第5章 M-3SIIロケットとハレー彗星探査

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カウントダウン

──1985年1月に打ち上げたM-3SII-1は、初めての惑星間ミッションである《ハレー彗星探査》のために開発した機体の初号機で、実験班全員の高揚した士気と張り詰めた緊張感が思い出されます。最初に打上げに望んだ1月6日には、真冬の実験場の低温で半導体部品の特性が変化して第1段TVC装置の動作が異常になり、実験延期となりました。林友直先生など電気系の方々も交え深夜作業で対策を講じた夜が忘れられません。そして、意外なほどに予測性能と一致した飛翔性能には、思わず“120%の成功”と口走り、文部省担当官が不快感を示されたのも懐かしいこぼれ話です。──(秋葉鐐二郎)

打上げ予定の初日、1月5日は天候で延期。翌日は補助ブースタの可動ノズルを駆動させる油圧用モータの不具合で延期。さらにもう1日、地上系の不具合で延期。作業は、翌8日未明の打上げをめざして、7日夕刻、タイムスケジュールに入った。

「ただいまより、M-3SII型ロケット1号機のタイムスケジュールに入ります!」

1985年1月7日19時30分、鹿児島県内之浦町にある宇宙科学研究所のロケット発射場に、秒読みを行う下村和隆の若々しく澄んだ声が高らかに響き渡った。この声は同時に、東京の駒場、長野の臼田、千葉の勝浦と、打上げ後すぐにロケットの追跡作業に入る多くの「同志」たちの耳にも届いた。ロケットまわりの準備、探査機まわりの作業。

息づまるような緊張の中でオペレーションがつづけられる。

6時間後、整備塔から出たランチャは旋回して発射位置へ向けられた。時間はじゅうぶんある。スケジュールは多少の余裕をもって立てられている。発射40分前。発射角の最終調整。上下角は75度、方位角91.5度。高度2kmまでの風がかなり強い。

「発射8分前の項に入ります!」──下村の声に力が入る。秒読みが実験班全体の意志をひとつの方向に統一し、呼吸を整える。鹿児島海上保安部を経由して、海上の警戒にあたってくれている巡視船から「海上異常なし」の報告が入った。1段目の両脇に装備されている補助ブースタは志布志湾を扼(やく)する形で落下範囲が設定されていて、この海域に発射時に船舶がいると、発射は延期となる。だからこの8分前の「異常なし」の報は、実験班を一気に元気づけた。

発射4分前、着脱コネクタ離脱、電源はすべて内部から供給する方式に切り替え。

発射1分前、発射準備完了、発射管制盤起動。

上段モータに組み付けられた「さきがけ/MS-T5」

上段モータに組み付けられた「さきがけ/MS-T5」

M-3SII-1号機/整備塔大扉を開ける

M-3SII-1号機/整備塔大扉を開ける

発射30秒前、搭載タイマ起動、これでロケットは自動的に点火される。

発射25秒前、補助ブースタ・可動ノズルの油圧モータ作動、油圧も正常に上昇。

……思えば激しい5年間であった。がっちりとしたスクラムを組んで、それぞれがそれぞれの持ち場で懸命に働いた。このロケットはわが国で初めて地球の重力を脱出できるだろうか。答えはあと7分で出る……。

「10、9、8、7、6」

下村の正確な秒読みが進んでいく。

「5、4、3、2、1、0!」

轟音のなか、室内の照明を落としたコントロールセンター内のスタッフの顔が、窓の外を通過するロケットの炎で一瞬赤く染まった。16機を数えるミュー・ロケットの歴史で初めての夜間打上げである。

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