概要

惑星分光観測衛星「ひさき」の観測から、太陽系最強を誇る木星磁気圏の内部にまで太陽風が影響を及ぼしていることが示されました。強力な木星磁気圏の内部深くに守られている木星の近くには太陽風の影響など及ぶはずがないという従来の考えを覆す観測結果です。太陽風が木星の磁気圏に及ぼす影響を調べるには、長時間、継続して、木星磁気圏を観測する必要があります。惑星観測専用の宇宙望遠鏡である「ひさき」の特徴を生かした、一ヶ月以上にもわたる観測によって達成できた「ひさき」ならではの成果と言えます。太陽風が木星磁気圏内部まで入り込むプロセスを明らかにするため、研究チームは現在、NASAの木星探査機「JUNO」とJAXAの「ひさき」による同時・その場観測を行うべく、海外の研究者らと協力して、準備を進めています。

この研究内容は、Geophysical Research Lettersにて2016年12月20日に公表されました。

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本研究を示した想像図

詳細内容

太陽は常に秒速数100kmに及ぶ高速のプラズマ流(太陽風)を吹き出しており、太陽系の惑星たちはその風の中にさらされ続けています。この太陽風に対して重要なのが惑星のもつ大規模磁場の存在です。惑星のもつ磁場は太陽風に対してバリアのような役割を果たし、それらに守られた領域=磁気圏を形成しています。しかしどの惑星も必ずそのバリアをもっているわけではありません。

地球は磁場をもっているおかげで周囲に磁気圏を形成し太陽風の直撃を免れています。ただし、太陽風エネルギーの一部は磁気圏内に侵入しオーロラや放射線帯などを引き起こしています。大規模な磁場をもたない火星や金星では太陽風の影響を直接受け、現在も大気の一部が宇宙空間へ吹き流され続けています。

木星は地球の約2万倍もの強い磁場をもっており、木星が作る磁気圏バリアは太陽系で最大・最強です。しかも地球に比べ太陽から遠いため、磁気圏の内部深くに守られている木星の近傍には太陽風の影響など及ぶはずがないと考えられてきました。一方で、太陽風の影響を示唆する観測事実もありました。それは木星半径の約6倍の距離にドーナツ状に分布する、衛星イオの火山ガス起因のプラズマ雲(イオプラズマトーラス)に現れます。トーラス中のプラズマの明るさは平均的に太陽方向に対して夕側で明るく、朝側で暗いという非対称性があることが知られていました(図1)。どうやってその朝夕非対称性が生まれているのかはこれまで観測的な証拠もなく未解明のままでした。

図1. 「ひさき」が2014年1月1日に捉えた木星近傍のイオプラズマトーラスのスペクトル画像

図1. 「ひさき」が2014年1月1日に捉えた木星近傍のイオプラズマトーラスのスペクトル画像。木星の自転と共に木星の周りを回転している硫黄イオンの発光強度を示している。朝側に比べて夕側でより明るく光っている様子がはっきり捉えられています。(出典:Murakami et al. [2016] のFigure 1を改変)

村上豪研究員(宇宙航空研究開発機構)が率いる研究チームは、イオプラズマトーラスで観測される朝夕非対称性は木星近傍に太陽風が何らかの影響を及ぼしているのではないかと考え、惑星分光観測衛星「ひさき」で継続的な観測を行いました。「ひさき」は惑星観測専用の宇宙望遠鏡です。そのため長期間かつ継続的に木星を観測することができるのです。今回の観測では一ヶ月以上にもわたり、極端紫外線の波長域でイオプラズマトーラスを観測しました。

図2. (a)「ひさき」が2014年1月に観測したイオプラズマトーラスにおける朝夕非対称性の時間変化と(b)太陽風の強さ(動圧)の時間変化のグラフ

図2. (a)「ひさき」が2014年1月に観測したイオプラズマトーラスにおける朝夕非対称性の時間変化と(b)太陽風の強さ(動圧)の時間変化のグラフ。矢印および点線で、木星近傍に強い太陽風が到達するとイオプラズマトーラスが応答し朝夕非対称性が強まっている(夕側が朝側に比べて明るくなっている)時間帯を示す。(出典:Murakami et al. [2016] のFigure 2を改変)

図2(a)は「ひさき」が2014年1月に観測したイオプラズマトーラスにおける朝夕非対称性(朝側と夕側の明るさの比)の時間変化を示しています。この結果から研究チームは、平均的に夕側の方が明るい(夕/朝の比が1より大きい)という既知の観測事実だけでなく、非常に激しく時間変化しており時には突発的に夕側が朝側の2.5倍以上も明るくなる事実を見出しました。また図2 (b)は地球近傍の衛星による観測結果から見積もられた木星での太陽風の強さ(動圧)の時間変化を示しています。図2(a)と(b)を比較すると、矢印で示されている通り今回「ひさき」により見出されたイオプラズマトーラスの朝夕非対称における突発的な変化が太陽風の変動に応答していることがわかります。すなわち、太陽風の影響は、太陽系最強のバリアである木星磁気圏の内部深くにまで及んでいるのです。この観測結果により、これまで考えられてきた「太陽風は木星磁気圏の内部に影響を及ぼさない」という定説を覆すことになります。

太陽風の影響が木星近傍まで侵入できるメカニズムとして、木星の外側(木星半径で20~30倍程度の距離)に流れる円盤状の電流が太陽風の影響を受け、その一部が木星の磁力線に沿って流れ込み、木星近傍にまで達する、という説があります。この仮説を検証するには、数値シミュレーションによる研究と木星近傍で得られるその場の観測データが必要です。

研究チームは現在、2016年7月に木星周回軌道に投入されたNASAの木星探査機「JUNO」とJAXAの「ひさき」による同時観測を行い、「JUNO」が観測する木星近傍での電流の変化と「ひさき」によるイオプラズマトーラスの時間変化を比較することでその因果関係を明らかにすべく、海外の研究者らとの協力関係のもとその準備を進めています。

発表媒体

雑誌名:Geophysical Research Letters, 20 December 2016
論文タイトル:Response of Jupiter's inner magnetosphere to the solar wind derived from extreme ultraviolet monitoring of the Io plasma torus
DOI:10.1002/2016GL071675