「MEMSでなんとかならないの?」
- 集積化マイクロマシンが宇宙に羽ばたく夢を見て-

緒言: 小型軽量への夢

我が国のロケットはペンシルロケットに始まり、「より大きく」「より重い」ペイロードの「より頻繁な」宇宙への輸送を目指して研究開発が進む。現在公募型小型計画の選定が行なわれているイプシロンロケットは590 kgの重量を高度500 kmの円軌道(太陽同期軌道)に投入可能※1。H3ロケットでは太陽同期軌道に4トンの重量を打ち上げると聞く※2。...と、こんな調子でいくら書いても釈迦に説法。読者諸賢にお叱りを受けそうだが、2016-17年度のISAS客員准教授を縁に、宇宙工学委員会そして各種評価委員会からのお誘いを全部受けて早や2年。其々素晴しい目的と先端の工学が詰まったミッション提案が、限られた打上げ機会と重量との座を巡って切磋琢磨している様を目のあたりにして、門前の小僧ならずとも「なんとかならないか」と心底思う。この思いに筆者が応えられるとしたら「MEMSでなんとか軽く小さく出来ないの?」という要望だろう。

筆者は「ナノテクノロジープラットフォーム東京大学VDEC微細加工拠点※3」のマネージャである。半導体微細加工と相乗り集積回路試作ファウンドリを活用した「集積化マイクロシステム (CMOS-MEMS) 」とを得意とする、世界的にもユニークなオープンイノベーション拠点である。研究者兼運営者という、車の両輪戦略による「利用者目線のきめ細かい運営」と「負担金の安さ」で評判である。結果、宇宙分野を含むあらゆる分野の大学・国研・企業の研究者から「MEMSでなんとかならないか」という相談が引っきりなしに寄せられる。これら千差万別の要望にお応えするべく、筆者以下チーム一丸となって装置・技術を日夜ブラッシュアップ、知恵を絞っている。本稿ではフランス語に言う "Promettre la lune":月を約束⇒出来そうもないことを約束しないように、MEMSに期待する読者諸賢に基本から最新展望まで、簡単に解説させていただこうと思う。

MEMS:「マイクロな」力の変換器

MEMSとは、半導体(特にシリコン)の微細加工技術を応用した微細構造素子ならびに加工技術全般を指す。我々電気電子工学の立場では、電圧、電流、電荷、電力といった「電の字の付く世界」と、機械・熱・流体といった「電の付かない世界」との間でエネルギーを変換する素子」と理解できる。(1)微細構造そのもの、(2)可動部分を設けたセンサ、または(3)力の発生機構を設けたマイクロアクチュエータ等、応用は幅広い。

我々の世界のスケールではシリコンは硬くて脆い「石みたいな材料」である。結晶面に沿って割れやすいのが厄介で、虎の子のシリコンウエーハを割って泣いた経験は数知れない。ところが物理法則とは面白いもので、硬いはずのシリコンをマイクロメートル(µm:百万分の1メートル)程度の板状に極めて薄く加工すると、ばね定数kが1に近づき自分の厚みの何倍も曲げられるようになる。静電引力を利用したマイクロアクチュエータはナノからマイクロニュートン(nN~µN)程度の力を発生するので、MEMSばねと釣り合ってちょうど自分の寸法(µm)程度変位する。しかも割れの原因となる最大内部応力は弱くなり、曲げやすくて割れにくいという「いいとこ尽くめ」の微小電子機械がMicro Electro Mechanical Systemsなのである。

MEMSの設計論: 「なんとかなること、ならぬこと」

MEMSに任せると、どんなことでも「なんとかなる」のだろうか? 筆者が最近再認識した面白い事実で検証してみよう。MEMSは程良く軽くて硬いので、重さとばね定数をうまく合わせると、「鉄琴」や「音叉」のように機械共振させられる。以下、厳密な計算と解析は文献※4に譲り、ざっくりとした(減衰の小さい系の)議論をしてみよう。

振動の微分方程式を解くと、バネ・マス・ダンパからなる系の固有角振動数数ω₀ (固有振動数f₀)は、

(1)

と出る。「k=1N/mのばね」と「1《ナノキログラム》[nkg] = 1マイクログラム[µg]」の質量によるf₀は5035Hzとなり、工学的に使いやすい機械共振周波数となる。共振はブランコ遊びと同じ理屈で、フックの法則で変位できる量(静的変位量)

(2)

の30~100倍という「大きな変位」を簡単に稼げる、非常に魅力的な現象である。

ところが早合点は怪我の元。「固有振動数」と「最大変位量」は両立しないのだ。図1(a)に、筆者のスーパークリーンルームで試作した「面内振動子MEMS」の電子顕微鏡写真を示す。デバイスX1Y1〜X6Y1の5種類のMEMS素子は、板ばねの厚みだけを変化させた。MEMSが単振動する様子を観察し、振幅を縦軸、周波数を横軸にとって図1(b)のようにグラフ化する。素子の共振周波数がばねの厚みに依存して変化、すなわち厚いばねは周波数が高くなり、めでたしめでたし!...とはうらはらに、「共振ピーク点」における最大変位が減少してしまった。結局、振幅と周波数の積が一定という事実が示されたわけだ。

図1

図1 (a)自作したMEMS機械振動子(ID番号X6Y1:固有振動数4068Hz)。(b)梁の太さwが異なる5種類のMEMSデバイスの振幅-周波数特性。「最大振幅と共振周波数のトレードオフ(積が一定)」が観察される。

結果の意味を簡単に解析してみよう。共振周波数の式(1)と、共振時の最大変位xmaxの式、

(3)

(cは減衰係数)の積を取り、さらに(2)式を代入すると、あら不思議。m と k がぴったり打ち消しあって、

(4)

という、非常にスッキリした関係式となる。

結局、機械共振は便利だが、速く動かすことと大きく動かすことは両立せず、

(A) 周波数(ω₀)と変位(xmax)のどちらかを取るか、
(B) 投入する力(F₀)を増やすか、
(C) 減衰(c)を減らすか、

という「トレードオフ問題」の枠内での最適化がMEMSの設計だと(4)式は教えてくれる。確かに、機械構造自体はエネルギーを生み出さないので(保存則の言い換え)、「どのようなMEMSであっても」全体を増やすには力の入り(F₀)を増やすか、出(c)を減らすかの二択しか無い。「MEMSに王道なし」で、若干がっかりする結論かもしれない。しかし勿論、印加する電圧や電流が力に変換される効率αは設計によって天と地ほども違うので、デザイナーが腕を奮う余地は十分残っているのである(エンジニアの皆様、御安心を!)。

「なんとかなるMEMS」: 最先端を速やかに実用化する集積MEMS

以上のように、MEMS研究者は、皆様からの「なんとかならないの?」という熱い期待を浴びながら、「あちらを立てればこちらが立たぬ」現実の壁(物理法則)と日夜戦っている。ナノテクプラットフォームのお蔭で異分野の先端研究者と日常的に協業し、素子や加工手法の知見が継続的に蓄積された結果、ぱっと見では信じられないような芸当が続々と可能になっている。是非本誌読者諸賢とも協業をー、とのお誘いがてら、呼び水として筆者らの最近の研究成果:「高電圧を発生するオンチップ集積直列太陽電池」をご紹介しよう。

宇宙を含む、外界と隔絶された環境で自律的に動作する超小型MEMSの電源として、太陽電池は魅力的である。太陽電池の起電力は材料の物性で決まり、シリコンではせいぜい0.4V。一方、これまで見てきたように、高周波数かつ高振幅のMEMS駆動には高電圧が必要である。必要な電圧範囲は10Vから数百ボルト。此方「0.4V生成」、片や「100V必要」という絶体絶命の板挟み(曰く、「そもさん」)である。「せっぱ」詰まったこの公案に対し、筆者らは2ステップの集積MEMS加工法を考案した※5

図2

図2 (a)ファウンドリLSIを大学のクリーンルームで後加工して実現した、125直列集積化太陽電池と絶縁部分の拡大SEM写真。(b)緑色LED光下での電圧電流特性。電流を取り出しても電圧降下が起こらない「高曲線因子」と、通常実現困難な高電圧発生機能を実現した。

【STEP1】素子の裏面が絶縁膜になっている、silicon-on-insulator (SOI)基板にP-N接合(電池要素)の直列接続を作製する。【STEP2】MEMS加工を施し、電池要素同士を等方性エッチングで素子分離する。図2(a)のように、接続配線が中空に浮いた「直列太陽電池」が出来上がる。測定結果は図2(b)で、(1) 単体で57.9Vの高電圧を発生し、(2)理論限界に近い曲線因子をもたらす新機能太陽電池チップが完成した。曲線因子(Fill Factor)とは(最大電流)×(最大電圧)で求まる「皮相電力」と、素子から実際に取り出せる「実効最大電力」との比のことで、得られた値FF=76.7%は市販の太陽電池に肩を並べる高性能だ。「MEMSで何とかなる」安堵の結果である。

「でも、毎日が徹夜の苦労の開発結果なんでしょう?」

「いえいえ、ここまで付けても、卒論一人の、平日昼間の楽勝作業になります(おおー!)」。これは実話で、【STEP1】は企業の量産ラインを標準条件で利用し、【STEP2】の新規プロセス加工だけを大学のナノテクプラットフォームで施すことが成功の秘訣である※6。汚染を徹底的に排除した環境制御が必須なLSI試作工程(大学では実現不可能)は企業で行い、量産ラインでの開発試行が不可能なプロセス開発を大学で行うことで、新素子の機能開発と同時に技術成熟度レベル(TRL)を一気に実用まで引きあげられるというわけだ。この仕組みは東大VDECを通じてどなたでも利用できる。大学発のCMOS-MEMSが続々と宇宙に飛んでゆく、そんな「なんとかなる」夢の未来の足音が、確実に感じられる。

※1 イプシロンロケットパンフレット http://www.jaxa.jp/projects/pr/brochure/pdf/01/rocket07.pdf
※2 H3ロケット詳細設計結果について http://www.jaxa.jp/press/2018/01/files/20180124_h3.pdf
※3 http://nanotechnet.t.u-tokyo.ac.jp/
※4 Yoshio Mita et al., "Progress and opportunities in high-voltage microactuator powering technology towards one-chip MEMS", Japanese Journal of Applied Physics, 57, 04FA05 (2018) doi:10.7567/JJAP.57.04FA05
※5 Isao Mori et al., "Discharging-phototransistor-integrated high-voltage Si photovoltaic cells for fast driving demonstration of an electrostatic MEMS actuator by wavelength modulation", Japanese Journal of Applied Physics, 55, 04EF12 (2016) doi:10.7567/JJAP.55.04EF12
※6 Yoshio Mita et al., "Opportunities of CMOS-MEMS Integration through LSI Foundry and Open Facility", Japanese Journal of Applied Physics, 56, 06GA03 (2017) doi:10.7567/JJAP.56.06GA03

【 ISASニュース 2018年4月号(No.445) 掲載】