超巨大ブラックホール周辺のガスはどのような運動をしているのか?一酸化炭素分子の吸収線を手掛かりとする新手法を提案
2022年8月24日 | 論文へのGATEWAY
1980年代に提案された活動銀河核統一理論によると、銀河の中心には超巨大ブラックホールが存在し、その周囲には「トーラス」と呼ばれるガスや塵で構成されたドーナッツ状の厚い構造が存在すると提唱されています。このようにトーラスは統一理論の要となる構造ですが、トーラスに厚みを生み出すことは物理的には困難で、厚みを生じさせるためにはトーラス内部に激しいガスの運動があるのではないかと考えられています。また、トーラスは非常に小さく、既存の望遠鏡でもトーラス内のガスの運動を調べるのは困難であるため、トーラスがどのようにして厚いドーナッツ状の構造になったかは未だに議論中です。
本研究は、我々のグループが長年にわたり観測を行ってきた近赤外線波長域の一酸化炭素 (CO) 吸収線に着目し、これを通してトーラス内のガス運動を調べる事ができるかを数値計算によって検証しました。その結果、この吸収線がトーラスの最も内側の領域から放たれた近赤外線だけを背景光としており、トーラス内部でブラックホールに向かって落下するガスやブラックホールの活動で吹き飛ばされるガスといった、ブラックホール近傍の激しいガスを捉えていると分かりました。このことから一酸化炭素吸収線の観測は、トーラスの厚みの形成メカニズムを制限する重要な手段になると期待されます。
研究概要
活動銀河核とは、銀河の中心に存在する超巨大ブラックホール*1に大量のガスが落ちることで、位置エネルギーが放射エネルギーに変換され非常に明るく輝いているコンパクトな領域のことです。1980年代の可視光分光観測*2を元にした活動銀河核統一理論によると、活動銀河核の観測的な特徴*4を説明するために、ガスや塵で構成されたドーナッツ状の厚い構造「トーラス」がブラックホール周囲に存在すると提唱されています。トーラスは統一理論の要であり、またブラックホールへのガス供給源であるため、非常に重要な構造です。しかし、単純にガスがブラックホールに落ち込むだけではトーラスは厚みを持たず、円盤のように薄くなってしまいます。そのため、トーラス内には厚みを生み出すような激しいガスの運動があると考えられていますが、トーラスの大きさは銀河全体の1万分の1程度と非常に小さく、既存の望遠鏡でも解像度が足らないため、トーラス内のガスの運動を調べるのは困難です。
そこで、本研究は我々のグループが長年にわたり観測を行ってきた一酸化炭素振動回転遷移吸収線*5に着目し、これを分光観測*2で捉える事でトーラス内のガス運動を調べる事ができるかを数値計算によって検証しました。この際、様々な観測との整合性が確認されている流体モデル*6の物質分布を元にして、近赤外線の光がどこから放たれ、どこで一酸化炭素分子によって吸収が起きているのかを調べました。
その結果、図1のように、多くの近赤外線はトーラスの最も内側の領域 (トーラスの10分の1の大きさの領域) で放たれて、トーラス内の一酸化炭素分子によって吸収が起きていると分かりました。これは、トーラスの大きさの10分の1程度の小さな構造だけを抽出して観測している事と同等であり、一酸化炭素吸収線を分光できれば、トーラスを直接高解像度で撮像せずともトーラス内のガスを調べられることを意味します。さらに、一酸化炭素吸収線スペクトルには3つの異なる速度の成分があり、その内2つはブラックホールへ降着するガス (図1の青色矢印)と逆にブラックホールの活動によって噴き出されるガス (図1の赤色矢印) を捉えていることが分かりました。実際、過去の我々グループの観測*7でも同じような吸収線スペクトルを観測できており、今回の理論予測と整合しています。また、流体モデルによると、降着するガスは一定の割合で噴き出されるガスに転換され、トーラスのような厚みのある構造を生じさせると考えられています。そのため、一酸化炭素吸収線はこのようなガス転換の現場を見ており、トーラスの厚みの形成メカニズムを制限する有力な手段になると期待できます。
本手法は直接の撮像が不可能である遠方の天体にも適用でき、昨年打ち上げられたばかりのJames Webb Space Telescopeや日本が主導するすばる望遠鏡を用いて、一酸化炭素吸収線を多天体で観測することが可能です。これによりトーラス内の運動を体系的に制限でき、我々の究極の課題であるトーラスの厚みの形成メカニズムを解明できると期待されます。
用語解説
- *1 超巨大ブラックホール : 太陽質量の10万~100万倍を超える質量を持つブラックホール。
- *2 分光観測 : 光を波長ごとに分ける事を分光といい、分光観測では波長ごとの明るさである、スペクトルが得られる。スペクトルではある波長で明るくなる輝線や暗くなる吸収線が見られ、光のドップラー現象*3で生じる波長のずれ、すなわちガスの運動の速さを正確に捉える事ができる。
- *3 光のドップラー現象 : 光の発生源が運動することで、光の波長が変化する現象。光を放つ分子ガスが地球に近づく方向に動いている場合、観測される吸収線の波長は元の波長よりも短くなり、遠ざかる方向に動いている場合、元の波長よりも長くなる。
- *4 活動銀河核の観測的特徴 : 活動銀河核には、可視光を分光した際に幅の広い輝線が観測される1型と、観測されない2型の2種類があります。それらは本質的には同じでも、観測角度によってはブラックホール周辺からの幅の広い輝線が、その周りのドーナッツ状の厚い構造「トーラス」に遮られ、見かけ上、異なる型として観測されます。これが活動銀河核統一理論の解釈です。
- *5 一酸化炭素振動回転遷移吸収線 : 一酸化炭素分子が近赤外線領域(波長4.67μm付近)で生じる吸収線。複数の励起状態の吸収線が狭い波長領域に密集して観測される。
- *6 流体モデル : ブラックホール周囲のガスの時間発展を数値的に解いたモデル計算(Wada et al. 2016)。
- *7 我々のグループでの観測 : すばる望遠鏡によりIRAS 08572+3915という銀河の一酸化炭素吸収線を観測した研究 (詳しくはあいさすGATE:https://www.isas.jaxa.jp/home/research-portal/gateway/2021/1119/)。
論文情報
雑誌名 | The Astrophysical Journal |
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論文タイトル | Probing Dynamics and Thermal Properties Inside Molecular Tori with CO Rovibrational Absorption Lines |
DOI | https://doi.org/10.3847/1538-4357/ac755f |
発行日 | 2022年7月21日 |
著者 | Kosei Matsumoto, Takao Nakagawa, Keiichi Wada, Shunsuke Baba, Shusuke Onishi, Taisei Uzuo, Naoki Isobe, and Yuki Kudoh |
ISAS or JAXA所属者 |
Kosei Matsumoto(東京大学大学院 理学系研究科/宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系/ゲント大学), Takao Nakagawa(宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系), Shunsuke Onishi(東京大学大学院 理学系研究科/宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系)and Naoki Isobe(宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系) |