No.274
2004.1

「はやぶさ」は今

ISASニュース 2004.1 No.274 


- Home page
- No.274 目次
- 新年のごあいさつ
特集:日本の宇宙科学の近未来
- 特集にあたって
- 理学と工学のスクラムで
- ミッション計画
- これまでの成果
- これまでのミッション
- 進行中のミッション
- 宇宙理学の目指すもの
- 極限状態の物理を探る
- 宇宙の構造と成り立ちを探る
- 太陽系の環境を知る
- 太陽系形成の歴史を探る
- 宇宙工学の目指すもの
+ 「はやぶさ」は今
- まとめにかえて
- 編集後記

- BackNumber

 2003年5月9日13時29分MUSES-Cを乗せたM-Vロケット5号機は,梅雨直前の青空にごう音とともに消えていきました。ゴールドストーン局のテレメータ受信によりほぼ正確に軌道投入がなされたことが判明し,「はやぶさ」という新しい名前が付きました。

 この探査機には4台のイオンエンジンが搭載され,これから始まる地球 dash 小惑星「ITOKAWA」間往復10億kmの旅の原動力となります。5月末から1日1台ずつ,プラズマ点火およびイオン加速を慎重に行いました。通信波のドップラーシフトから,イオンエンジンによる「はやぶさ」の加速のありさまをリアルタイムにとらえることができたのは,望外の喜びでした。地球の裏側に回ってしまうと日本からは監視できなくなりますから,その間も一人黙々と加速がなされるように運転パラメータのチューニングやコンピュータのソフト書き換えを行い,7月から巡航運転が始まりました。イオンエンジンはほとんど毎日運転され,1日当たり約4m/sの増速が行われています。これは,多くの関係者のご尽力とサブシステム間の協調運転の成果であることは言うまでもありません。

 12月初めには,作動積算時間が7000時間・ユニットを突破し,「はやぶさ」は2004年6月ごろに地球と再会合するための軌道をほぼ確保しました。原点に地球,X軸上マイナス方向に太陽を固定した座標における「はやぶさ」の軌道を図に示します。打上げ当初は地球には達しない軌道であったものが,イオンエンジンを作動させるに従い軌道が徐々に変わり,原点に戻る曲線に移行するさまが分かります。

 ここであらためてイオンエンジンを紹介します。推進剤キセノンを電離して電荷を帯びたイオン粒子を1kV以上の電位差で加速した後,下流で電子と混ぜて中性プラズマとして高速噴射を得て,その反作用を推進力とします。推進剤の利用効率が高く,深宇宙航行には必須の技術です。このイオンや電子を作る方式にはいくつかの種類があり,「はやぶさ」では電気推進工学部門で研究開発したマイクロ波放電式イオンエンジン「μ10(ミュー・テン)」が応用されています。最大の特徴は,プラズマ発生に放電電極を用いず,劣化の心配がないため長寿命・高信頼が期待できることです。

 2003年中に達成した8000時間・ユニットの宇宙作動実績は,電気推進エンジニアにとって大変満足のいく値です。各国が宇宙実用を進めるイオンエンジンの宇宙作動実績の最新値を示します。NASAが開発するリングカスプ電子衝撃型イオンエンジンは3機種合計で77台打ち上げられていて,運転時間合計は8万5000時間です。さすが宇宙技術先進国といえます。乱暴な計算をすると1台当たり1000時間余りとなります。一方ESAでは,ドイツで開発された高周波放電型イオンエンジンが3台で合計7700時間です。これらの数値と比べると,「はやぶさ」μ10が技術立証の水準を満たしたことが理解できます。また,米欧日三者三様のイオンエンジンが成果を収めていることに,宇宙工学者として感慨を覚えます。このイオンエンジンの多様性は,技術の健全な進歩といえるでしょう。同時に,他に追従するだけでないオリジナリティの重要性を物語っているともいえます。

 ある講演会で「なぜ,マイクロ波放電のイオンエンジンが今まで現れなかったのか」という質問を受け,答えに窮したことがありました。宇宙技術先進国に見習うという呪縛が強すぎて,自由な発想や創意が抑制されていたのかもしれません。技術格差がありすぎて,とても追いつくことは不可能とあきらめていたのかもしれません。日本初の深宇宙探査機「さきがけ」「すいせい」を打ち上げたのはM-3SIIロケットです。このロケットの深宇宙投入重量は100kg程度で,とても電気推進を積む規模ではありませんでした。しばらくするとM-Vロケット開発のプロジェクトが始まりました。打上げ能力が3倍に上がると聞き,これにジャストフィットする電気推進を作ろうと考えたのがすべての始まりです。ただ単に“怖いもの知らず”だったのかもしれません。そう,本当に怖いもの知らずだったのです。そのときから今日に至るまで,何度も悪夢を見ましたから。でも借り物や模倣でない,われわれの技術だからこそ,その都度問題を克服できたのだと思います。

 技術の洗練には,何度かの繰り返しが必要です。あそこやここや,気に掛かるところを改良すれば,必ずやもっと完ぺきなシステムが出来上がるはずです。口径を大きくして大推力にするのもいいでしょう。1kVとはいわず10kVでプラズマ噴射する高比推力エンジンも面白そうです。

 だからもう一度,飛翔の機会をください。太平洋の向こう岸では,原子力発電と高比推力電気推進による木星探査が始まると聞きます。日本には日本のやり方があるはずです。日本オリジナル技術による深宇宙探査に期待します。そのミッションにきっと貢献できるはずです。

 さて「はやぶさ」に話を戻します。この1年でためた速度ベクトルを,2004年6月ごろに地球重力を使って小惑星の方向にねじ曲げます。さらにその後もイオンエンジンを噴射して,2005年に「ITOKAWA」にランデブーすることになります。

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