蛾の目(モスアイ)構造で“宇宙のはじまり”の観測に貢献!
~東京大学大学院理学系研究科研究奨励賞:髙久諒太氏 書面インタビュー~

2023年3月23日、東京大学大学院修了者を対象とした令和4年度学位授与式が執り行われました。本修了式において、宇宙科学研究所 山崎典子研究室の髙久諒太氏が「東京大学大学院理学系研究科研究奨励賞」を受賞しました!書面インタビューにて髙久諒太氏に受賞対象となった博士論文の研究内容や受賞の想い、今後の目標についてお伺いしました。

「東京大学大学院理学系研究科研究奨励賞」を受賞した髙久諒太氏
「東京大学大学院理学系研究科研究奨励賞」を受賞した髙久諒太氏

この度は「東京大学大学院理学系研究科研究奨励賞」の受賞、おめでとうございます!
髙久さんの博士論文「A Broadband Half-wave Plate for a Space-borne CMB Polarimeter Using Laser Ablation (レーザー加工技術を用いた宇宙用CMB偏光検出実験のための広帯域半波長板)」とは、どのような研究なのでしょう。

ありがとうございます。この研究を一言で表すならば「レーザー加工技術を発展させて、”高感度”で”広帯域”な宇宙観測へ貢献する」と言うものです。ここで宇宙観測というと観測対象は色々ありますが、この研究は、「宇宙の始まりはどうなっているの?」という根源的な問いが発端となっています。現在それを説明する最も有力な説であるインフレーション理論*1によると、宇宙が始まった直後にものすごい勢いで膨張して、その影響が宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background: CMB)*2の偏光に残っているのではと言われています。つまりCMBの偏光を精密に観測すれば、人類の根源たる問いに新たな知見をもたらすだろう、というわけです。

CMBの偏光を精密に観測する、とは?

微弱なCMBの偏光を捉えるには、観測機器そのものにも革新的な開発が必要です。まずは最大で数 mm程度の大きさの検出器を数千から数万以上も用意して、かつそれらを極低温に冷やして感度を上げていきます。それから、我々のいる天の川銀河などからの放射は”前景”放射と呼んでいて、単に眺める分には綺麗ですが、その後ろからやってきている“背景”放射(CMB)を見たい我々にとってはノイズ源になるのです。前景放射スペクトルはCMBに対して周波数の依存が強いので、30~500GHz程度の広帯域で観測して、前景放射をモデルすることで、その影響を取り除けます。でも、そうすると望遠鏡のパーツ(レンズ・フィルター・光学窓など)は大量の検出器をカバーするために50cmくらいの大きな基板になるし、しかも低温かつ広帯域で使えないといけなくなるのです。

今、CMBの偏光観測はある種”協力的”に、またある種”競争的”に世界中で行われています。そこに日本からも国際協力の下、宇宙マイクロ波背景放射偏光観測衛星LiteBIRD*3を打ち上げようとしています。JAXAではLiteBIRDの中でも低周波側の望遠鏡(Low-frequency Telescope: LFT)を開発していて、帯域は34-161 GHzというCMB望遠鏡の中で一番広い帯域です。その望遠鏡を上から見たときにまず直面するのが、サファイアでできた直径40cmくらいの半波長板*4と呼ばれる基板です。この半波長板をぐるぐる回すと、入射偏光がその速度に応じた周波数に変調されます。そうすると観測機器由来の系統誤差成分からCMBの偏光成分を切り離せるので、LiteBIRDの重要な開発項目の一つになっています。

サファイアとはあの宝石の?!

一般的にサファイアと聞くと、キラキラした青い宝石を思い浮かべますよね(笑)。でも実際それは不純物が混じって色がかっているだけで、我々が使っている純度の高いサファイアというのは無色透明です。透明ということは、よく透過する、つまり屈折率が低いということです。でもそれはあくまで可視光の範囲で、LFTの帯域では屈折率が高くなってしまいます。そうするとそれだけ反射成分が増えてしまい、せっかく138億年もかけてやってきたCMBのおよそ半分を空に返すという、非常に勿体無いことをしてしまいます。じゃあ反射防止をしよう、としても、一般的に反射防止で使われる多層膜コーティングだと層間の熱収縮率が違うせいで低温に冷やすと剥がれてしまうのです。

ここで新たに注目を集めているのが、モスアイ(蛾の目)構造と呼ばれるものです。この名前は蛾の目の複眼をさらに拡大するとナノスケールの小さなピラミッド構造で覆われていることから来ています。モスアイ構造のおかげで媒質との屈折率の境界が緩やかに繋がるので、光の反射を極限まで減らせるのです。これを真似して光学素子の表面に施してやれば、膜を張らなくても光学素子の素材だけで反射防止ができます。ただしそのモスアイ構造をLFTの帯域にスケールすると、高さ2mmで周期0.5mm程度の鋭くて(斜面の角度は80度以上)、微細構造にしては結構大きなモスアイ構造になります(肉眼でもそこそこ見えます)。これを硬いサファイアに掘るのは正直無謀とも言える挑戦でしたが、レーザー加工ならできるのではないか?と、ほぼまっさらな状態から研究を進めました。結果として20cmのサファイア基板に対して設計通りのモスアイ構造を加工して、LiteBIRDへ波長板として搭載された場合に感度を2倍向上させ、LFTの帯域において理想的な(反射のない)波長板と変わらないだけの科学成果が期待できるという見積もりを得ました。

20 cm のサファイア半波長板
20cm のサファイア半波長板。広帯域化のために5枚のサファイア半波長板を重ね (左下)、その最外層の表面にモスアイ構造を加工した。基板上で白く見えている部分には全てモスアイ構造ができている。

この研究の魅力は?

魅力は学際性にあると思います。そもそもモスアイ構造自体が、生物模倣という一見関係のなさそうなところからアイデアを拾って他分野へ応用する、という面白いテーマです。そしてそれを、レーザー物理を通して実現して宇宙論へ還元する、という架け橋を担いながらの研究は心が躍ります。さらに嬉しいことに、この研究は機器開発が主なので、LiteBIRDに限った話ではなく、ミリ波・サブミリ波の様々な望遠鏡に応用できるという側面も持っています。実際LiteBIRDへの実装を目指して研究をしていると、アメリカのグリーンバンク望遠鏡で観測をしているMUSTANG*5というチームから”そのレーザー加工、こっちのフィルターに使えない?”と話を持ちかけられました。これはこの研究を世に広めるチャンスだと意気込み、直径30cmのアルミナ基板にモスアイ構造を掘り、赤外カットフィルターとしてMUSTANGへ搭載しました。観測は今でも行われていて、レーザー加工で作るモスアイ構造としては現状世界最大加工面積、世界で初めて観測に使われたという例にもなりました。LiteBIRDの要求は厳しいので、いわゆる難敵を前にずっとリトライを繰り返していたわけですが、おかげで知らずに開発レベルが上がっていたのか、MUSTANGへの実装という強敵も1年かからずに倒し切りました。

20 cm のサファイア半波長板
レーザー加工で施したモスアイ構造付きの赤外カットフィルターで宇宙からの放射を観測する様子の模式図(citation: https://www.ipmu.jp/ja/20220127-MUSTANG2)

また、分野を跨ぐ挑戦だったので、数多くの研究者にお世話になりました。フォトンサイエンス研究機構との研究のおかげで高出力の超短パルスレーザーを使った試験ができましたし、あの硬いサファイアが基板から砕けるという衝撃的な瞬間を経験しました (もちろん安全管理は万全です)。研究生活のほとんどを過ごしたKavli IPMUでは波長板を回すシステムについて数多くの事を学べたし、毎週モスアイ開発について密に議論を交わしたミネソタ大学との共同研究なしでは思うような研究成果が出ていなかったと思います。場所も分野も離れているたくさんの研究者と協力するのは、常に刺激的だったなと振り返っています。

元々レーザー加工は魅力的でありながら未発達で課題だらけだったので、当分CMBの望遠鏡へ応用することはできないだろう、と言われていました。でもめげずに一つ一つ課題をクリアし、最終的に望遠鏡への実装にこぎつけてCMBコミュニティの認識を覆しました。自分が明確に貢献したと感じられた瞬間です。そして今LiteBIRDやMUSTANG以外の様々な望遠鏡へ応用する相談や、すでに開発が進んでいる計画もあり、学際の幅がさらに広がっていくのを非常に喜ばしく思っています。応用先という意味では基本的には制限はないはずなので、これを読んでいる読者の方々へも同様に”こういうレーザー加工技術を何かに応用できませんか??”と問いかけてみたいと思います。

苦労された点は?またその解決・克服方法は?

未発達で課題だらけ、というのに嘘偽りはなくて、さらに先達がいないので基本的には全て自分達でどうにかするしかありません。デザイン通りの構造は手法的にできないし、そもそもデザインを無視してもサファイアに2mmも深い構造なんてできないし、研究開始当初は40cm径を加工するのに(片面で)7年はかかる見込みだったので、掘ってる間に衛星が飛んじゃうよ・・・と嘆いていました。レーザーの強度を上げるとサファイアですらバキバキ折れちゃうし、加工パラメータが多すぎて相関を割り出すのも困難でした。サブミリ構造を数十センチオーダーの範囲に刻む、というスケールの異なる挑戦をするような環境もなかったので、結果的にそういうことができるインハウス加工機を、じゃあまずは設計しよう、というところから始めたのです。初めは研究課題自体が無理難題ということもあって、コラボレーターの中ですら“これは話だけで終わるものだ“と思われていたようです。

しかしそういったものへの解決策の種が浮かぶのは、大学と家の間の道中が多かったように思います。歩いている時にあれこれ考えることが多いので、実験室にこもっていたら浴びられない太陽の光も助けになって、解決の道が開けたのかもしれません。でも思考を内に向け過ぎて、小さな段差で転びそうになったり…笑
本当に怪我しない程度には周りを見ないといけませんでしたね。

受賞を知った時の気持ちは?

初めは”何事?“と思いました。正直なところすぐにはピンと来なかったのです。でもこれは優れた研究業績をあげたための表彰である、ということを認識してから、数ある優秀な博士論文の中から選ばれたことへの嬉しさがじわじわと湧いてきました。

受賞はどなたに報告されましたか?

20 cm のサファイア半波長板
ポスターを前に自身の研究を来訪者に紹介している様子

まずはコラボレーターの方々へお礼も込めて、またKavli IPMUでCMB関連の研究をされている方々や研究室のメンバーへも報告しました。数々の祝福の言葉をいただき、また大変名誉なことだというお言葉もいただいて誇らしいです。家族にも伝えたら、”すごい賞をとったんだな!“という感じでした。子が世に貢献した、という意味では孝行になったかな、と思います。
それから研究内容のため、ISASにとどまらず多くの研究人生を外で過ごすことになりましたが、自由に研究をすることを快く受け入れ、かつ都度的確なコメントやアドバイスをしてくださった満田先生・山崎先生にも感謝しています。研究室のメンバーは、たまにしか研究室にこない私にも、まるで毎日会っているかのように接してくれました。そういう雰囲気だからこそ、久しぶりでも緊張せず”いつも通りの感覚”で足を運べたんだと思います!

今後の目標を教えてください。

まずは主軸であったLiteBIRDへの実装に向けて研究を進めていきます。現在できている20cmサファイア半波長板を拡張して、LiteBIRD実機サイズである40cmの波長板を完成させます。そしてそれを実機として動作させる上での発熱や変調性能の課題に挑戦していきます。同時にその測定と宇宙論パラメータへの系統誤差シミュレーションを繋ぎ、LiteBIRDが目指すインフレーションの証明に貢献します。

一般的なレーザー加工技術という側面では、すでにこれからの様々な応用先へ向けて動き始めています。それらの実績を一つずつ重ねていき、LiteBIRDへ実装する上での根拠にもしていきます。また、さらなる応用としてレンズに対してもレーザー加工を適用できるようにするため、曲面へのモスアイ構造加工も進めています。私の博士論文が博士論文の中で終わらずに、単なる起点の一つとしてどんどん発展していけばいいと思っています。

  • *1 インフレーション理論 : 誕生直後の宇宙が指数関数的な大膨張をし、”熱い火の玉宇宙”へ繋がったとする説。標準宇宙論が抱える諸問題を一挙に解決できるとして有力視されている。
  • *2 宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background; CMB) : 宇宙誕生から38万年後に生成され、そこからおよそ138億年かけて我々の元へ一様に降り注いでいるマイクロ波長の光。現状観測可能な宇宙最古の光であり、そこから宇宙の組成や年齢など様々な宇宙論パラメータを明らかにしてきた。
  • *3 宇宙マイクロ波背景放射偏光観測衛星 LiteBIRD
  • *4 半波長板 : 方向によって屈折率の異なる素材へ入射した光の波長はそれぞれの屈折率の軸に応じてずれ、透過面で位相差を生む。その位相差が半波長分になるように厚みを調整された基板を半波長板と呼び、入射した直線偏光の偏光角度を2倍にずらす働きをもつ。
  • *5 MUSTANG : ウエストバージニア州にある100mグリーンバンク望遠鏡に取り付けられている受信機。75–105 GHz帯域を9”の解像度で観測し、銀河団の質量や星形成領域の塵の成分の測定などを行っている。

受賞情報

受賞年月日 受賞者 受賞者所属 受賞内容 リンク等
2023/03/23 髙久 諒太 東京大学大学院理学系研究科 東京大学大学院理学系研究科研究奨励賞 令和4年度 総長賞・学修奨励賞・研究奨励賞

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