NASAからの挑戦状

現在は、どのようなプロジェクトに携わっているのですか。

月着陸を目指す超小型探査機OMOTENASHI(おもてなし)のプロジェクトマネージャを務めています。NASAは、開発中の大型ロケットSLSの初号機(Artemis-1)で有人宇宙船「オライオン」の無人試験飛行を行う際、余剰能力を使って超小型探査機13機を打ち上げます。OMOTENASHIは、そのうちの1機です。

OMOTENASHIの始まりは、少し変わっています。2015年8月、「SLSで打ち上げる超小型探査機に空きが出たので興味があれば応募してください」と、NASAが国際パートナーに呼び掛けたのです。それを受けてJAXA内で公募が行われたのですが、締め切りが2週間後。普通に考えたら無理です。しかし、私たちの力を試すNASAからの挑戦状のようにも感じ、やってみよう!と思ったのです。

アイデアを持っていたのですか。

いいえ。超小型衛星のプロジェクトを考えたことはありませんでした。

提案するのであれば、誰もやっていないことがいい。そこで、超小型探査機による月着陸に挑戦しようと考え、仲間たちと大急ぎで提案書をまとめました。それがNASAに採用されたのです。

OMOTENASHI

超小型探査機 OMOTENASHI Ⓒ JAXA

エアバッグとクラッシャブル材で衝撃を吸収

OMOTENASHIは、どのように月に着陸するのですか。

探査機は6Uサイズ(11×24×37cm)と決まっています。重量は約13kgで、ロケットから切り離された後、放射線環境を測定しながら月に向かいます。月に着陸するには減速しなければなりませんが、13kgの探査機を減速させるだけの燃料は持っていけません。そこで、着陸に必要のない部分は切り離してしまうことにしました。月面に着陸する「表面プローブ」は、わずか0.7kgです。それでも着陸時の速度は秒速50m、1万G(地球上の重力の1万倍)もの衝撃がかかります。着陸というより衝突と言った方がいいかもしれません。衝撃は、エアバッグとクラッシャブル材で吸収します。着陸時の衝撃データを地球に送信してミッション終了です。

超小型探査機による月面着陸には、どのような難しさがあるのですか。

推進系やエアバッグ、クラッシャブル材、1万Gに耐える構造などの要素技術は、これまでの研究開発で得られたものを少し改良することで使えます。しかし、それらをスケールダウンして規程6Uサイズに収めるのは容易ではありません。しかもインハウスといってJAXAの研究者が開発しているため、いつもはメーカーの方々に頼れることも自分たちでやらなければならず、苦労することも多々ありました。図面では収めていたはずが、配線が干渉してふたが閉まらないことも。配線はとても多いんです。しかもできる限り細くしているので、切れやすい。超小型衛星ならではのノウハウが必要なため、その実績がある東京大学とも連携しています。

OMOTENASHIと名付けた理由を教えてください。

最初は2018年打上げ予定だったので、東京オリンピック・パラリンピックに向けて盛り上がっているだろうから、それにあやかりたいと思ったのが1つ。OMOTENASHIによって小さい探査機でも月に着陸できるとわかれば、世界中の大学や企業、さらには個人からいろいろなアイデアが出てくるでしょう。私たちは先陣を切って月に行き、これから訪れるたくさんの探査機をおもてなししたい。そういう思いも込めています。

橋本 樹明

誰もやっていないことに挑戦する面白さ

以前、アニメ「機動戦士ガンダム」を科学するという企画に協力されていましたね。

アニメに登場する人型の機体が月面を歩行する際に、本当に砂埃を上げなら歩くのか、科学的な検証を行いました。JAXAには、月面の環境を模した実験装置があります。そこで脚の着地実験を行ったところ、地上では砂が舞い上がりますが、月面のような真空中では舞い上がらないんです*。アニメだからと流してしまわずに、その実現性を科学的に検証することも意味があると思っています。

* 実際には脚の形状などに依存します。他人の言うことは信じず、自分で実験してみることも重要です。

今後、どのようなことをやっていきたいとお考えですか。

これまでの月や火星の探査は、安全な平坦な場所に着陸してきました。しかし科学的に面白い場所は斜面や障害物があります。そういうところにも安全に着陸できる技術を開発したいと思います。

普段から、物事の本質は何かを考えるようにしています。物理法則に立ち返って考え、不可能ではないとわかったら、挑戦する。誰もやっていないことに挑戦するのは、苦労もありますが、面白く、わくわくします。

【 ISASニュース 2020年5月号(No.470) 掲載】