銀河中心ブラックホールを取り囲むドーナツ状分子ガスの内部構造を一酸化炭素吸収線により解明

大西 崇介・東京大学大学院 理学系研究科、宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系

現在、多くの銀河の中心には超巨大ブラックホールが存在するとされています。「活動銀河核」は、そのようなブラックホールに大量のガスが落ちることで、明るく光る銀河の中心領域です。大きなエネルギーの放出により、銀河自体の進化に影響を与えるため、活動銀河核は銀河進化を研究する上で重要な天体です。その中で、ブラックホールを取り囲む「分子トーラス」というドーナツ状のガス構造が、活動銀河核の特徴を左右するとされています。そのため、活動銀河核の理解のためには、分子トーラスの内部構造の理解が不可欠となっています。しかし、トーラスの直径は銀河全体の1万分の1程度と小さく、内部構造を撮像するのは困難です。
そこで本研究では、IRAS 08572+3915という銀河の活動銀河核について、分子トーラスを撮像するのではなく、その内部の一酸化炭素ガスで生じる近赤外吸収線を分光観測することで、内部構造を調べました。その結果、(1)分子トーラス内部が、連続的なガスではなく、離散的な複数の分子ガスの雲(分子雲)によって構成され、それらが外側に噴出したり内側に落下したりしているような動的構造であること、(2)分子雲が、30〜700 Kと多様な温度を持つ高密度ガスであること、が観測的に分かりました。

研究概要

現在、ほとんどの銀河の中心には、超巨大ブラックホール*1が存在するとされています。活動的な銀河の中心領域である「活動銀河核」は、そのようなブラックホールにガスが落下し、エネルギーを放出することで明るく光っています。大きなエネルギーの放出により、銀河自体の進化に影響を与えるとされ、活動銀河核は、銀河進化を研究する上で、重要な天体です。

図1 分子トーラス内のCOガスによる近赤外線吸収の概念図 (Onishi et al. 2021, ApJ, 921, 141, 改編)。ブラックホールの周辺からは、高エネルギーな紫外線やX線が放射されており、それらの放射によって温められた高温(1200~1500 K 程度)のダストから出た近赤外線が、トーラス内のCOガスに一部吸収され、観測されます。

活動銀河核には、可視光を分光*2した際に幅の広い輝線*3が観測される1型と、観測されない2型の2種類があります。両者の違いは、ブラックホールがドーナツ状のガス構造(「分子トーラス」)に取り囲まれていることに由来すると解釈されています。そのような構造が存在すれば、本質的には同じでも、観測角度によってはブラックホール周辺からの幅の広い輝線が遮られ、見かけ上、異なる型として観測されます。また、分子トーラスは、活動銀河核が光るために必要なガスの供給源であるとも言われています。そのため、活動銀河核の性質を左右する、分子トーラスの内部構造を明らかにすることが、活動銀河核を理解する上で不可欠です。しかし、分子トーラスの直径は銀河全体の1万分の1程度と小さく、その内部構造は、直接撮像することが困難であるため、未だに分かっていません。

そこで本研究では、IRAS 08572+3915という超高光度赤外線銀河*4を例に取り、撮像するのではなく、分子トーラス内部の一酸化炭素 (CO) ガスによる近赤外吸収線(振動回転遷移吸収線*5)をすばる望遠鏡*6で高分散分光*2することで、トーラスの内部構造を調べることを試みました(図1)。

図2 観測されたCO吸収線の一部と分離した速度成分(a)~(e) (Onishi et al. 2021, ApJ, 921, 141, 改編)。横軸は、銀河の中心に対するガスの相対速度で、正だと中心に落下、負だと中心から噴出していることを表します。縦軸は規格化した光の明るさ(規格化フラックス)で、値が小さいほど、強く吸収されていることを表します。ガス速度は、ドップラー効果*8による吸収線波長のずれに基づいて計算しています。

観測された吸収線スペクトルを速度成分分離*7した結果、COガス吸収線には、複数の速度成分が存在することが分かりました(図2)。このことは、分子トーラス内のCOガスが、連続的に存在しているのではなく、複数の分子ガスの雲(分子雲)を形成して離散的に存在していることを示唆しています。また、以下のようにして、吸収線から分子雲の運動と空間的な位置を調べました。まず、分子雲の運動によってドップラー効果*8が生じ、吸収線の中心波長が元の波長からずれることを利用して、分子雲の運動方向(外側に噴出しているか内側に落下しているか)を見積もることが可能です。加えて、力学的に安定なトーラスを仮定すると、中心ブラックホールから離れた位置にあるガスほど、生じる吸収線の速度幅が狭くなると考えられるため、速度幅により分子雲の中心ブラックホールとの遠近を見積もることができます。これらの手法により、分子トーラスが図3のような動的な内部構造を持ち、トーラス内の分子雲は中心に近いところでは噴出し、離れたところでは落下していることが分かりました。さらに、各成分の吸収の深さを、励起状態*9ごとに調べることで、分子トーラスが、およそ30~700 Kと多様な温度を持つ、高密度な分子雲によって構成されていることも分かりました。

図3 観測された速度成分と、速度成分(a),(b),(c)を生じている分子雲の空間的な配置(Onishi et al. 2021, ApJ, 921, 141, 改編)。ブラックホールに近い、分子トーラスの内側で分子雲が噴出し、外側で落下していることが分かりました。

COガス近赤外吸収線の速度成分は、先行研究によって存在が示されていたものの、それらを分離する研究はこれまでありませんでした。本研究が速度成分を初めて分離したことで、分子トーラス内部が動的構造であり、多様な温度の高密度分子雲で構成されることが観測的に分かりました。本研究は、COガス近赤外吸収線の高分散分光による、トーラス内部構造のさらなる観測研究への足掛かりとなります。今後は、この手法を他の活動銀河核にも適用することで、分子トーラスの内部構造を体系的に調べることが可能です。従来の直接撮像とは全く異なる、我々独自のアプローチで、活動銀河核の研究を推進できると期待しています。

用語解説

  • *1 超巨大ブラックホール:太陽質量の10万~100万倍を超える質量を持つブラックホール。
  • *2 分光・高分散分光:光を波長ごとに分けること。撮像とは異なり、波長ごとの明るさである、スペクトルを観測する。波長の分解能が高い(高分散な)分光のことを高分散分光と呼び、秒速数十 km 程度のガス運動を正確に捉えることができる。
  • *3 輝線/吸収線:スペクトルにおいて、ある波長で明るい/暗い部分。原子や分子、そのエネルギー状態ごとに、固有の波長で生じる。
  • *4 超高光度赤外線銀河:赤外線における明るさ(光度)が太陽の1兆倍を超える銀河。
  • *5 CO振動回転遷移吸収線:CO分子が近赤外線領域(波長4.67μm付近)で生じる吸収線。複数の励起状態の吸収線が狭い波長領域に密集して観測される。
  • *6 すばる望遠鏡:アメリカのハワイ島マウナケア山頂(標高4205 m)に国立天文台が建設した光学赤外線望遠鏡。近赤外線の高分散分光観測が可能。
  • *7 速度成分分離:分光によって観測された吸収線に、複数の異なる速度中心、速度幅を持つガスのモデルを当てはめ、その合計によって、観測された吸収線の形状を再現することで、ガスの運動状態ごとに吸収線を成分分けすること。
  • *8 ドップラー効果:音や光の発生源が運動する、またはその観測者が運動することで、波の波長が変化する現象のこと。本研究では、光のドップラー効果を利用しており、分子雲が地球に近づく方向に動いている場合、観測される吸収線の波長は元の波長よりも短くなり、遠ざかる方向に動いている場合、元の波長よりも長くなる。
  • *9 励起状態:原子、分子、イオンなどの量子が取り得る、それぞれに固有のエネルギー状態。量子は連続的にあらゆるエネルギー状態を取り得るわけではなく、離散的に分布する固有のエネルギー状態しか取り得ない。

論文情報

雑誌名 The Astrophysical Journal (ApJ)
論文タイトル Study of the Inner Structure of the Molecular Torus in IRAS 08572+3915 NW with Velocity Decomposition of CO Rovibrational Absorption Lines
DOI https://doi.org/10.3847/1538-4357/ac1c6d
発行日 2021年11月9日
著者 Shusuke Onishi, Takao Nakagawa, Shunsuke Baba, Kosei Matsumoto, Naoki Isobe, Mai Shirahata, Hiroshi Terada, Tomonori Usuda, Shinki Oyabu
ISAS or
JAXA所属者
Shusuke Onishi (東京大学大学院 理学系研究科/宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系), Takao Nakagawa (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系), Kosei Matsumoto (東京大学大学院 理学系研究科/宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系), Naoki Isobe (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系)

関連リンク

執筆者

大西 崇介(ONISHI Shusuke)
2017年 東京大学 理学部 物理学科 卒業
2019年 東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻 修士課程 修了
2019年-現在 東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻 博士課程 在籍
2017年-現在 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 赤外線グループ 中川研究室 所属
2019年4月-2022年3月 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)