ミッションの遂行に欠かせない姿勢制御

どのような経緯で宇宙研に?

子どものころから宇宙に興味があったというわけではなく、大学院に進んだ後でさえ自分が宇宙の仕事をするとは思っていませんでした。大学で工学部に入ってまず興味を持ったのは、コンピュータのプログラミングでした。制御工学の授業でプログラムを書いて物を動かすことができると知ってさらに興味が湧き、大学院では電気自動車の運動制御の研究に熱中していました。

そんなとき、INDEXという小型科学衛星の開発チームが制御と電気のことが分かる人を探しているから手伝ってみないか、と誘われたのです。INDEXの開発は、メーカーに委託せずに、宇宙研の研究者や技術者、学生たちがインハウスで行っていました。話を聞いて、衛星を自分たちが書いたプログラムによって宇宙で動かすなんて面白そうだと、宇宙研に通い始めました。衛星の姿勢制御がどんどん面白くなり、宇宙研に入り、今に至ります。

人工衛星の姿勢制御とは?

衛星は、太陽電池を太陽に向けたり、望遠鏡を目的の天体に向けたりする必要があります。そのために、ジャイロセンサなどを使って衛星の向きや回転を検出し、ホイールなどを用いて衛星が正しい姿勢になるように制御しています。衛星が生き延びるためにも、ミッションを遂行するためにも、姿勢制御が欠かせません。

INDEXは2005年に打ち上げられ、「れいめい」と名付けられました。

人工衛星の場合、電気自動車のように動く様子を見ることはできません。しかし、衛星から送られてくるデータを読み解いていくと、どのように動いているかが分かります。「れいめい」がプログラム通りに動いていることが分かったときは、とても感動しました。データから衛星の動きを読み解く作業は、パズルを解くのに似ています。それが、衛星の姿勢制御の面白さの一つです。

宇宙機応用工学研究系 教授 坂井 真一郎

降りたいところに降りる「ピンポイント着陸」

現在は、どのような研究開発をされているのですか。

2021年度打上げ予定の小型月着陸実証機SLIMのプログラムマネージャをしています。SLIMの目的は、重力の大きな天体で狙った場所に正確に着陸する技術を小型探査機で実証することです。

JAXAの月周回衛星「かぐや」などによって詳細な月面地図が作成されたことで、探査の目的が「月の岩石を調べたい」から「ここにある岩石を調べたい」に変わってきました。しかし従来の技術では、目標と実際の着陸地点の誤差が数十kmにもなるため、広く平坦な場所にしか着陸できません。調べたい岩石の近くに安全に着陸するには、ピンポイント着陸技術が必要なのです。SLIMでは、狙った場所に100mの誤差で着陸することを目指しています。

小型月着陸実証機 SLIM

小型月着陸実証機 SLIM Ⓒ JAXA

どのようにピンポイント着陸を実現するのですか。

天体への着陸というと、ゆっくり降下していく「はやぶさ2」を思い浮かべるかもしれません。しかしそれは、重力の小さい小惑星だからです。重力の大きな月では、探査機は一気に降下します。月までは近いとはいえ地上から指示を出す時間はなく、探査機が自分で考えて目標地点に着陸する必要があります。そのためには、自分が今どこにいるかを正確に知らなくてはなりません。

SLIMは、月面のクレーターを撮影し、クレーター地図と照合して自分の位置を求めます。高性能のコンピューターならばともかく、宇宙用計算機の性能は、普通のコンピュータの百分の一位です。それでも高速に画像処理可能なアルゴリズムの研究が長年行われ、ようやく実現に至りました。着陸用の脚や推進薬のタンクなどにも、さまざまな新技術を取り入れています。

ピンポイント着陸に成功すれば、世界で日本しか持っていない技術になります。将来、国際協力で重力天体の探査を行う際、日本の存在感を高めることができるでしょう。しかも小型探査機で実現することで、探査の低コスト化、高頻度化にも貢献します。

着陸地点は、神酒(みき)の海に決まりました。

神酒の海は、月の内部にあった可能性があるかんらん石が露出しています。SLIMは着陸するだけでなく、分光カメラでかんらん石の組成を調べ、月の起源を探る手掛かりを得る計画です。着陸シーケンスが開始されたら、着陸まで20〜30分です。その時を思い浮かべると、今から緊張します。

フォーメーションフライト制御に挑戦したい

今後は?

フォーメーションフライトの制御に興味があります。複数の衛星を距離や形態を保って飛行させることができれば、大口径の望遠鏡など今までにない画期的なミッションを実現できます。宇宙研の人工衛星や探査機は、世界でまだ誰も見たことがないものを見たり、やったことがないことをやるものばかりです。姿勢制御技術はある程度確立されていますが、新しいミッションを遂行するためには姿勢制御にも新しい技術が必要です。宇宙機を意のままに操ることを目指し、挑戦を続けていきたいと思っています。

趣味はありますか。

大学院生のときにスキューバダイビングを始め、今でも年に1回は潜るようにしています。普段は足の下には地面があり上下方向を意識せずに歩いていますが、水中では自分の体の位置を3次元で把握して動かなければいけません。その不思議な感覚と、自分の体の位置姿勢制御を楽しんでいます。

宇宙機応用工学研究系 教授 坂井 真一郎