1987年8月に西ドイツの Wuppertal 大学の Offermann 教授は米国製気象ロケット約250機を使った各種大気波動の全地球的同時観測( DYANA:Dynamic Adapted Network for Middle Atmosphere ,中層大気力学観測網)を発案。この提案は1988年3月,Bologna での欧州地球物理学会,Helsinki での宇宙空間委員会( COSPAR )で議論され,最終的に21ヶ国,60機関の参加のもと,1990年1月前半から3月前半の8週間に計画を遂行する事となった。いわゆるダイアナ計画である。
日本では1988年4月6日付の故伊藤教授への Offermann 教授からの内之浦での約40機のロケット打上げ要請の書簡を受けて,直ちにロケットの打上げ方法,上層風測定のためのスキンレーダによる落下球の捕捉など,技術的な検討をえて予算措置をお願いした。落下球の捕捉がこのキャンペーンの成功の鍵を握ることは明らかであったので,西ドイツからの技術者立会いのもと,1989年夏にロケット5機を使った,ロケット打上げ練習,落下球捕捉練習を行った後,本キャンペーンに臨んだ。このキャンペーンにより得られた成果は日,欧二つの学会誌に特集号としてまとめられた。
話は前後するが,本キャンペーンのもう一つの困難は1967年にロケット打上げが中止されて以来の多数ロケットの発射に対する漁業者との交渉であった。予想どおり(?)に交渉は難航したが,最終的には1989年6月23日,1989年の夏期5機,1990年冬期22機を発射することで交渉は決着。観測事業係に残されている往事の記録をみると,交渉頻度の多さが目を引き,改めて関係者の苦労が偲ばれる。落下球の捕捉にも苦労したが,ともあれ本研究所が国際キャンペーンの一翼を担う事が出来たのは幸いである。
(小山孝一郎)