小天体マルチフライバイを実現するための『小天体フライバイサイクラー軌道』〜機械学習による軌道設計とその展望〜
2022年7月21日 | 論文へのGATEWAY
近年、世界的に機械学習を用いた軌道設計研究が急速に注目されています。本研究は、機械学習手法の1つである深層ニューラルネットワーク (Deep Neural Network、 DNN)を用いて、小天体(小惑星と彗星を含む総称)をマルチフライバイ*1 するための軌道設計を行ったものです。軌道最適化問題に対して(教師ありの)機械学習を適用する場合、「いかに効率的に大規模データベースを生成するか?」が課題になります。特に軌道最適化問題は、簡単な物でも数秒程度の時間を要するため、1000万点以上のデータを生成するには1年以上の時間を要します(仮に10台の計算機で並列計算を行ったとしても1ヶ月以上の時間を要します)。そこで、本研究では、1つの軌道最適化結果から、10倍以上のデータが生成できるようなアルゴリズムを考えました。その結果、小天体マルチフライバイの軌道設計の計算時間を大幅に短縮することに成功しました。
本研究を通じて感じたことは、軌道設計分野における機械学習技術の将来性・発展性です(専門家の役割が全て機械学習で置き換え可能になるとは思いませんが)。近い将来、我々軌道設計の専門家がその専門知識を”機械”に蓄積し、その蓄積された専門知識を複数の人間と共有しながら、軌道設計を進める世界が拓かれると予想します。今回の研究は、その一例であると考えており、その可能性・将来展望を含めて、本投稿に記します。
研究概要
近年、太陽系形成の理解を深めるべく、小天体探査が注目を集めています。これまで、太陽系内には100万個以上の小天体が発見されています。そのうち、探査機によってこれまでに直接探査された小天体の数は約20個であり、小天体に関する科学的知見には大きな偏りがあると考えられています。JAXAのサンプルリターン探査の頻度は10年に1回程度なので、100万個以上存在する小天体に関する統計的情報を得るには時間が掛かりすぎてしまいます。そこで注目されているのが、1機の探査機で複数天体をフライバイする「マルチフライバイ方式」による探査です。効率的に小天体マルチフライバイを実現する方法として、「小天体フライバイサイクラー軌道」と呼ばれる軌道が存在します(図1)。
「小天体フライバイサイクラー軌道」というのは、地球→小惑星#1→地球→小惑星#2→地球→…と地球と小惑星を交互にフライバイしていくような軌道です。地球フライバイを行う時には、地球の重力によって軌道が曲げられてしまいます。これを効果的に用いる(=いわゆる、スイングバイを行う)ことで、小天体マルチフライバイに必要な燃料を大幅に削減することができます。実際に、NASAのLucyミッション*2では、この「小天体フライバイサイクラー軌道」が採用されており、木星トロヤ群小惑星*3をマルチフライバイする予定です。
小天体フライバイサイクラー軌道設計問題は、複数回のフライバイを伴う大域的軌道最適化問題*4の一種で、「フライバイの順序を決定する組合せ最適化問題*5」と「与えられたフライバイ順序に対する軌道最適化問題」の2種類の最適化問題が入れ子構造になった問題となっています。特に、フライバイ対象天体の数が増加すると、最適化問題の計算時間が爆発的に増大し、現実的な時間で計算を完了させることが困難となります。従来、このような大域的軌道最適化を解くために、進化的計算*6等による解探索が行われていました。進化的計算による解探索は、「この軌道要素をもつ小天体ならアクセスしやすそうだ」といった専門家が持つ”経験”が活かされず、計算時間が膨大になる傾向にあります。実際に、小天体マルチフライバイの軌道設計において、小天体候補を網羅的に含んだ解探索は現実的な計算時間では困難です。そこで、筆者らは機械学習アプローチにより、”経験”をモデル化し、そのモデルを活かしながら大域的な探索を行う軌道設計手法を提案しました。”経験”をモデル化するために、本研究では、DNNによって軌道最適化問題の結果を近似するサロゲートモデル*7を構築しました。DNN等の機械学習アプローチを用いる場合、膨大な軌道データベースを生成するための計算時間がボトルネックとなります。そこで、本研究では、最適性の条件(=Karush-Kuhn-Tucker条件*8)を満たす”擬似”小天体を導入することによって、同一の計算時間で10倍以上のデータ生成が可能な、効率的なデータベース生成手法を確立しました(図2)。本提案手法は、DESTINY+が3200 Phaethon*9フライバイ後の軌道設計に適用され、実ミッションへの有用性が示されました。
本研究で構築されたサロゲートモデルは、打上げ時期や小天体の軌道に依らず普遍的に利用可能なモデルとなっています。そのため、新しいミッションを検討する際にも、本サロゲートモデルは再利用可能となります。今回は小天体フライバイサイクラー軌道に関するサロゲートモデルですが、他の軌道に関しても同様に普遍的なサロゲートモデルを構築していくことができれば、軌道設計の専門家が持つ”経験”をモデルとして共有することができるかもしれません。そうなれば、軌道設計の専門家に頼らずとも、宇宙機の飛行ルートが決められる世界が拓けると考えています。
本研究で達成した小天体フライバイサイクラー軌道(図3)は、年間数十m/s程度の小さなΔV*10でも達成可能となります(もちろん、DESTINY+のように高い軌道変換能力があれば、よりフライバイ可能な小天体の自由度が広がります)。また、「地球→小惑星X→地球」という軌道遷移に要する時間は、約半年、約1年、約1.4年、約1.5年…と不連続に存在します。すなわち、この軌道を採用すると、ほとんど燃料を消費せずに、半年〜数年に1個の頻度で、小天体マルチフライバイが実現できます。ほとんど燃料を消費しない観点から、超小型・小型探査機を用いても十分に達成可能なミッションとなります。超小型・小型探査機で実現できれば、それを複数機打ち上げた深宇宙コンステレーションを構築することで、数ヶ月に1個の頻度で小天体の直接観測を実現することも可能となります。
JAXA宇宙科学研究所は、より深く探査できる「はやぶさ」方式の「サンプルリターン」と、より広く探査できる「DESTINY+」方式の「マルチフライバイ」を相乗的に組み合わせながら、新しい小天体探査戦略を繰り広げようと計画しています。本研究成果で得られた「小天体フライバイサイクラー軌道」は、その一端を担っているのです。
用語解説
- *1 マルチフライバイ : 1機の探査機が複数の天体(惑星等)の近くを通過すること、あるいは、その探査方式を指す。
- *2 Lucyミッション : Lucy(ルーシー)ミッションはNASAのディスカバリー・プログラムとして提案されたミッションであり、5つの木星トロヤ群小惑星を探査する計画を立てている。
- *3 木星トロヤ群小惑星 : 太陽と木星の重力および遠心力が均衡するラグランジュ点のうち、木星の公転軌道の前方にあるL4点、後方にあるL5点を近傍に安定的に留まっている小惑星を指す。
- *4 大域的軌道最適化 : 軌道最適化の中でも、いわゆる極小値(局所的な最適値)ではなく、広域的な最適値を探すプロセスを指す。
- *5 組合せ最適化 : (いわゆる数え上げ的な)組合せ論の最適化を指す。
- *6 進化的計算 : 生物の進化に着想を得て、ある規則に基づいたランダムな探索によって最適解を探索する手法を指す。
- *7 サロゲートモデル : 入出力関係を近似的に模擬するブラックボックスモデルを指す。具体的に近似するために、多項式や機械学習等のアプローチが用いられる。
- *8 Karush-Kuhn-Tucker条件 : 非線形計画法(制約条件付き非線形最適化問題)において、一階導関数が満たすべき最適条件を指す。
- *9 3200 Phaethon : ふたご座流星群の元となる母天体であると考えられている小惑星である。
- *10 ΔV(デルタ・ブイ) : 軌道制御マヌーバを実行するための速度変化量を指す。
論文情報
雑誌名 | Journal of Guidance, Control, and Dynamics Vol. 45, No.8, August 2022 |
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論文タイトル | Asteroid Flyby Cycler Trajectory Design Using Deep Neural Networks |
DOI | https://arc.aiaa.org/doi/pdf/10.2514/1.G006487 |
発行日 | 2022年4月20日 |
著者 | Naoya Ozaki, Kanta Yanagida, Takuya Chikazawa, Nishanth Pushparaj, Naoya Takeishi, and Ryuki Hyodo |
ISAS or JAXA所属者 |
尾崎 直哉(宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系、DESTINY+プロジェクト)、近澤 拓弥(東京大学)、兵頭 龍樹(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系) |