最近はバーチャル・リアリティをはじめとした、「リアリティ」と名のつく言葉が色々と流行っているようです。今回は可視化に絡めて、「リアリティ」に関係した宇宙科学データの話題をご紹介します。

未だ見ぬ世界:模擬データの生成

ここにご紹介する3枚の写真(図1)の中に、小惑星のそっくりさんが混じっています。どれかおわかりでしょうか?

図1 そっくりさんを探せ

図1 そっくりさんを探せ

左はお馴染みのリュウグウの画像です。右はリュウグウによく似ていますが、Bennuと呼ばれる、現在NASAが探査中の全く別の小惑星でして、本物の小惑星です。という訳で、小惑星のそっくりさんは真ん中の画像です。[1]

さてこの画像に写っているものは、「リュウゴイド」(Ryugoid)と呼ばれています。敢えて訳すなら「リュウグウモドキ」、棲息地はコンピュータの中、そして薄い皮でできていて、そこに模様を散りばめて小惑星を真似ることができます。簡単に言えば、3Dポリゴンモデルの表面を、様々な材質で包んだものです。普通のCGモデルと異なるのは、この表面材質が「はやぶさ2」に搭載されている光学機器を始め、様々なフィルターを通した可視光や、赤外線での観測を模擬できるようになっていることです。最高精細度のモデルは4億近いポリゴンを使って、小規模な岩石まで隈なく3Dで表現していることもリュウゴイドの特徴の一つです。

何故そのような仕組みが必要だったかというと、話は「はやぶさ2」が地球を飛び立って間もない頃に遡ります。リュウグウがどんな小惑星なのか、事前には詳細が定かではありませんでした。一方でリュウグウ付近に滞在できる期間は限られていますので、到着してから考え始めたのでは間に合いません。そのために様々な事前訓練が計画されました。そしてその訓練用に考案されたのが、模擬天体であるリュウゴイドでした。様々な訓練の中には、実際に搭載されている光学機器で観測した結果を模擬したデータを必要とするものもありました。リュウゴイドは、そのような要求に耐えられるように、各分野の研究者の知恵を結集して作られたのでした。

このようにして考案されたリュウゴイドでしたが、訓練当初にその詳細を知っていたのは、製作者側の限られた人たちだけでした。それは何故かと言うと、模擬観測データから小惑星の形状や素性を推定してタッチダウン地点を選定すること(LSS; Landing Site Selection)自体が、重要な訓練の一つだったからです。実際のリュウグウについては殆ど情報が無かった訳ですから、それと同じように、出題された観測データを解析してタッチダウン地点を選定する回答者側には、リュウゴイドの真の姿は知らされてはならなかったのです(もちろん後日には答え合わせをしました)。

LSS訓練がタッチダウン地点選定のための真剣勝負だとしたら、リアルタイムの運用訓練(RIO: Real-time IntegratedOperation)もまた、出題者と運用者との、現実さながらの真剣勝負でした。ここにもまたリュウゴイドが活用され、運用訓練のリアリティを高めたのでした。[2]

今を知る:取得データの再現

同じく、「はやぶさ2」が地球を飛び立って間もない頃、別のCG化の話もいくつか持ち上がりました。例えば地球スイングバイの様子をCG化しようとか、テレメトリデータから準リアルタイムで「はやぶさ2」の挙動を3D CG化できないかとか。

地球スイングバイの時は、予測された軌道情報が予め公開されていた[3]こともあり、JAXAから提供されたCGアプリの他にも、一般の有志の方等がCG化を試みられていたりして、盛り上がりを見せていました。[4][5][6]

一方でテレメトリデータを準リアルタイムでCG化することは、NHKさんとの共同研究で実現することになりました。その目的は、探査機の挙動を可視化することで、将来的に、探査機の運用に役立てることです。

この可視化を最初にご披露したJAXA広報Webサイト曰く、「JAXAが公開している、『はやぶさ2』からの観測画像データなどを用い、NHKが持つ8 Kスーパーハイビジョンに対応できるリアルタイムCG化技術を組み合わせることで、太陽光の反射までも再現した高精細な『はやぶさ2』探査機の挙動やリュウグウに近づく様子を、まるで近くで見ているように再現しました。」[7]

その言葉通り、高精細映像ともなると、「リュウグウ」や「はやぶさ2」のリアリティも重要な要素であり、その詳細については、繰り返し打合せを行い、CGモデルの改良に取り組みました。その開発段階で威力を発揮したのがVR技術でした。平面ディスプレーとマウス等の組み合わせでも、それなりに形状や材質の確認はできるのですが、VRデバイスを使って形状モデルの随所を覗き込むと、目に前に「はやぶさ2」が在るといったリアリティの他に、細かいところまで自在にチェックできるという効率の良さもありました。

図2 NHKとJAXAの共同開発「SHVはやぶさ2可視化システム」

図2 NHKとJAXAの共同開発「SHVはやぶさ2可視化システム」

過去を未来に:公開データの利用

外に目を向けると、これまでに蓄積されてきた宇宙科学データは、研究者にとっては宝の山であり、色褪せることはありません。しかしながら、それ以外の方々にとっては、これらの宝庫が広く知られている状況にはありません。一般に報道されるのはほんの一部で、それらも時間と共に忘れ去られてしまいます。

そのような中で、「月面スポーツ VRハッカソン」と題したイベントが開催されました。[8] これは、JAXAと共にグリー株式会社、テックショップジャパン株式会社の3者主催で開催されたものです。

月面のリアリティと言うと、何を想像されますか?重力が地上の6分の1、空気が無い、形状、などなど。

そんな月面ならではのスポーツをVRで具現化するとしたら、どんな競技が考えられるのか、というのがハッカソンのお題でした。

初日の冒頭には、VRや月面についてのレクチャーがあり、いろいろな小道具も用意されました。その中で重要な役割を担ったのが、DARTSで提供されている「かぐや」の月データでした。DARTSのデータを読み解くのは大変、という心配はご無用。月の形状データをゲーム環境に取り込むためのツールもセットで提供されました。

参加者は総勢53名、13チーム。たった2日間の開催であったにも関わらず、冷めやらぬ熱気の中、興味深いゲームが次々と完成したのでした。宇宙科学データが、研究以外の分野にも潜在力を持っていることを実感した2日間でした。

 「とは言え、自分で作るのは大変」

そんな人たちのために、VR体感サイエンスツアー「ありえなLAB」なるものも企画されました。「ありえなLAB」は、何度かの関連イベントが開催されましたので、もしかしたら皆さんの中にも体感していただいた方がいらっしゃるかもしれません。イベント開催の実績を踏まえて、宇宙を題材にしたVR体感コンテンツのレンタルも始まりました。[9] この先も宇宙科学データが皆さんのお目に留まる機会が続くのではないかと考えています。

そしてその先へ:宇宙科学データの活用に向けて

月面スポーツ VRハッカソンを後押しすることになったものの一つが、その直前に制定された、宇宙科学研究所のデータポリシーでした。[10] そのデータポリシーの中で、宇宙科学研究所が自ら取得・整備した公開データを利用する際のルールは、クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際(CC BY 4.0)との互換性があることが謳われたのです。CC BY 4.0は、クリエイティブ・コモンズのライセンス中でも特に自由度の高いものですので、是非とも皆さんにデータを活用していただきたいところです。

図3 「 れいめい」が観測した、カナダ(カルガリー付近)の街灯り 

図3 「 れいめい」が観測した、カナダ(カルガリー付近)の街灯り 
左「: れいめい」の観測画像、右: 同じ地域の夜景をNASAの地球画像で再現

例えば図3の左にご紹介するのは、小型高機能科学衛星「れいめい」に搭載された多波長オーロラカメラが撮影した、夜の地球です。これはDARTSで提供されている公開データのみを使って表現されています。イメージが帯状に重なっているのは、「れいめい」が観測したカメラ画像をいくつも合成したからです。鮮やかなオーロラの他に、その奥に点在している赤い輝きが見えます。実はこれらは地上の夜景が映り込んだものなのです。参考までに、右側にはNASAから提供されている地球の画像を同じ座標系で加工して夜景を再現したものを並べてみました。NASAの画像も、利用の自由度が高いことで有名です。「れいめい」の軌道や姿勢のデータも公開されていますので、このようなデータを駆使すると、「れいめい」軌道上の視点で、当時の観測の様子を再現することも不可能ではありません。

おわりに

今回は最近の流行りに便乗して、「リアリティ」をキーワードにご紹介して来ましたが、宇宙科学データの活用を、そのようなカテゴリに留める意図は毛頭ありません。また、ご紹介したような技術やポリシーは、宇宙科学や探査機の運用等に大いに貢献してきたものであり、それは今後も変わるものではありませんが、さらに視野を広げると、その活用分野は、例えば日用品かもしれませんしアートかもしれません。使える素材は、DARTSやNASA以外にも、様々なところで公開されています。皆さんの創意工夫を期待しています。

 

図1 そっくりさんを探せ
[引用元]
左: 小惑星探査機「はやぶさ2」の小惑星Ryugu到着について 2018年6月27日
http://www.isas.jaxa.jp/topics/001567.html
中: 2018年の小惑星リュウグウ到着に向けて 小惑星探査機「はやぶさ2」の近況 2017年12月14日
https://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/files/20171214_hayabusa2.pdf 中央をトリミング
右: NASA's Newly Arrived OSIRIS-REx Spacecraft Already Discovers Water on Asteroid Dec. 11, 2018 RELEASE 18-114
https://www.nasa.gov/press-release/nasa-s-newly-arrived-osiris-rex-spacecraftalready-discovers-water-on-asteroid

図2 NHKとJAXAの共同開発「SHVはやぶさ2可視化システム」
[引用元]
平成30年9月理事長定例記者会見,はやぶさ2の現状について
http://www.jaxa.jp/about/president/presslec/201809_j.html 内の埋め込み動画

図3 「 れいめい」が観測した、カナダ(カルガリー付近)の街灯り
[データの出典] (以下のデータを加工・合成しています)
「れいめい」データ: Data - DARTS/Reimei at ISAS/JAXA
http://darts.jaxa.jp/stp/reimei/data.html
地球画像: Blue Marble - NASA Visible Earth
https://visibleearth.nasa.gov/collection/1484/blue-marble
Earth at Night - NASA Earth Observatory
https://earthobservatory.nasa.gov/features/NightLights

未だ見ぬ世界
[1] 2018年の小惑星リュウグウ到着に向けて 小惑星探査機「はやぶさ2」の近況 2017年12月14日
https://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/files/20171214_hayabusa2.pdf
[2] 2018年の小惑星リュウグウ到着に向けて 小惑星探査機「はやぶさ2」の近況 2018年4月19日
https://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/files/20180419_hayabusa2.pdf

今を知る
[3] 「はやぶさ2」の地球スイングバイについての情報を公開します!
http://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20151014/
[4] 柏井 勇魚、宮崎 剛、WebGLによる「はやぶさ2」「あかつき」のリアルタイム軌道可視化、宇宙科学情報解析論文誌第六号、2017.
[5] 上坂 浩光、武 貴寛,、「はやぶさ 2」地球スイングバイ Viewer、平成27年度「宇宙科学情報解析シンポジウム」、2016.2.
[6] 【特集】PCソフト、モバイルアプリのシミュレーションで「はやぶさ2」と旅する
https://www.astroarts.co.jp/special/2015hayabusa2/index-j.shtml
[7] 平成30年9月理事長定例記者会見
http://www.jaxa.jp/about/president/presslec/201809_j.html

過去を未来に
[8] 月面スポーツ VRハッカソン 2018 5/19 - 5/20開催
https://gree-xr-hackathon.com/
[9] 宇宙を題材にした子ども向けVR体感サイエンスツアー「ありえなLAB」のレンタルパッケージ提供を開始~VR分野における宇宙新事業の創出~
http://www.jaxa.jp/press/2020/01/20200130-1_j.html

そしてその先へ
[10] 宇宙科学研究所のデータポリシー
http://www.isas.jaxa.jp/researchers/data-policy/

【 ISASニュース 2020年2月号(No.467) 掲載】