星は、私たちが普段考えているよりもずっと深く生命とつながりを持っています。我々の身の回りのすべての物、そして我々の身体さえも、はるか昔に星の中心部で合成された元素からできています。我々が吸い込む酸素や、海岸の砂に含まれるシリコン(ケイ素)など、炭素より重い(注1)すべての元素は、星のライフサイクルに端を発しているのです。

注1 炭素より重い元素:ここでは質量数(大まかには原子に含まれる陽子と中性子の数の合計)の大きいものを「重い」という。

星は、これらの元素を中心部の核融合反応でつくり出します(このプロセスこそが、星を光らせるエネルギー源でもあります)。ほとんどの星は水素の核融合反応でヘリウムを合成し、さらにヘリウムを炭素や酸素に変え、最期は「炭素・酸素白色矮星」として、その一生を終えます。白色矮星とは、原子が本当にぎっしり詰まったボールのようなものです。その中では、いわゆる電子の縮退圧(注2)が重力を支えています。つまり、電子が近づけない限界距離があり、それが重力とバランスを取る反発力を生み出しているのです。ところが、数では全体の1%程度の最も重い星(注3)については、重力が電子の縮退圧に勝ります。これらの星では、炭素や酸素が次々に、ネオン、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、シリコン、硫黄、アルゴン、カルシウム、ニッケル、そして鉄へと変換されていきます。この元素合成プロセスは、最後に星の外層を吹き飛ばす大爆発によって終焉を迎えます。こうして死にゆく星は、爆発後の数日間極めて明るく輝きます。時にはそれが属する銀河全体よりも明るくなることさえあり、「超新星」と名付けられています。最も重く明るい星では、水素から猛烈な勢いで重い元素へと合成が進むため、燃料をあっという間に使い果たします。この種の「重力崩壊型」超新星爆発は、星が生まれてから数百万年程度の比較的短時間で起こります。

注2 電子の縮退圧:星の中心部など超高密度の環境では、複数の粒子(白色矮星の場合は電子)が同じエネルギー状態を取れないという「パウリの排他原理」により、エネルギーが高い状態を取らざるを得ず、そのため圧力が上昇する。

注3 最も重い星:太陽の8~10倍よりも重い星である。

星が超新星爆発に至るには、もう一つルートがあります。これは、白色矮星が伴星を持っているときに起こるものです。伴星の表面の物質が白色矮星に徐々に滴り落ち(降着といいます)、重力の圧搾に電子の縮退圧が耐え切れる限界まで白色矮星を太らせます。限界に達すると、炭素や酸素からニッケルや鉄までの重い元素への合成が一気に進みます。それによって開放された核エネルギーが白色矮星全体を爆発に至らしめ、宇宙空間に元素をまき散らします。これを「Ia型」もしくは「熱核反応型」超新星と呼びます。この仕組みでは、まず低質量星が進化して白色矮星になり、ここに伴星から質量が降着しなければなりません。従って、超新星爆発までに重力崩壊型超新星より長い時間がかかると考えられています。

重量崩壊型超新星とIa型超新星では、結果として宇宙空間に放出する元素の組成比パターンが大きく異なります。前者は、酸素やマグネシウムといった比較的軽い元素を多量に生成しますが、後者は、主に鉄やニッケルといった重い元素を生成します。シリコンや硫黄といった中間の質量数の元素は、どちらでも同程度つくられます。そこで我々は、宇宙の元素組成比を測定することで、生命の進化に必要な元素が、いつ、どこで、どのように生成されたのか、その履歴を明らかにできるのではないかという期待を持っています。初期宇宙は、今日とまったく異なるものだったのでしょうか? 我々とまったく異なる元素組成比を持つ場所が宇宙のどこかに存在しているのでしょうか?

直感に反するようですが、これらの質問への答えは、実は星自身ではなく、むしろ星のない銀河と銀河の間の空間を観測することによって見いだすことができます。なぜなら、宇宙の「普通の物質」(注4)のほとんどは、星ではなく銀河間に充満する非常に高温で希薄なガス(プラズマ)に含まれているためです。従って、炭素やそれ以外の重い元素(ひっくるめて「金属」と呼びます)もほとんどは銀河間にあるのです。これは、銀河の大集団である「銀河団」で特に顕著です。銀河団においては、普通の物質の約90%が、X線を放射する高温の「ICM(intra-cluster medium、銀河団を満たす物質)」と呼ばれるプラズマなのです。ICMの化学組成比は、X線分光観測によって測定できます。元素は特定のエネルギーの光(輝線)を放射する性質があるため、輝線の波長からその放射源の元素を特定し、輝線強度から元素量を推定できるのです。

注4 普通の物質:最新の研究では、宇宙は約4%の星や我々をつくっている物質(バリオン)、約23%のダークマター、約73%のダークエネルギーから構成されているとされる。本稿で「普通の物質」と言っているのは、このうちの「バリオン」のことである。

私は、大学院の1年目からずっとこのアイデア──我々の宇宙の構成要素をX線で解明すること──に興味を持ち続けてきました。ところが、ほぼ10年前の当時を振り返ると、銀河団の非常に高密度かつ明るい領域(中心部の差し渡し数十万光年の領域。大きいように見えますが、典型的な銀河団の総体積のほんの0.1%でしかありません)を除き、ICMの元素組成比を高精度で測ることは非常に困難でした。その当時は、銀河団の半径とともに元素組成比が変化する、つまり、中心部は鉄などのIa型超新星由来の元素を多く含み、一方で外縁部は重力崩壊型超新星のみが金属の供給源となっている、という興味深い研究結果がいくつか報告されていました。しかし、中心からの距離が大きい場所ではX線の放射が弱く、しかもバックグラウンドノイズが大きいため、その結果に確信を持てなかったのです。実際、論文によって結論が異なることもしばしばでした。

X線天文衛星「すざく」は、この問題の解決を目指し、何週間にも及ぶ長時間の観測を行いました。「すざく」のバックグラウンドノイズは、現在運用中のほかのX線検出器よりも低いため、銀河団外縁の淡い領域における元素組成パターンを従来になく高い精度で測定することに成功しました。最も近傍で明るいペルセウス座銀河団の初期観測成果では、銀河団間ガス中の鉄の存在比が非常に一様に分布することが示されました。これは、過去の観測が示唆していたこととは裏腹に、銀河団外縁部が重力崩壊型超新星のみならずIa型超新星も金属量の増加に寄与していたことを示唆しています。しかし、このような非常に大きな空間サイズで、どちらの種類の超新星がICM中の金属を供給したのかを本当に明らかにするには、2種類の超新星の元素組成比パターンを直接比較する必要があります。つまり、Ia型超新星の生成物だけでなく、重力崩壊型超新星によって支配的に供給される元素の組成比も測定しなければなりません。これはペルセウス座銀河団では不可能でした。というのも、この天体の平均的なガス温度では、鉄以外の元素からの輝線は非常に微弱で検出が困難だからです。そのような測定には、ペルセウス座銀河団より温度が低く、それゆえ重力崩壊型超新星に由来する元素の輝線が相対的に強い銀河団を観測することが必要です。

そこで私は、全天で2番目にX線で明るく、かつ温度がほどほどに低いおとめ座銀河団を「すざく」で非常に長時間観測することを提案しました。提案は採択され、「すざく」は、この天体の観測に2週間(ペルセウス座銀河団の観測と同じ時間)を費やしました。この新しい観測データにより、おとめ座銀河団の中心から端にかけて連続的に、鉄のみならずマグネシウムやシリコン、硫黄を検出することに成功しました。我々が発見したことは、おとめ座銀河団全体を通して、鉄、シリコン、マグネシウム、硫黄の相対組成比が一定で、かつその値が太陽および我々の銀河のほとんどの星とおおむね一致する、ということでした。これはすなわち、宇宙では元素が非常によく混ざり合い、太陽半径(数十万km)から銀河団サイズ(数百万光年)まで、均一に保たれていることを意味します。宇宙のほかの一部が、我々と大きく異なる元素組成比を持つことはないようです。生命は、ほかのどこでも同じように進化し得るのです!

「すざく」が探査したおとめ座銀河団の観測画像

図1 「すざく」によるおとめ座銀河団の探査
「すざく」は、おとめ座銀河団の端から端まで4方向を探査した。観測領域は、銀河団の心臓部にある大質量銀河M87を中心に、北方向には500万光年まで伸びている。破線の円は、天文学者がビリアル半径と呼ぶ、銀河団の大きさの指標となる半径である。銀河団のメンバーであるいくつかの有名な銀河の名前を示す。背景の画像は、ドイツのローサット衛星によるX線全天サーベイデータより。中心部の赤い四角枠は、図2の可視光画像領域を示す。

おとめ座銀河団の中心部分の可視光画像

図2 おとめ座銀河団の中心部分の可視光画像
最も明るい天体は、巨大楕円銀河M87。この画像の差し渡しは、およそ1.2°(満月の 2.4倍)。

すざくの観測から明らかになったおとめ座銀河団における元素組成比のグラフ

図3 おとめ座銀河団における元素組成比
「すざく」の観測から、鉄(Fe)、マグネシウム(Mg)、シリコン(Si)、硫黄(S)の相対組成比を、おとめ座銀河団の中心からの距離に対してプロットすると、元素組成比はこの銀河団内でほぼ一定であることが分かった。これは、これらの元素が宇宙の歴史の初期段階ですでに混合していたことを意味する。

そのような大きな空間中で金属が混合するためには、金属元素の大部分が、太古の昔に供給されていなければなりません。私たちは、100億年前の若い宇宙が激しい星形成の時代を経たことを知っています。おそらくそのときに、多くの超新星爆発が起こり、その爆発エネルギーと、その時代の活動的なブラックホールからの強い風が、銀河外に金属元素を吹き出し、銀河間空間に混ぜ込んだのでしょう。このことは、Ia型超新星と重力崩壊型超新星の両方が宇宙の金属量増加に寄与し、宇宙が現在の1/3年齢のときには、すでに私たちが今日見る元素組成比とほぼ同じ値に至っていたことを意味します。つまり、長い間(間違いなく地球年齢よりずっと長い間)、砂浜や赤血球を形成するのに必要な元素は、豊富に存在し続けてきたのです。

みんなが2016年の次世代X線天文衛星ASTRO-Hの打上げを熱望しています。というのも、ASTRO-Hに搭載されるカロリメータの優れたX線波長分解能は、ほかのどのX線天文衛星も寄せ付けない精密さで、銀河団の元素組成比を測定できるからです。これによって、いかにしてすべての元素が生成され宇宙に散布されたのかについて、これまでよりずっと多くのことを学ぶことができるのです。

(オーロラ・シミオネスク,日本語訳:勝田 哲)

ISASニュース 2015年12月 No.417 掲載