山口敦史(理化学研究所)、満田和久(宇宙科学研究所)らが率いる研究グループは、トリウム229(229Th)原子核の「アイソマー状態」のエネルギーを測定しました。本研究成果は、229Th原子核の精密レーザー分光の実現に向けての研究が進むと期待できます。229Th原子核の直接レーザー分光の応用として注目されているのが、原子核時計です。既存の原子時計より一桁以上高い精度の時計ができると予想されています。

本研究は、米国の科学雑誌 『Physical Review Letters』 のEditors'Suggestionに選ばれ、オンライン版(11月26日付)に掲載されました。

図 本研究で開発した超伝導遷移端センサー

本研究で開発した超伝導遷移端センサー

原子核の励起状態で、状態の寿命がおよそナノ秒(10億分の1秒)より長い準安定状態のことを「アイソマー状態」と呼びます。229Thの原子核は、エネルギーがわずか数エレクトロンボルト(eV)のアイソマー状態をもっています。このアイソマー状態は、基底状態からレーザーによって励起できるため、直接レーザー分光できる唯一の原子核と考えられており、近年、活発に研究されています。というのも、「原子核時計」への応用が期待されているためです。

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図1 トリウム229の原子核エネルギー準位図
本研究では、EINを精密に測定し、ECR(先行研究で測定済み)との差から、アイソマー状態のエネルギーEIS を求めた

「原子核時計」は、原子核が基底状態からアイソマー状態へ遷移する際に吸収する電磁波の周波数を基準とする「時計」です。原子核は周りを電子に囲まれているために、吸収する電磁波の周波数が周囲の環境変化の影響を受けにくいと言われています。そのため、原子核時計は現在の原子時計よりも一桁以上高い精度を達成できると考えられているからです。

原子核時計に応用するためには、分光用レーザーのエネルギー値を知っておく必要があります。しかし、2007年までに報告されたアイソマー状態にある原子核のエネルギー測定値は、実験を行うグループ間により異なる値となっていました。そのため、分光用レーザーのエネルギー値が定まらないという状況が続いていました。アイソマー状態にある原子核のエネルギー値を決めるためには、異なる研究グループが独立に測定値を出し、それらの測定値が整合しているという検証が必要です。

本研究で、研究グループは新たな手法を用い、アイソマー状態にある229Th原子核のエネルギー値測定を試みました。

図1でEISと示されているのが測定したいアイソマー状態のエネルギーです。本研究では、第二励起状態のエネルギーECRと第二励起状態からアイソマー状態への遷移エネルギーEINの差からEISを求めました。本研究グループによる先行研究によって、ECRは29189.93±0.07eVと精密に測定されています。本研究では、EINを測定することによって、ECREINの差からEISを決めることを行いました。

図2 本研究で開発した超伝導遷移端センサー(左)とトリウム229のガンマ線スペクトル

図2 本研究で開発した超伝導遷移端センサー(左)とトリウム229のガンマ線スペクトル
右: 左の超伝導遷移端センサー用いて測定されたトリウム229のガンマ線スペクトル。スペクトル幅36eVという高いエネルギー分解能を示した。

EINを精度よく測定するため、研究グループは、高いエネルギー分解能のガンマ線分光器である超伝導遷移端センサーを独自に開発し、製作しました。研究グループが開発したセンサーは比較的高いエネルギー(30keV周辺)のガンマ線を精度よく測定できるという特徴があります。測定した結果、EISは8.30±0.92eVとなり、2019年に別の二つのグループがそれぞれ異なる実験手法で測定した最深値と一致しました。

図3 トリウム229のアイソマー状態のエネルギー測定値

図3 トリウム229のアイソマー状態のエネルギー測定値
2007年までの値(青のデータ)は一致していなかったが、2019年の値(赤のデータ)は、三つともそれぞれの測定誤差(データ点の横棒の長さ)の範囲で一致した。

これで異なる3グループによるEINの値が一致したことになり、今後はアイソマー状態にある229Th原子核の直接レーザー分光の実現に向けての研究が進むと期待できます。その応用として注目される「原子核時計」が実現されれば、重力ポテンシャルの変化を原子核時計の周波数変化として検出する相対論的測地学の強力な計測ツールとなり得ます。これにより、例えば地殻変動の検出、地下資源の探索など、さまざまな分野で利用される可能性があります。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B「「原子核時計」実現にむけたトリウム229核異性体準位のエネルギー測定(研究代表者:山口敦史)」による支援を受けて行われました。

論文情報

Energy of the 229Th Nuclear Clock Isomer Determned by Absolute γ-ray Energy Difference, Physical Review Letters, 123, 222501 (2019)

A. Yamaguchi, H. Muramatsu, T. Hayashi, N. Yuasa, K. Nakamura, M. Takimoto, H. Haba, K. Konashi, M. Watanabe, H. Kikunaga, K. Maehata, N. Y. Yamasaki, and K. Mitsuda

DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.123.222501