極低温ループヒートパイプの長距離化・高性能化に成功!極低温熱制御技術を、JAXAそして日本の切り札に ~日本ヒートパイプ協会 若手研究奨励賞、受賞インタビュー:小田切公秀氏~
2025年5月20日 | あいさすpeople

小田切公秀氏(宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 准教授(受賞時: 特任助教))が「気液相変化を伴う多孔体熱流動の理解に基づく極低温ループヒートパイプの研究」というテーマで、日本ヒートパイプ協会若手研究奨励賞を受賞しました。
本賞は、日本ヒートパイプ協会がヒートパイプおよび関連分野における学術・技術の振興を奨励し、日本の関連技術の向上を図ることを目的に、独創的な学術・応用研究、機器開発によって、ヒートパイプの学術深化や実用化、利用促進に貢献していると認められる若手研究者等へ贈られます。
本インタビューでは、受賞対象となった研究の概要や今後の熱制御分野の展望について、伺いました。
この度は若手研究奨励賞の受賞、おめでとうございます!受賞の感想をお聞かせください。
ありがとうございます。奨励賞をいただき、大変光栄で嬉しく思っています。対象となった研究は、私が2021年に宇宙科学研究所(宇宙研)に着任してから立ち上げたものです。着任時にいただいた実験室は、装置が何もない状態だったので、試験環境を整えるところからスタートしました。JAXA相模原キャンパス在勤の研究開発部門第二研究ユニットの熱グループの仲間や他大学の先生方と一緒に、”熱屋が考える使いやすい熱真空試験装置”を何度も議論しながら設計、構築したのは非常に印象に残っています。今回の受賞は、宇宙研でゼロから立ち上げた研究で生み出した成果を評価していただけたので、大変感慨深いです。
私が専門としている宇宙機の熱制御は、精密機器の塊である宇宙機が激しい温度差に晒される宇宙でも正常に動作するように、適切な温度範囲に維持することが仕事です。様々な熱制御技術がありますが、私の専門はヒートパイプという流体の気液相変化を用いて熱を運ぶ技術で、その中でも今回受賞した研究は極低温で動作可能なループヒートパイプ(LHP)に関するものです。
本日は、ヒートパイプの実物をお持ちしたので、簡単な実験をしながら仕組みを説明しますね。
実際にヒートパイプの技術を見せていただけるのですね。ぜひ、お願いします。

この実験では、ヒートパイプの熱の伝わりの良さを体感できます。ここに長さ15㎝ほどの管が2本あります。穴が塞がっている方がヒートパイプの管で、もう一方は比較用の銅の管です。まずは、片手で1本ずつ管の端を持って、熱湯の入った容器に管の先を同時に入れてみてください。
10数秒ほどでヒートパイプの管が熱くなりました!銅の管はあまり変わりませんね。
次は、そのままの状態の管を今と同じように、氷水の入った容器に管を入れてみてください。
ヒートパイプの方が熱い状態で氷水に入れたのに、銅の管よりも先に冷たくなりました!
体感していただくと、違いが非常に分かりやすいですよね。この熱の伝わりの良さが、ヒートパイプの特徴です。今回比較用に使った銅は、世の中にある材料の中では熱伝導率が良い方なのですが、ヒートパイプは銅よりも数十倍も熱の伝わりが良いです。
ヒートパイプがどのようなものかというと、真空にした管の中に、流体が半分ほど密封されています。先ほどの熱湯の実験のように、ヒートパイプの一部に熱を受けると、中の液体は蒸発します。発生した蒸気が冷たい方(実験で手で持っていた方)へ流れることで、熱が移動します。逆に、冷たい方では、蒸気が冷やされ凝縮して液体に戻り、熱を放出します。ヒートパイプは、こういった流体の蒸発と凝縮を利用して効率よく熱を運ぶことができる装置です。この技術は1960年代にはすでに実用化されていて、私たちの身近だとパソコンのCPUの冷却などにも使われています。
今回の研究テーマとなった「ループヒートパイプ(LHP)」は、どのようなものなのでしょうか?

ヒートパイプは1本の管内で、真ん中に蒸気が通り、壁に沿って液が戻る構造であるため、蒸気の流れと液の流れの向きが対向してしまいます。この対抗している境界部分で抵抗が発生することで、熱輸送性能が小さくなってしまうことがヒートパイプの課題でした。LHPは、このような対向流が起こらないように、蒸気が流れる管と液が流れる管を分けてループ状にしたものです。この発明によって性能は飛躍的に上がりました。具体的には、ヒートパイプの熱輸送距離が1~2m級であったところ、LHPは世界最高性能で21mまで運べるようになり[1]、熱輸送量も数十W(ワット)級だったところ、最新の研究では10kW級まで向上しています[2]。
LHPの蒸発器(熱を受ける側)には、非常に目の細かい金属のスポンジ(多孔質体)が入っていて、流体はこの多孔質体の毛細管力*1で吸い上げられて一方向に流れることで、動作します。多孔質体の毛細管力のみを使って動作するので、電力を使わずに大量の熱を長距離にわたって運ぶことができます。そのため、様々な電子機器を積んだ宇宙機にとって非常に都合が良いことから、近年では衛星・探査機に搭載されることも増えています。しかし、この技術にもまだいくつか課題が残っており、その解決に向けた研究が今回の受賞内容です。
今回受賞した「気液相変化を伴う多孔体熱流動の理解に基づく極低温ループヒートパイプの研究」について、教えてください。
より高精度かつ高感度な天文ミッションを実現するためには、熱によるノイズを最小限に抑えるために望遠鏡などの観測装置をキンキンに冷やすことが必要です。LHPは既に国内外の様々な宇宙ミッションで使われているものの、極低温領域における性能面で課題がありました。宇宙で利用されているLHPの作動流体にはアンモニアが使われることが多いのですが、作動流体に窒素やネオン、ヘリウム等を用いることで、極低温化が可能であることが分かっています。しかし、多くの先行研究の熱輸送距離は数十㎝、熱輸送量も15W程度に留まっており、天文ミッションへの適用の観点では、距離も性能も不足していました。私は宇宙研に着任する前は多孔質体で生じる熱流動現象や構造最適化を中心に研究をしていたのですが、先行研究を見て「自分が考える多孔質体の作り方を適用したら、もっと高い性能を出せるんじゃないかな」と思っていました。
実際に宇宙研に来てから極低温LHPのプロトタイプ(試作品)の設計と製作に取りかかり、実証試験を行いました。試験では、製作した輸送距離2mの窒素LHPを、約-190℃まで冷却される熱真空試験チャンバーに入れて、設計通りに動作して熱を運べるかを検証しました。その結果、最大24Wの熱輸送を実現し、長距離化と熱輸送量の向上を同時に達成しました。通常、長距離化と性能向上は相反する(距離を伸ばすと熱輸送量は下がる関係にある)のですが、多孔質体の作り方を工夫したことで、これらの両立に成功しました。

本研究で評価していただいたポイントは、他にもあると思います。それは抗重力条件での極低温LHPの動作実証と、水平条件との特性の差異を明らかにした点です。LHPは重力に抗(あらが)って動作することが可能な特長を持つのですが、先行研究には水平状態と抗重力状態を比較したものがなかったため、蒸発器に高さをつけた状態での検証を行いました。「宇宙は微小重力環境だから、抗重力でなくてもよいのでは?」とよく言われるのですが、宇宙へ飛ばす機器は地上試験で正常に動くことを確認することが求められます。例えば、宇宙望遠鏡ミッションで多い、望遠鏡が上部、冷凍機が下部というような、地上試験では抗重力となる条件の場合でも、問題なく動作する必要があります。本研究では、最大熱輸送性能は抗重力側でやや下がるものの、LHPとしての熱の伝わりの良さは水平状態と抗重力状態でほとんど変わらないことを明らかにしました。
今回の研究成果では「長距離化」と「高性能化」を同時に達成されたことが評価されたポイントの一つかと思いますが、小田切先生が今後さらに研究を続けていく上では、どちらをより優先されますか?
非常に悩ましい質問ですね。両方進めたいと思っているのですが、どちらか一方しか選べないのであれば、長距離化です。
私はマイクロ波背景放射偏光観測宇宙望遠鏡LiteBIRDの極低温ミッション部の熱設計に携わっているのですが、宇宙物理の先生方と話していると、熱輸送距離がさらに伸びれば、設計上の制約を緩和することができて、観測機器デザインやサイエンスの幅がもっと広がるかもしれない、そんな感触を持っています。
また、現在は宇宙機実装に焦点を当てて研究を進めていますが、将来的に地上での利用も視野に入れると、距離が重要になるのではないかと考えています。例えば、MRI(Magnetic Resonance Imaging)検査装置、リニア新幹線、量子コンピューター等は、全て低温に冷却するために機器の内部やすぐ近くに冷凍機が備えられています。冷凍機は大きな音を発したり、広い場所を必要としたりするので、LHPを使って熱を輸送できれば、離れた場所に冷凍機を置いて、静かに使うことが可能になるかもしれません。距離を伸ばせたら、いろんな方に喜んでもらえるのではないかと思います。
今回の研究は2mの窒素LHPでしたが、次はさらに低温のネオンの温度領域(約-243℃)で熱輸送距離4mを実現できないかと考えています。現在、設計解は見つけられていて、これから実証試験を行うところです!
小田切先生の今後の展望を聞かせてください。
私は熱制御技術を通して、宇宙物理から外惑星探査ミッションまで、様々なミッションの幅を広げたいと考えています。宇宙物理ミッションについてお話しすると、望遠鏡・観測機器等の極低温冷却は、現在国内外で主流になってきています。サイエンス目標の達成、コスト、電力、質量等の様々な制約がある中で、いかに効率よく冷やすかが重要な研究開発課題だと考えています。極低温冷却は、主に冷凍機、放射冷却*2、熱輸送技術によって実現しますが、これらをミッションに応じて組み合わせて最適化することが鍵になってくると思います。
宇宙用冷凍機技術は日本の強みとして確立されています[3]が、放射冷却と熱輸送技術はもっと発展させていきたい領域です。そこで、私はこの2つの領域に力を入れて研究開発を進めています。具体的には、熱輸送については先ほどお話したとおり、極低温LHPの長距離化・高性能化の研究に取り組んでいます。放射冷却については、V-groove*3という放射冷却構造の高性能化、ミッションに応じた最適化、地上検証技術の研究開発に取り組んでいます。最終的には、これら全てを組み合わせた極低温冷却系(Cryo-chain)とその地上検証技術を一つのパッケージとして、日本の強み技術に育てることを目指しています。これが実現できると、国内ミッションへの貢献に加えて、海外立ち上げの国際協力ミッションにおいて日本の位置づけをさらに向上させることが期待できると考えています。冷凍機というコンポーネント(要素)での協力から、Cryo-chainと地上検証技術というシステム、パッケージでの協力へ。これから国際協力の宇宙物理ミッションが立ち上がる時に、極低温熱システム全体は日本が担ってほしいと期待される、そんな状況を生み出すことが目標です。
最後にメッセージをお願いします!

宇宙機の熱制御分野は、ミッションの時間軸で考えると、アイディアが形づくられるその瞬間から設計、製作、運用まで重要ですし、扱えるモノの大きさの軸で考えると、コンポーネント(要素)から宇宙機のシステムレベルまで触ることができるので、本当に面白い分野だと思います。また、宇宙機向けに研究した技術が、地球上の身近な熱課題の解決に、意外と近くで繋がりうる点も面白さの一つです。宇宙や熱に興味のある学生さん、他分野の研究者の皆さんにはぜひ仲間になっていただきたいです。熱、楽しいですよ!
また、メーカーさんが我々と一緒にやって面白いと思える技術開発と仕組みづくりにも力を入れていきたいと考えています。特に新しい技術ですとミッション適用までの見通しも、開発で走り続けるためには重要になってくると思います。私の役割は研究者として、宇宙研という現場で将来ミッションの要求やニーズを分析しながら、新しい熱技術の芽出しと基礎学理の解明を着実に進めること、そしてメーカーの方々がより一緒に走りやすくなるような仕組みを作ることだと考えています。宇宙関係に限らず他分野も含めたメーカーの皆さま、ぜひ一緒に宇宙用熱制御技術の開発の仲間になっていただけると嬉しいです!
本日は貴重なお話をありがとうございました!熱分野の研究の益々の発展をお祈りしています。
用語解説
- *1 毛細管力:細い管の内側にある液体が、表面張力と管壁との濡れによって外部からエネルギーを与えられることなく移動する現象によって生じる力。身近な例としては、コップの水にストローをさすとストロー内の水面位置が上昇する現象や、植物が地中にある水分を根から吸い上げる現象が挙げられる。
- *2 放射冷却:物体がふく射(電磁波によって生じる伝熱現象)によって、外環境に放熱することで温度が低下する現象。例えば、晴れた夜によく冷え込むのは地面から宇宙空間への放射冷却によって、地面付近の空気が冷やされるためである。
- *3 V-groove構造:天文衛星等において衛星の基本機能を維持する常温部(バス部)と極低温の観測機器・望遠鏡(ミッション部)の間に設けられる、開口部が宇宙空間に向かって開いたV字の層構造。高反射率の層表面間で生じる多重反射によって、ふく射熱を宇宙空間に放熱することで、極低温部への熱流入量を低減する効果を有する。
関連リンク
- 小田切公秀 宇宙科学研究所研究者総覧「あいさすmap」
- 日本ヒートパイプ協会
- JAXA宇宙科学研究所小川・小田切研究室
- マイクロ波背景放射偏光観測宇宙望遠鏡 LiteBIRD
- 宇宙科学最前線 高効率な熱エネルギー輸送技術ループヒートパイプ
参考文献・リンク
- [1] Y.F. Maydanik, Loop heat pipes, Applied Thermal Engineering 25, 635-657(2005)
- [2] S. Somers-Neal et al., Experimental investigation of a 10 kW-class flat-type loop heat pipe for waste heat recovery, International Journal of Heat and Mass Transfer 231, 125865 (2024)
- [3] 篠崎慶亮, 宇宙科学最前線「宇宙科学ミッションを支える機械式冷凍機」