第1章 日本の宇宙開発のはじまり

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国分寺のペンシル

荻窪工場で燃焼内圧112気圧、燃焼時間63ミリ秒、推カ29kgなどを確認の上、いよいよ試射が行われることになった。

1955年4月12日、新中央工業跡のピットでペンシル初の水平試射が行われた。現在国分寺に在住する原嶋愿次さん(91歳)は語っている。

──7~8mぐらい離れたところから2時間ぐらい見ていたんですけどね。鉛筆みたいな形の物体が、障子紙を貼った的に向けて水平にシュポシュポと飛んでいきました。速かったですねえ。中には向こうまで行かないうちに的の手前で落ちたものもありましたねえ。かと思えば、よく飛ぶから発射台を後ろへやれ、などという会話も耳に入ってきました。発射台から的までの距離を測ったりする光景も記憶にあります。実験班の人と少し話をしたんですが、《もっと早く打ちたかったんだけど、適当な場所がなかなか見つからなくてねえ》って話していましたよ。──(原嶋)

次いで4月14日には、関係官庁・報道関係者立ち会いのもとに、公開試射を実施した。ペンシルは、長さ約1.5mのランチャーから水平に発射、細い針金を貼ったスクリーンを次々と貫通して向こう側の砂場に突きささった。ペンシルが導線を切る時間差を電磁オッシログラフで計測しロケットの速度変化を計る。スクリーンを貫いた尾翼の方向からスピンを計る。高速度カメラの助けも借りて、連度・加遠度、ロケットの重心や尾翼の形状による飛翔経路のずれなど、本格的な飛翔実験のための基本データを得た。

この水平試射は4月12、13、14、18、19、23日に行われ、29機すべてが貴重なデータを提供した。これらのペンシルには推薬13g(その半分の6.5gのものもあった)が装填され、推力は30kg前後、燃焼時間は約0.1秒。尾翼のねじれ角は0度、2.5度、5度の三種で、機体の頭部と胴部の材質には、スティール、真鍮、ジュラルミンの3種類が使われ、それによって重心位置が前後の3箇所に変化するようになっていた。速度は、発射後5mくらいの所で最大に達し、秒速110~140m程度であった。

半地下の壕での水平発射とはいえ、コンクリート塀の向こう側は満員の中央線である。塀の上に腰掛けている班員が、電車が近づくとストップをかけ、秒読みが中断されるのであった。

国分寺北口の階段を降りて右に折れ、線路沿いに東京方面へ数分歩くと、早稲田実業学校がある。その敷地内が歴史的なペンシル試射の行われた場所である。そこでは今、甲子園をめざして熱い球児たちの懸命な練習が展開されている。

ペンシルロケットの飛翔

ペンシルロケットの水平発射実験

実験装置全体

水平発射実験装置全体

実験開始

水平発射実験開始

国分寺記念碑

「日本の宇宙開発発祥の地」記念碑(東京都国分寺市)

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