No.274
2004.1

宇宙工学の目指すもの

ISASニュース 2004.1 No.274 


- Home page
- No.274 目次
- 新年のごあいさつ
特集:日本の宇宙科学の近未来
- 特集にあたって
- 理学と工学のスクラムで
- ミッション計画
- これまでの成果
- これまでのミッション
- 進行中のミッション
- 宇宙理学の目指すもの
- 極限状態の物理を探る
- 宇宙の構造と成り立ちを探る
- 太陽系の環境を知る
- 太陽系形成の歴史を探る
+ 宇宙工学の目指すもの
- 「はやぶさ」は今
- まとめにかえて
- 編集後記

- BackNumber

月着陸探査技術実証計画

rover-z1
月に降下する探査機

 将来の太陽系探査,特に月や火星など周回軌道からの遠隔観測が進んだ天体については,次の段階は着陸して表面(および内部)を詳しく探査することになります。例えば月の場合,アポロ計画などによって月の岩石のサンプルが地球に持ち帰られ,多くのことが分かりましたが,その着陸点は月の赤道周辺の「海」と呼ばれる平坦な地域に限られました。最近の月周回探査機による詳細な観測の結果,アポロ計画のサンプル収集地点はある特徴的な地域にすぎず,月全体についてより多くのことを知るためには,ほかの地域の岩石・地質を調査する必要があることが分かっています。

 そのような探査を実現するためには,目的とする地点へ高い精度で,しかも岩などの障害物をよけながら安全に着陸する必要があります。また,着陸した後は,周辺の広い範囲を移動しながら探査したり,研究者が調べたい岩石を選別したり,あるいは岩石の表面を削って変性していない内部の本来の物質を観測する必要があります。これを無人探査機に行わせるためには多くの新しい技術が必要になるため,われわれはさまざまな研究・開発を続けており,それらの技術を実証する機会として,例えば月に500kg程度の探査機を軟着陸させ,30kg程度の小型移動ロボットで表面を探査する計画を検討しています。

 この計画では,巨大クレータの「中央丘」と呼ばれる場所の近くにピンポイントで着陸します。中央丘は,クレータができるときに地下物質が噴出して形成されたもので,地層を観測したり,その周辺に転がる岩石を分析することにより,月の内部の状態を知ることができます。それは月がどのようにしてでき,現在の状態まで進化してきたのかを知る重要な手掛かりとなります。

 ピンポイントの着陸誘導を行うためには,これまでの地上からの電波計測と慣性航法装置を用いる方式では精度が足りません。そこでわれわれは,搭載カメラで撮影した月表面画像と月の地図とを見比べながら探査機を高精度に誘導する方法を研究しています。また,高度や対表面速度を測るために,レーザ高度計と電波高度速度計を開発しています。障害物をよけるためには,できるだけ高い高度から確実に障害物を検出する必要があります(高い高度から回避を始めるほど,消費燃料が少なくて済む)。そのためのアルゴリズムの研究とともに,探査機上で高速に演算するための画像処理LSIの開発なども推進しています。

 転倒せず安全に着陸するためには,着陸脚の開発も必要です。月面の砂(レゴリス)の特性や,真空環境,地球重力の6分の1の環境を考慮しながら脚の設計をするとともに,岩の上に片脚を乗り上げた場合,斜面を滑った場合など,想定されるいろいろな場合についての計算機シミュレーションや実験を行っています。

 平坦ではない月面を移動するため,5個の車輪を持つ走破性の高い小型のロボット(ローバ)を開発しています。地上からの人間の指示によって目標とする岩などに向かって動きますが,通信回線に制限があるために完全な遠隔操縦は難しく,ローバには障害物をよけながら目標点までの最適ルートを計算して進むインテリジェンス機能があります。また岩石を拾ったり削ったりするのも,人間が大まかに指示をすればローバが自律的に作業をする技術を研究しています。搭載できる重量が限られるため,小型・低消費電力の研磨装置や科学観測機器も開発しています。

rover-z2
月を探査するローバ

 理想的な地質調査を行うためにはサンプルを地球に持ち帰って分析することが必要ですが,今回の計画ではテレサイエンス技術を駆使し,科学者の地上からの遠隔操作により必要な分析を行います。これらの技術は,将来のサンプルリターンの前準備ともいえます。

 この計画は月の地質探査を目的としていますが,ここで開発された技術は,火星などほかの天体や地質探査以外の用途にも応用できるものです。



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ソーラー電力セイルによる工学実証機構想
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