キーワードは「ダスト」と「サンプルリターン」

どのような研究をされているのでしょうか。

私の研究のキーワードは、「ダスト」です。ダストとは、宇宙塵とも呼ばれる宇宙空間に分布する固体微粒子です。学部生のとき、初めてダストを電子顕微鏡で見て、その美しさに感動しました。ダストは1mmにも満たない小さなものですが、現在も地球にたくさん降り注いでいます。大きく目立つものほど重要だと思いがちですが、小さくてたくさんあるものにこそ、物事の本質が宿ります。私はダストを調べることで太陽系そのものや地球生命の原材料が分かると考えたのです。

南極の氷に閉じ込められていたダストや、回収された人工衛星に衝突痕をつくったダストを分析したり、しし座流星雨のときに彗星のダストが地球大気と衝突して発光した流れ星を航空機から観測したりしてきました。さらに、彗星や小惑星まで行ってダストを採取して持ち帰ってくる探査に参加するようになり、研究のキーワードに「サンプルリターン」が加わりました。

「はやぶさ」ミッションでは、小惑星表面のサンプルを採取するサンプラーの開発と地球に持ち帰ったサンプルの分析を担当されました。「はやぶさ」で印象に残っていることは?

一つは、「はやぶさ」が撮影したイトカワの姿です。初めて見た瞬間、どうしてクレーターが少ないんだ? 重力が小さいのになぜ滑らかな地表があるんだ? と次々に疑問が湧きました。科学者として至福の時であり、新発見した自然現象を正しく解釈できるかどうかは科学者の腕の見せどころです。

もう一つは、地球帰還カプセルをオーストラリアのウーメラ砂漠で拾ったときです。この中にイトカワの物質が入っていれば、世界の小天体探査が大きく回り出す。そう思いながら抱いたカプセルは、とても重たく感じました。

当時はまだ、小惑星からダストを少し持ち帰っただけで何の価値があるのかという懐疑的な声が、科学者の間にもありました。しかし、イトカワ起源のダストの分析によって、地上に最も多い隕石である普通コンドライトの起源は本当にS型小惑星なのか、という長年の疑問にYesという答えが出ました。起源が明らかで、地球環境と反応していないサンプルを手にしたことでほかにも多くの疑問が解け、オセロゲームの石が黒から白へと一気に変わるように、サンプルリターン探査の科学的価値が認められるようになりました。

学際科学研究系 助教 矢野 創

宇宙探査は林業のようなもの

「はやぶさ2」では、ミッション立ち上げ時の中心メンバーだっただけでなく、運用スーパーバイザーやサンプラー、衝突装置、小型着陸機の開発なども担当されています。「はやぶさ」のときとの違いはありますか。

宇宙探査は林業のようなものだと思っています。木が育つのに時間がかかるのと同じように、遠くにある天体に行くにはどうしても時間がかかります。

「はやぶさ」では、先輩たちが植えた木を私たちが刈り取らせてもらいました。そうした世代を超えたバトンリレーが、宇宙研ではずっと続いてきたのです。私たちの世代にも、次の世代の人が刈り取る木を植える使命があります。そうして植えたのが「はやぶさ2」であり、その運用や科学観測ではあえて私たちより一回り若い世代に中核を担ってもらっています。「はやぶさ」と「はやぶさ2」では、私自身の関わり方がずいぶん違います。

ミッションの位置付けにも大きな違いがあります。「はやぶさ」は、世界で初めて小惑星からのサンプルリターンを実現しました。いわば0を1にしたのです。「はやぶさ2」は、1を2にするミッションです。どちらも未知への挑戦ですが、難しさの質が違います。小惑星ベンヌからのサンプルリターンを狙うNASAの「OSIRIS-REx」も同時進行中で、小天体探査はいまや競争と洗練の時代に入りました。だからこそ、2を3に、3を4にするミッションは後進に任せ、私たちはさらにその先の0を1にするミッションを新しく立ち上げなければいけないと思っています。

どのようなミッションを考えているのですか。

外惑星領域にある海洋を持つ天体からのサンプルリターンです。これまでは始原天体と呼ばれる小惑星や彗星を調べることで、太陽系や生命の原材料を理解しようとしてきました。しかし、太陽系における生命の起源を解明するには、地球生命とは異なる生命を育めるかもしれない天体を調べることも欠かせません。そこで、氷の下に海があり熱水活動が起きているなど生命誕生の条件がそろっている土星の衛星エンケラドスから噴き出しているダストのサンプルリターンを第一候補に、海洋や生命や宇宙工学の研究者と共に構想を練っているところです。

学際科学研究系 助教 矢野 創

誰もやっていないことをやりたい、という思いは子どものころからあったのですか。

そんな大きなことは考えていませんでしたが、「"何になるか"より"何をやるか"」は昔から意識していました。よく子どもに「何になりたい?」と聞きますが、どんな職業になるかは手段であって、目的はあくまで何をやるかだと思うのです。私は高校時代、「宇宙研ってなんて格好いい組織なんだ」と憧れていました。ハレー彗星探査機が活躍していたときです。だから今、宇宙研の研究者でいることは、とても光栄です。

しかし私にとって重要なのは、宇宙研で何をやり遂げるかです。自分が先輩たちから「はやぶさ」を託していただいたように、「矢野たちがいたからこのミッションがある」と言われる未来の宇宙探査を創り続け、宇宙研のバトンリレーを後輩につなぐ責任があると思っています。