No.274
2004.1

宇宙理学の目指すもの

ISASニュース 2004.1 No.274 


- Home page
- No.274 目次
- 新年のごあいさつ
特集:日本の宇宙科学の近未来
- 特集にあたって
- 理学と工学のスクラムで
- ミッション計画
- これまでの成果
- これまでのミッション
- 進行中のミッション
+ 宇宙理学の目指すもの
- 極限状態の物理を探る
- 宇宙の構造と成り立ちを探る
- 太陽系の環境を知る
- 太陽系形成の歴史を探る
- 宇宙工学の目指すもの
- 「はやぶさ」は今
- まとめにかえて
- 編集後記

- BackNumber

 これまで宇宙研が推進してきた観測的科学研究は,大きく,スペースに出て観測を行う「天文観測」と,その場に観測装置を持ち込んで行う「太陽系探査」とに分けることができます。

 天文観測の原点は,「まだ見たことのないものを見る」ことです。宇宙は想像を超えた出来事の宝庫であり,まだ見ることのできていなかった新しい波長帯の観測が行われたり,それまでの感度を大きく上回る観測が行われると,必ず思いもよらなかった新しい宇宙の姿が見えてきます。

 そのような天文観測の中で,地上で観測ができる電磁波は,可視光(+近赤外)と電波に限られ,赤外線・紫外線・X線・ガンマ線といった波長域での観測は大気の外に出る必要があります。また,地上の大型望遠鏡が主力である電波や可視光分野でも,スペースに観測装置を持ち出すことで地上での観測の限界精度を大きく改善できる点も多々あり,スペースに観測装置を持ち出す計画が増えてきています。

 天文観測の大きな柱としては,まず「宇宙の構造と成り立ちを探る」ことが挙げられます。今日見られるような銀河・銀河団といった宇宙の構成物の起源は,ビッグバンと呼ばれる宇宙誕生の大爆発直後のわずかな密度ゆらぎにさかのぼると考えられています。しかし,観測が進めば進むほど,その構造形成で主役を演じているのは,暗黒物質や暗黒エネルギーと呼ばれる未知の物質やエネルギーであり,われわれの見ることのできている宇宙の物質は,ほんの一部にすぎないことが分かってきています。そのような宇宙の基本的な構造形成の中から,いかにして銀河が生まれ,惑星系が生まれ,地球型惑星が生まれ,生命が生まれてきているのか。解き明かしていくべき謎は尽きません。

 もう一つの柱は,「極限状態の物理を探る」ことです。宇宙には,地上の実験室ではとうてい実現できない,地上とは何けたも異なった物理状態での種々の現象を見ることができます。そして,それらの現象を注意深く観測することにより,宇宙の基本法則を深く理解することができ,未知の物理法則の存在を発見する可能性もあります。この種の観測の対象としては,何と言っても,重力が極限まで強められたものといえるブラックホールが挙げられます。X線や電波によるこれまでの観測により,ブラックホールの境界のすぐ近くで起こっているらしい種々の興味深い現象が見つけられてきていますが,現象の解明にはさらなる観測が必要なものばかりです。

 太陽系探査の原点は,「行ったことのないところへ行く」ことです。太陽系を構成する,月・惑星・惑星間空間へ観測装置を送り込み,直接物質を調べ,環境を計測することは,いわば自然観察そのものといえましょう。「行ったことのないところ」とは,必ずしも人類未踏の惑星を意味するものではありません。対象はどこであっても,新しい精度の観測が行われれば,必ず新しい問題に遭遇します。その意味からは,太陽系探査の場合は特に,惑星間空間航行技術や自律的観測技術,極限環境での探査技術等々,工学的な開発があって初めて可能となる観測項目が多くあります。宇宙理学者と宇宙工学者が一体となった,地道で長期的な技術開発がますます重要となります。

 太陽系探査の大きな柱の一つは,「太陽系形成の歴史を探る」ことでしょう。太陽系形成の基本的筋書きは,原始太陽系星雲ガスの中に塵ができ,塵から微惑星ができ,微惑星の衝突合体によって惑星ができたというものです。しかしこれだけでは,なぜ太陽に近い領域に地球のような岩石質の惑星のみがあり,太陽から遠いところに木星のような大型のガス惑星があり,さらに火星と木星の間に多数の小惑星があり,太陽系の外縁部には冥王星やカイパーベルト天体と呼ばれるような小さな天体があるのかを,十分説明できるわけではありません。将来の太陽系探査は,このように,原始太陽系星雲から現在の太陽系がどのように進化してきたかについての物的証拠を探すことに向けられるでしょう。

 将来の太陽系探査のもう一つの大きな柱は,「太陽系の環境を知る」ことです。ここでは,太陽系の中で「地球」の置かれた環境の普遍性・特殊性を知ることが大きな目標となります。そして,それは「地球だけに生命が発生し,進化したのはどのような理由によるのだろうか」という問いに答えることにつながるでしょう。そのような研究の対象としては,まず太陽系に充満するプラズマが宇宙の諸現象をどのように支配しているかを明らかにすることがあります。そして次に,惑星の大気が,惑星の磁場によって太陽から吹き出すプラズマ流(太陽風)からいかに守られているか,さらには,地球・金星・火星などの大気の組成や大局的な運動を体系的に把握していくことが,重要な課題となるでしょう。


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