地上と宇宙、そして深宇宙を結ぶ推進技術の研究開発

田畑 邦佳・DESTINY+プロジェクトチーム

研究概要

図1
図1 DESTINY+のイメージ画像。イオンエンジンを4台同時運転(はやぶさ2では最大3台)して、地球周回軌道から徐々に高度を上げ、惑星間空間へと脱出する。©カシカガク

私の専門は宇宙輸送/推進工学で、宇宙利用や人類の生存圏の拡大を目標に、地上から宇宙、そして月以遠の深宇宙までを結ぶ輸送技術(エンジン)の研究開発を行っています。

一昨年度までは大学院生として、地上と宇宙を超低コストで結ぶ「マイクロ波ロケット」の研究を行っていました。マイクロ波ロケット*1は、空気を推進剤として使用し、地上から供給されるマイクロ波のエネルギーを推進力に変えて飛行する推進機です。この技術は搭載燃料が不要であり、そのため多くの機材や人を輸送できるほか、ターボポンプのような複雑な機構を必要とせず、低価格で製造できます。実現すれば、宇宙太陽光発電衛星などのような大型宇宙構造物の建設が可能となり、新たな再生可能エネルギー源としても活用できます。SDGsに貢献する取り組みの一つとしても社会的インパクトは大きく、博士課程1年生のときには、研究者の卵としてテレビ出演させていただきました。日本のロケット開発の父ともいわれる糸川英夫博士らが手に乗るほどのサイズの「ペンシルロケット」から研究を重ね、最終的には大型のM-Vロケットが完成したように、私もマイクロ波ロケットのような未来の技術の芽を育てていきたいと思います。

図2
図2 DESTINY+向けに推力を向上させたイオンエンジンμ10(正面から見た画像)。中央の青い光を放つスラスタの多数の穴から、正イオンを高速で噴射して推力を生む。正イオンだけを外に排出すると探査機が帯電してしまうため、左上の中和器が電子を放出し、正イオンを中和している。©JAXA

博士号取得後は、地上から宇宙だけでなく、宇宙空間を遠くまで移動するためのエンジン開発も行いたいと考え、JAXA宇宙科学研究所(宇宙研)に異動しました。宇宙研は、理工学一体となって宇宙科学の謎を解き明かすために様々な分野の研究者が集結しており、エネルギーに満ち溢れた優秀な研究者たちと切磋琢磨できるこの上ない環境です。現在、私は、DESTINY+(図1) *2に搭載するイオンエンジンシステムIES*3の開発や、「はやぶさ2#」*4の運用を担当しています。イオンエンジン“μ10”(図2)は電気推進の一種で、推力は人の鼻息程度と小さいですが、燃費が化学推進に比べて10倍良く、長時間の連続運転により大きな増速(ΔV)を得ることができます。DESTINY+では最新の研究成果を反映させて、推力が「はやぶさ」の約1.5倍に増加しています。IESの開発試験では、2台イオンエンジンを同時に動かしても十分な真空を維持できる大型真空チャンバーを使用しており、直近ではメーカーが製造した電源IPPU*5とエンジンを噛み合わせる試験も完了しました。ここで使用している真空チャンバーは「はやぶさ」イオンエンジンの耐久試験から受け継がれているもので、先人たちが残してくれた高性能な実験設備を使用できる恵まれた環境にいることを実感しています。

また、探査機開発と同時に、将来の宇宙探査ミッション向けにイオンエンジンの改良にも取り組んでいます。木星以遠の探査など大きな軌道変換能力が必要なミッションを行うには、現状のμ10よりもさらに燃費の良いエンジンが必要です。推力は、排気する推進剤の質量と排気速度の掛け算で決まるのですが、電気推進が低燃費なのは、排気速度を電気の力で増強できるからです。そこで、現在私は、電気の力(電圧)を従来の5倍(7万5千ボルト)に高め、排気速度をμ10のおよそ2.5倍(化学推進の25倍)にする“μ10HIsp” *6の研究に取り組んでいます。燃費を向上させる原理は至ってシンプルですが、高い電圧を使用する場合、プラズマ*7中のイオンがエンジン内壁に高いエネルギーで衝突し削り取るため、徐々に性能が劣化する課題があります。探査機の寿命を考慮して大きな推力と燃費を維持する工夫が求められており、最低限の設計変更で達成できないか、試行錯誤を重ねているところです。実際に、DESTINY+のイオンエンジン開発で取り組んだ一連の試験から、その劣化原因や回復方法が明らかになりつつあります。この成果は、性能劣化が激しいμ10HIspにおいてより効果を発揮するのではないかと期待しており、研究を進めています。高い軌道変換能力を持つエンジンを実現し、将来的にはマルチフライバイ*8探査など、挑戦的なミッションを可能にすることを目指しています。

最後になりますが、宇宙研には、宇宙開発の現場を知り、そこで得た知見を即座に研究活動にフィードバックできる環境があります。研究者のファーストキャリアで宇宙研に在籍できていることは、今後間違いなく、実応用を常に意識した工学研究者への成長に寄与するはずです。DESTINY+の開発と研究活動に邁進し、将来は日本の宇宙開発をリードする研究者になれるよう、努力していきたいと思います。

用語解説

  • *1 マイクロ波ロケット : レーザーやマイクロ波などの電磁波ビームで遠隔エネルギー供給を行い飛行するビーム推進の一種。2000年代初頭、東京大学・小紫公也教授のグループが世界で初めて原理実証し、100 gの機体がおよそ2 mまで打ちあがった。
  • *2 DESTINY+ : “Demonstration and Experiment of Space Technology for INterplanetary voYage with Phaethon fLyby and dUst Science”の略で、2025年度打上げ予定の深宇宙探査技術実証機の名称。地球周回軌道から,イオンエンジンを連続運転して徐々に高度を上げ惑星間空間に遷移し、ふたご座流星群の母天体とされる小惑星Phaethonをフライバイ探査する。地球周回軌道から、電気推進を利用して深宇宙空間へ離脱する世界初のミッションであり、低コストでより頻繁に深宇宙探査を行える世界を切り拓く。
  • *3 はやぶさ2# : はやぶさ2拡張ミッション。2020年12月にサンプルの入ったカプセルを届けた後、次の目標天体を目指し、宇宙航行を続けている。
  • *4 IES : Ion Engine System。電源やスラスタ制御器などを含む、イオンエンジンを構成するシステムの総称。
  • *5 IPPU : IES Power Processing Unitの略。IESを駆動するための電源装置。
  • *6 μ10HIsp : 宇宙研で開発中の、燃費をさらに向上させたイオンエンジンの名称。Ispは燃費の指標を表す比推力であり、高い(High)比推力(Isp)はより低燃費であることを意味する。
  • *7 プラズマ : イオンと電子、中性粒子から構成される第4の状態。気体に光、電気、熱エネルギーを加えることでこの状態を作ることができる。μ10では、強磁場中の電子とマイクロ波が共鳴することによってプラズマが生成される。
  • *8 マルチフライバイ : 1つの探査機が複数天体をフライバイする(天体に接近・通過しながら探査する)こと。
    参考URL:https://www.isas.jaxa.jp/home/research-portal/gateway/2022/0721/

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