No.200
1997.11

M-Vロケット   ISASニュース 1997.11 No.200

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 Mロケットは四半世紀余にわたり順次改良されつつ,20機の科学衛星等を打ち上げ,我が国の宇宙科学の発展を支えてきたが,90年代以降の諸科学ミッション遂行のためにMの更なる能力向上が望まれていた。1989年宇宙政策大綱が改訂され,90年代以降の科学ミッションの進展に対応して使用するためにM系ロケットの大型化を図るとされ,次世代M-Vの開発が,95年1,2月期の初号機打上げを目標に,90年に開始された。

 M-Vの開発に当たっては,政策大綱で述べられた如く,全段固体ロケット技術の最適な維持発展と内之浦の発射場(鹿児島宇宙空間観測所)の有効利用が前提とされた。M-V型ロケットでは,直径を2.5mへと増大し,ファイア・イン・ザ・ホール分離/点火技術,各種新材料,高燃速高性能推進薬,新開頭機構,ファイバ・オプティカル・ジャイロ等様々の新技術を導入して,宇宙科学研究所が長年培ってきた固体ロケット技術の集大成として全段を新規に開発することとなった。

 最新技術を導入して殆ど全てを新規に開発したこともあり,開発は予定どおりに進まない面もあった。92年5月,新開発の超高抗張力鋼を使用した1,2段モータケース試作品の耐圧試験で,ケースが規定圧力以下で溶接線から破壊した。原因究明の結果,当該材料の予想外に高い遅れ破壊感受性等の問題が明らかになり,材料組成の微調を含む諸対策を余儀なくされた。その結果,対策に長期の時間を要することとなったが,関係者の懸命の努力と,第1回地上燃焼試験に圧肉モータケースを用いるなどの工夫により,打上げ時期への影響は最小限の1年半にとどめることが出来た。

 この間,各サブシステムの開発,諸試験が並行して行われ,94年9月16日にはST-735-2号機によりサブスケールロケットによる1,2段のファイア・イン・ザ・ホール分離の確認試験が行われた。また,固体ロケット開発の大きな節目となる地上燃焼試験は,フルサイズモータだけでも93年から95年に亘り計7回能代実験場で行われた。96年春には搭載機器等を実装しての総合試験である噛み合わせ試験が行われるに至ったが,その中で,新規開発のファイバ・オプティカル・ジャイロの出力に振動に伴うドリフトが検出され,その原因調査と対策に時間を要し,同年9月を目指していた打上げを97年1,2月期に再延期するに至った。

 M-V-1号機は1997年2月12日13時50分に打ち上げられた。各段は殆どノミナル軌道を正常に飛翔し,約8分後には工学実験衛星MUSES-Bを所定の軌道に投入した。

MUSES-Bは軌道投入後「はるか」と命名された。M-V-1号機の成功により,今後の諸科学ミッション遂行に自信を深めたところである。

(小野田淳次郎)






傾いたM-Vロケット

 KSCのM台地にM-V型ロケットの展示モデルがあります。その展示ロケットが載っている頭側の置台をよく見るとコンクリート製の基礎とロケットの間に後から取って付けた様な枕が挟まれている事に気が付きます。これはロケットを据付けた時に,ある方が「頭が下がって見える」と一言。実際には地面が海側へ傾いているだけで(昔は平らだったらしい),ロケットは水平になっていました。しかし頭が下がって見えるのは“縁起が悪い”と言うことで,ロケットを少しだけ頭上がりに傾けました。と言う訳でこの枕は寸法を間違えた基礎の嵩上げ用では無く,ロケットをより良く見せるために急遽製作したものでした。以上“据付け工事に間違いは無かった”言い訳でした。

(下瀬 滋)


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