将来サンプルリターンで重要となる月の地殻-マントル境界からの岩石露頭の地質構造を、SELENE(かぐや)データで詳しく解明

山本 聡・国立研究開発法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター

本論文は、月面上の、カンラン石に富む岩体の場所(カンラン石サイト)と、カンラン石サイトの中で斜長石に富む岩体が非常に隣り合って存在する場所(共存サイト)を、SELENE(かぐや)に搭載されたマルチバンドイメージャによるデータで月全面にわたって調査し、それぞれのサイトの詳細な地質構造を明らかにしたものです。調査研究の結果、巨大衝突盆地周辺に点在する49箇所のカンラン石サイトのうち、14カ所が共存サイトであることが確認されました。さらに、詳細な地質解析を行ったところ、このような共存サイトは、巨大衝突盆地のピークリングに現れた組成的には不均質なものであることが分かりました。このことから、共存サイトの斜長石とカンラン石は、月の形成初期の原始地殻と、その下のマントルとの境界付近にあったもので、巨大な隕石が衝突した際に掘り起こされて両者が物理的に混合してできたものであると考えられます。今回調査解析された共存サイトは、原始地殻とマントルの物質が同時に得られるという点で、将来のサンプルリターンミッションでの重要な候補地点の一つです。

研究概要

月表面の巨大衝突盆地*1周辺では、数100m〜数km にわたってカンラン石*2に富む岩体の存在する場所(「カンラン石サイト」と呼びます)が知られています。カンラン石に富む岩体の由来については、おそらく月の深部にあるマントル上部*3であろうと考えられています。カンラン石サイトの個数は月面全体でも50数箇所程度しか無く、月表面上では極めて珍しいものです。

カンラン石サイトのうち二つには、98%以上が斜長石*4からなる純粋斜長岩の岩体が非常に隣り合って存在しているものがこれまで報告されています。こうした場所は特に「共存サイト」と呼ばれます。純粋斜長岩は月の形成初期のマグマオーシャン*5が冷却する過程で生成された原始地殻の名残であると考えられています。マントル由来と考えられるカンラン石に富む物質と原始地殻由来と考えられる斜長岩が、どのようにしてこのような共存サイトを作るようになったのかを理解することは、月のマントルと地殻の構造・組成および進化過程を深く理解することにつながると期待されます。

そこで今回の研究では、SELENE(かぐや)*6のマルチバンドイメージャ*7(Multi-band Imager: MI)のデータを使って、共存サイトの分布を月の全面にわたって調査し、発見した共存サイトについて、これまでに発見されていたサイトも含めて、その地質構造の解析を行いました。さらにSELENEで取得された地形データと組み合わせて、MI による鉱物・岩石分布の鳥瞰図を作成し、カンラン石と斜長岩露頭の位置関係や地質構造を詳細に調べました。(図1に例を示します)。

図1 カンラン石に富む物質(緑色の領域)と純粋斜長岩(赤色の領域)が非常に近く隣り合って分布する共存サイトの1例。(a)は鳥瞰図、(b)は破線領域にある共存サイトを拡大したもの。

その結果、カンラン石サイト49箇所のうち、14箇所で純粋斜長岩と共存サイトとなっている事が確認されました。また、これらの共存サイトは巨大衝突盆地のピークリング*8の急斜面や小さな衝突クレーターに見つかる事が分かりました(図2にピークリングと共存サイトの関係を示します)。図1は危難の海と呼ばれる巨大衝突盆地の南側に位置するピークリングの崖で見つかった共存サイトの例で、直径1kmサイズのクレーターに見られます。

図2 衝突盆地周囲でのカンラン石サイト(赤丸)の分布(危難の海とシュレディンガー盆地の例)。黄色で囲まれたところが純粋斜長岩との共存を示す場所。大きな点線丸が衝突盆地のピークリングに相当する部分。背景はSELENEによる地形データ。

一方、カンラン石と純粋斜長岩との共存サイトと、カンラン石のみを示すカンラン石サイトとの間には地質的な特徴の点で何も違いがみられないことから、これらのサイトの違いは、ピークリングを構成する物質の不均一によるものと考えられます。つまり、月の形成初期の原始地殻とその下のマントル上部との境界付近にあった物質が、巨大隕石の衝突によって掘り起こされた際に機械的に混合した結果、物質的に不均質なピークリングが形成され、その後の急斜面で起こったがけ崩れや小さな衝突の掘削により、共存サイトやカンラン石サイトとして月表面にみられる、と考えられるのです。

本研究で詳細に調査解析された共存サイトは、月のマントル上部物質と原始地殻物質が同時に得られる科学的に非常に重要な特異な場所であり、将来のサンプルリターンミッションの候補地点の一つになると期待されます。

用語解説

  • *1 衝突盆地 : 天体衝突により形成される盆地状の地形。
  • *2 カンラン石 : マグマが冷えて固まってできた火成岩に含まれる造岩鉱物の一つ。鉄やマグネシウムを含む珪酸塩鉱物で、地球の上部マントルは主にカンラン石の多い岩石(カンラン岩)から成る。
  • *3 マントル : 地球や月の固体部分の最も外側にある層を地殻と呼ぶのに対して、そのすぐ下にある岩石の層はマントルと呼ばれる。
  • *4 斜長石 : 火成岩に含まれる造岩鉱物の一つで、アルミニウム、カルシウム、ナトリウムなどを含む珪酸塩鉱物。地殻に多く含まれる。
  • *5 マグマオーシャン : 月や地球の形成初期に表面を覆っていた岩石の溶融状態であるマグマの海。
  • *6 SELENE(かぐや) : 2007年9月に打ち上げられた日本の月探査衛星で14のミッション測定器により月の様々な科学データを取得した。
  • *7 マルチバンドイメージャ : SELENEに搭載された光学センサで、可視域5バンド・20m/画素、近赤外域4バンド・60m/画素で月面画像を取得し、詳細な月面の鉱物・岩石分布を明らかにした。
  • *8 ピークリング : 衝突盆地の内部にある衝突盆地を取り囲む円環状の盛り上がり構造。巨大隕石の衝突により地殻の深い所またはマントルにある岩石が隆起してできたと考えられている。

論文情報

雑誌名 Journal of Geophysical Research: Planets (JGRE)
論文タイトル Global Distribution and Geological Context of Co-Existing Occurrences of Olivine-Rich and Plagioclase-Rich Materials on the Lunar Surface
URL https://doi.org/10.1029/2021JE007077
発行日 2022年1月27日 (Online version)
著者 YAMAMOTO Satoru, OHTAKE Makiko, KAROUJI Yuzuru, KAYAMA Masahiro, NAGAOKA Hiroshi, ISHIHARA Yoshiaki, HARUYAMA Junichi
ISAS or
JAXA所属者
KAROUJI Yuzuru (国際宇宙探査センター), ISHIHARA Yoshiaki(国際宇宙探査センター), HARUYAMA Junichi (宇宙科学研究所 太陽系科学研究系)

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執筆者

山本 聡(YAMAMOTO Satoru)
神戸大学大学院自然科学研究科修了。博士(理学)。北海道大学低温科学研究所、東京大学大学院新領域創成科学研究科、国立環境研究所、宇宙システム開発利用推進機構を経て、現在、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 地質調査総合センター 主任研究員。

ISAS共著者からひとこと

月探査機SELENE(かぐや)は、2007年9月に打ち上がり、1年のノミナルミッションを半年延長し、膨大なデータを地球に届けた後、ミッションを終えました。本研究成果は、そうしたデータから、必要とされる情報を抜き出す「データマイニング」によって、得られました。本研究は、月の地下の奥深いところの情報が月面に現れている場所を探し出し、その状況を丹念に解析したもので、その成果は今後の探査に大いに利用されることになるでしょう。本研究のようにデータの解析を地道に行い、論文としてまとめて世に問い、認められ評価されるものを積み上げていくとき、ある時、大きな科学的飛躍をもたらす知見を生み、探査を大きく進める駆動力になると思っています。SELENEデータは質が高く、量も莫大です。まだまだ解析されることがあります。是非、SELENEデータを解析してください。こんな素晴らしいデータでも、まだ、自然を理解するには足りない、そう思えたとき、困難な探査でも、それを立ち上げ、進めていく強い動機が生まれることでしょう。

春山 純一(HARUYAMA Junichi)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所、太陽系科学研究系 助教。理学博士。専門は、月惑星科学、月惑星探査。京都大学大学院から博士号(理学)を得た後、米国カリフォルニア工科大学で客員研究員。その後、宇宙開発事業団。宇宙三機関統合後、現職。福島県立会津大学大学院コンピュータ理工学研究科(特任上級准教授)などでも教育や研究指導にもあたる。月探査SELENE(かぐや)計画地形カメラのPI。その他、JUICE計画可視カメラJANUS日本メンバー代表。JGR-planetsのAssociate Editor(アジア人として初)なども歴任。