の太陽観測ミッションにとっても重要なポイントだろう。偏光分光観測を通じて太陽を観測することにより、観測されたスペクトルに含まれる情報をインバージョンプログラムによって太陽大気の物理情報へと変換することができる。また、これらの観測データに空間デコンボリューション法も適用すれば、装置による影響を取り除くことができ、画像の品質、より小さな空間的特徴の検出やインバージョンプログラムの結果を改善することができる。私は、「ひので」による観測に対して2つの手法を同時に初めて適応した。この2年間にわたる取り組みによって、どちらの手法も正確に機能すること、および観測データに含まれる物理情報を抽出できることを証明した。私たちは今や、私たちの生命を支配し、私たちが依存する太陽という星の性質について、これまでにないレベルまで理解を深めるための手段を手にしているのである。

(Carlos Quintero Noda)

ISASニュース 2016年10月 No.427 掲載