15年間のX線観測データから明らかになった超巨大ブラックホール周辺の物理構造

望月 雄友・東京大学大学院理学系研究科天文学専攻

私たちが住んでいる天の川銀河やその他の銀河の中心には、超巨大ブラックホール*1が存在していると考えられており、その構造を解明することは現代天文学の最重要課題の1つです。超巨大ブラックホールに物質が回転しながら降り注ぐと、降着円盤*2がブラックホールの周辺に形成されます。 降着円盤が明るく輝いている中心領域は活動銀河核*3と呼ばれ、その激しい活動が銀河全体の星形成にも影響を与えると考えられています。

本研究では、複雑なX線スペクトル変動*4を示す活動銀河核であるMrk 766の中心構造を解明するために、ヨーロッパとアメリカのX線天文衛星による15年間にわたるアーカイブデータ*5を再解析しました。結果として、部分的に視線を覆うことでX線の一部を吸収する物質や、中心からの物質の吹き出しによるX線吸収に加えて、今まで考慮されてこなかったX線散乱成分を考慮することによって、15年間という全観測期間のX線観測データをシンプルなモデルで統一的に説明することに成功しました。本研究の結果と、2023年9月に打ち上がったXRISM衛星による観測によって、活動銀河核の中心構造の理解が進むことが期待されています。

研究概要

活動銀河核の中心から物質が吹き出し(この現象をアウトフローと呼ぶ)、それが広く外側に輸送されることで、銀河全体の星形成に影響を与えると考えられています。この影響を解明するためには、アウトフローの構造や周囲の物理状態を知る必要があります。そこで本研究では、複雑なX線スペクトルを示すことで知られているMrk 766という活動銀河核のX線観測データを解析し、アウトフローや中心部の物理構造を詳細に調べました。

X線は薄い物質を透過し濃い物質には吸収されるため、活動銀河核中心の高温プラズマ*6から発生するX線の吸収を調べることによって、周辺構造の推定が可能になります。Mrk 766からのX線を観測すると、その明るさが時間とともに変化し、アウトフローが起こっていることが分かっています。しかし、15年間という全観測期間で、これらのX線スペクトルを統一的に説明し、中心構造を解明することはできていませんでした。

図1
図1 活動銀河核Mrk 766の中心構造の概略図(Mochizuki et al. 2023, Fig.6)。ブラックホールの周辺物質に、W1からW5までの番号を振っている。ブラックホール周辺の高温プラズマ(Hot corona)から発生したX線が、W3による温かい吸収、W4のアウトフローによる吸収、W1、2、5の3重構造による部分吸収、さらにW4のアウトフローによる散乱(水色の線)を受けている。御堂岡ら(Midooka et al. 2022) (https://www.isas.jaxa.jp/home/research-portal/gateway/2022/0926/)がNGC5548という超巨大ブラックホールについて作成した図を、2つの天体の違いを考慮して修正した。

本研究では、周辺物質によるX線吸収について、JAXAが保有するスーパーコンピュータ(JSS3)を使ってシミュレーション計算を行い、それを記述するモデルを作成しました。このモデルを観測データに適用した結果、3種類の吸収体を考慮することで、全ての観測データを説明できることが明らかになりました。1つ目は、視線の一部を覆うことで部分的にX線を吸収する部分吸収体です。内部に三層構造を持つ部分吸収体が視線上を覆い隠す割合が変化することによって、一見複雑なX線スペクトル変化を説明できることを発見しました(図1のW1・W2・W5)。2つ目は、光の速さの約10%の速度(秒速3万キロメートル)を持つ高速のアウトフローです(図1のW4)。このアウトフローを考慮することで、ドップラー効果*7によって波長が短くなった吸収線を説明できました。3つ目は、比較的遠方に存在していると考えられている温かい吸収体(Warm absorber)*8(図1のW3)による吸収です。

さらに、Mrk 766には幅の広がった鉄の輝線*9構造が存在しており、その起源について長年の論争がありました。本研究によって、遠方にある中性の物質の散乱による細い輝線と、降着円盤による広がった輝線に加えて、やや広がった輝線構造が存在していることが分かりました。先行研究で行われたアウトフローの輻射流体シミュレーション*10と比較した結果、この構造はアウトフローによるX線の散乱成分であることが明らかになりました(図1の水色の線)。

以上により本研究は、活動銀河核Mrk 766の15年間にわたるX線観測データを全て説明できるモデルとして、遠方の散乱体、部分吸収体、降着円盤、アウトフロー、温かい吸収体からなる描像を提案しました。さらに、アウトフローの吹き出す量、速度、角度について制限することにも成功し、部分吸収体がアウトフロー起源であることを裏付けました。本研究で示唆されたアウトフローの散乱成分は、他の活動銀河核でも同様に存在すると考えられるため、幅の広い鉄輝線から推定されていた従来の構造は補正される可能性があります。さらに、2023年9月に打ち上がったXRISM衛星によって、アウトフローの駆動メカニズムや、アウトフローの内部の状態を解明することで、活動銀河核の中心構造の理解が進むことが期待されています。

用語解説

  • *1 超巨大ブラックホール : 太陽の100万倍以上の質量をもつブラックホール。
  • *2 降着円盤 : 物質が回転しながら天体に落ち込むことで形成される円盤。
  • *3 活動銀河核 : 銀河中心の幅広い波長で明るく輝く領域。
  • *4 X線スペクトル : X線のエネルギーの強度分布。
  • *5 アーカイブデータ : 衛星による過去に観測したデータ。観測後に一定期間経ると、データは公開され、誰でもデータを解析できるようになる。
  • *6 高温プラズマ : ブラックホールの近くにあるX線の放射源。1000万度以上の高温の物質があると考えられている。
  • *7 ドップラー効果 : 光源と観測者との間に相対的な速度があるときに、観測される電磁波の波長が変化する現象。
  • *8 温かい吸収体(Warm absorber) : 超巨大ブラックホールから離れた距離にある速度の遅い吸収体。
  • *9 輝線 : 原子が不安定な状態から安定な状態に戻るときに照射されるX線。
  • *10 輻射流体シミュレーション : 流れ出る物質が電磁波による輻射によって輸送される物理過程を解明したシミュレーション。

論文情報

雑誌名 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society
論文タイトル Origin of the complex iron line structure and spectral variation in Mrk 766
DOI https://doi.org/10.1093/mnras/stad2329
発行日 2022年8月4日
著者 MOCHIZUKI Yuto, MIZUMOTO Misaki, EBISAWA Ken
ISAS or
JAXA所属者
望月 雄友(東京大学大学院 理学系研究科, ISAS宇宙物理学研究系)、海老沢 研(東京大学大学院 理学系研究科, ISAS宇宙物理学研究系)

関連リンク

執筆者

望月 雄友(MOCHIZUKI Yuto)
2022年3月 東京理科大学 理学部第一部 物理学科 卒業
2022年4月~現在 東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 修士課程 在籍
2022年4月~現在 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 海老沢研究室 所属