第3章 ラムダの苦悩と栄光

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一歩後退、二歩前進

1969年9月3日に打ち上げたL-4T-1の第3段までの飛翔は正常だった。第3段を切り離して姿勢制御に移った直後、制御担当の東口實がすっとんきょうな声をあげた。

──ありゃこれは何だ!

レートジャイロの記録にショックが現れたのである。このショックは後に、切り離された第3段が、伏兵の残留推力によって加速され、上段に衝突したものと判明した。衝突は切り離し後9秒と9.8秒の2回にわたって起きた。ただ、衝突が上段の重心近傍で起こったため、上段機体の姿勢の擾乱は小さく、姿勢制御装置は正常に作動して所定の方向に姿勢を整定することができた。

「東大の先生たちは4段目に推薬がフルにつまっていなかったことを、さぞ悔しく思ったことだろう」と新聞に書かれた。確かに、推薬が一杯であったなら、日本最初の人工衛星は、この時に誕生したはずである。

発射後6分17秒に点火コマンドが送信されたが、予定より40秒早い7分19秒に最終段に点火した。最終段の飛翔は正常で、発射後約19分に内之浦東方約4,600kmの中部太平洋に落下した。

衝突に対しては、第3段の切り離し秒時を15秒遅らせて、残留推力の減衰を待つ処置がとられた。早期点火の原因は、一つのタイマーの速度制御回路の損傷によるものと推定され、損傷を受ける可能性のある部分の機構を補強した。また他のタイマーについては、発射前に規定速度で動作していることを確認する項目が追加された。

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