宇宙の始まりの解明に向けた、宇宙マイクロ波背景放射偏光観測望遠鏡の開発

髙倉 隼人・宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系

研究概要

宇宙はどのように始まったのでしょうか。かつて高温高密度な火の玉状態であった宇宙が膨張して現在の宇宙を形成したとするビッグバン宇宙論は、これまで様々な観測により実証されてきました。一方で、宇宙の初期状態がどのようにして決まったのかは、現在もなお、宇宙物理学・天文学における大きな謎の一つです。有力な仮説として、量子的な揺らぎが指数関数的に急膨張してビッグバンを引き起こしたとするインフレーション理論が広く支持されていますが、まだ観測的な直接の証拠は得られていません。これを調べる最も有力な手法として、時空の急膨張により生じた原始重力波の痕跡が、ビッグバンの名残である宇宙マイクロ波背景放射 (CMB)*1に刻印する特徴的な偏光パターン (原始B-mode偏光) の観測が期待されています。

CMBは、空のどの方向を見ても、ほぼ等方的に絶対温度 2.7 K (-270.45℃) の電波 (ミリ波) として観測されます。これまでの観測で、この温度には10-5 (30 μK) 程度の微小な温度揺らぎがあることが知られていますが、インフレーションに由来する原始B-mode偏光はさらに2-3桁小さな強度であると予想されています。このような極めて微弱な信号を検出するには、観測装置の高感度化や低雑音化はもちろんですが、CMBとそれ以外の光をより高精度に分離することも重要です。特に、銀河面 (天の川) からの偏光した放射はCMBの偏光よりも桁違いに強いため、銀河面から遠く離れた方向を観測していても、望遠鏡での回折や迷光によって僅かながら漏れ込み、CMBと混信してしまうことがあります。実際に、2009-2013年にCMBの全天観測を行った欧州のPlanck衛星では、こうした観測方向外からの光の漏れ込みが主要な誤差要因であると見積もられています[1]

図1
図1 (a) LiteBIRD低周波望遠鏡の縮小モデルと、光学特性評価のためのミリ波測定装置[3] [4]。(b) 視野の端の検出器における、低周波望遠鏡の受信感度特性 (アンテナパターン) の測定結果[3]

近年のCMB偏光観測望遠鏡では、高感度化と低雑音化のため、多数の検出器を搭載して空の広い領域を一度に観測し、また望遠鏡全体を極低温に冷却する設計がなされています。しかし、これには観測方向外からの光の漏れ込みを生じやすくする側面もあり、重要な開発課題となっています。現在JAXA宇宙科学研究所で開発が進められている宇宙マイクロ波背景放射偏光観測衛星LiteBIRDでは、観測方向から離れた角度からの光をどの程度集光するか(広角サイドローブ)を-56 dB (0.0003%) レベルで評価することが要求されています[2]。

私の研究では、CMB偏光観測望遠鏡の光学性能を精密評価するための測定手法の開発に取り組んでおり、この成果をLiteBIRDに搭載される低周波望遠鏡の開発に活かしています。LiteBIRD低周波望遠鏡は、鏡を2枚組み合わせた口径400 mmの反射型望遠鏡で、18度×9度の広い視野を一度に観測します[2]。これまでの研究で、近傍界測定法*2と呼ばれる手法を用いた小型の測定装置を開発し、視野の端においても広角サイドローブを-70 dB(1千万分の1)レベルで測定可能であることを示しました (図 1)[3]。現在は、設計上意図しない経路を辿る迷光を、光路長の差から実験的に判別する手法を考案し[4]、どのような経路を辿る迷光がどの程度漏れ込むかの検証を進めています (図 2)。

図1
図2 (a) LiteBIRD低周波望遠鏡の光線図[2]。予想される代表的な迷光の経路を着色して示した。(b) 開口近傍で測定した光路長別の電場分布[4]。例えば、光路差-400 mm付近の信号が、(a)で赤色で示した迷光に対応する。ただし、迷光低減のためのフードは取りつけない状態で測定した。

現在までの実験では、JAXA先端工作技術グループに製作していただいた低周波望遠鏡の縮小モデルを用いています。これは実際に想定される鏡面形状を正確に1/4倍しており、同じく1/4倍した波長の光で測定することで、実機の光の伝搬を再現することができます。この測定結果を基に、LiteBIRD低周波望遠鏡実機の製作に向けた検討を進めており、望遠鏡のさらなる高性能化を目指しています。

参考文献

  • [1] The Planck Collaboration, “Planck 2018 results - I. Overview and the cosmological legacy of Planck,” Astron. Astrophys. 641, A1, 2020, doi: 10.1051/0004-6361/201833880.
  • [2] Y. Sekimoto and the LiteBIRD Collaboration, “Concept design of low frequency telescope for CMB B-mode polarization satellite LiteBIRD,” Proc. SPIE 1145310, 2020, doi: 10.1117/12.2561841.
  • [3] H. Takakura et al., “Far-Sidelobe Antenna Pattern Measurement of LiteBIRD Low Frequency Telescope in 1/4 Scale,” IEEE Trans. THz. Sci. Tech. 9, 6, 598, 2019, doi: 10.1109/TTHZ.2019.2937497.
  • [4] H. Takakura et al., “Straylight identification of a crossed-Dragone telescope by time-gated near-field antenna pattern measurements,” Proc. SPIE 1218052, 2022. doi: 10.1117/12.2627421.

用語解説

  • *1 宇宙マイクロ波背景放射 (Cosmic Microwave Background; CMB) : 誕生38万年後のまだ熱い火の玉状態の宇宙(ビッグバン)から発せられた、観測可能な最古の光。宇宙膨張とともに温度を下げ、マイクロ波帯の黒体放射として現在の宇宙を満たしている。1964年にArno Allan PenziasとRobert Woodrow Wilsonにより発見された。その後、1990年代から2010年代にかけて、米国のCOBE衛星とWMAP衛星、欧州のPlanck衛星により詳細な全天観測がなされ、宇宙の組成や年齢など、現代宇宙論の基礎となる情報が精密に得られた。
  • *2 近傍界測定法 : 望遠鏡の光学性能は、既知の較正点源からの光を観測して測定することができる。ただし、較正点源から放射された光は球面状に広がるため、空から届く平面波 (平行光) を模擬するには点源を十分離れた位置 (遠方界) に置く必要があり、実験室やスペースチェンバ内での測定は現実的でない。近傍界測定法は、望遠鏡の開口部付近 (近傍界) での振幅・位相特性を測定し、その結果から平面波に対する望遠鏡の応答を求める手法であり、限られた大きさの試験環境で高精度なミリ波測定を可能とする。

関連情報