一番感動した瞬間──宇宙空間でセイルを広げたIKAROSの姿を確認できたときの感想を聞かれ、こう表現しました。自分の設計した展開機構、設計だけでなく手づくりした分離カメラが撮った画像データ、シミュレーションでしか見ることのできなかったセイルを広げた姿。セイル展開ミッションの重圧から解放された瞬間でもありました。その後、「はやぶさ2」の開発に携わりましたが、"一番"はいまだ変わっていません。

セイルの展開成功を画像で確認した瞬間と同様に、ロケット打上げを種子島で見送ったときの重圧感も、今でも鮮明に思い出すことができます。今では笑い話として語っていますが、開発当時は本当に寝る時間がないくらい苦労をして開発した探査機で、複雑なセイル展開機構と分離カメラ。十分試験を積んでいるとはいえ、打上げ時にはやはり不安になるものです。

図1 IKAROSのセイル展開方式

図1 IKAROSのセイル展開方式

打上げから約1週間後、先端マス分離の日がやって来ました。セイルの四隅に取り付けられている先端マス。このスタート一歩目をコケると、そこから先には進めません。ロンチロック(固定具)の信頼度を上げつつも展開の信頼度を上げるよう、苦心して産み出した機構アイデアです。機構が正常に動き、先端マスが機体から外れたことを示すテレメトリが返ってきたときには、ホッと胸をなで下ろしました。

次は、セイルの展開です。展開は11シーケンスに分割した準静的な1次展開と、動的な2次展開とで行います。地上で試験と検証を十分にやっていても、宇宙では何が起こるか分かりません。モニタカメラなどで確認しながら着実に進めていきました。

2010年6月9日、ついに2次展開実行。IKAROS最大のイベントです。2次展開ではセイルが動的に拡がるため、機体のスピンレートが急激に変化します。テレメトリにより、スピンレートと姿勢が急激に変動したことが確認できました。運用室に緊張が走ります。

スピンレートの振動がほぼ解析値通りに落ち着いたことを示すグラフ。それは世界初の宇宙ヨット誕生を示すものでした。大きく広がったセイルにいっぱいの太陽光を受け、宇宙ヨットとしての航海が始まりました。

世界初のセイル展開成功を喜んでいるのもつかの間、IKAROSでは、もう一つユニークな世界初のミッションが控えていました。本体固定のカメラ画像では、どうしてもセイルの形状を正確にモニタすることはできず、ましてやセイルを広げた全景を撮ることはできません。超小型のカメラを本体から分離し、離れながら撮像した画像データを本体まで無線で送る分離カメラミッションです。分離カメラは直径6cm×6cm程度と超小型ですが、れっきとした宇宙機で、後に世界最小の惑星間子衛星としてギネス世界記録に認定されました。

分離カメラから最初の画像が送られてきました。そこまできれいな画像が送られてくるとは思っていなかったので、徐々に表示される画面に写っているものが何か理解できず、「何だこれ?」と思ったのを覚えています。それは本体の太陽電池セルで、1枚1枚がハッキリ分かるほど鮮明な画像でした。その後、分離カメラは本体から離れながら画像を撮り、IKAROSの全景が明らかになっていきます。

図2 分離カメラが送ってきたIKAROS全景画像と本体近傍画像

図2 分離カメラが送ってきたIKAROS全景画像と本体近傍画像

宇宙空間で広がったセイルがどのような様子であるかは、数値シミュレーションでしか知るすべはありません。開発した我々全員、実際に広がった姿を目で見るのは初めてのことなのです。太陽光を受け輝かしく光るセイルは神々しくもあり、冒頭に書いた「一番感動した瞬間」でした。セイルの展開機構、分離カメラ、苦労して産み出した機構たちは本当にパーフェクトに動いてくれ、セイル展開ミッションを成功させることができました。

IKAROSで産み出した技術を、現在検討されているソーラー電力セイル探査ミッションへつなげられるようにしなくてはいけません。今の"一番"を超えられるようなミッションを実現したいですね。

図3 セイル展開機構フライトモデル(左)とセイルを収納している様子(右)

図3 セイル展開機構フライトモデル(左)とセイルを収納している様子(右)

図4 分離カメラ(DCAM1)と分離されるカメラ部のフライトモデル

図4 分離カメラ(DCAM1)と分離されるカメラ部のフライトモデル

(さわだ・ひろたか)