あいさす × CROSS
ISAS × 芸術 アーティストと探る宇宙科学のビジュアライズ!
~軌道芸術研究会インタビュー:久保田晃弘氏、平川紀道氏、堂園翔矢氏、古山寧々氏、尾崎直哉氏、佐々木貴広氏、兵頭龍樹氏~

メディア・アートやプログラミングの専門家(芸術家)と宇宙工学や宇宙科学の専門家(研究者)で構成された「軌道芸術研究会」が、宇宙科学研究を芸術的に表現する2つのシミュレーションツールを公開しました。
宇宙機が目的の天体に向かうまでの軌道を表現する「汎用軌道描画ツール」と、無数の粒子によって惑星が形成されていく過程等を表現する「大規模粒子系表示ツール」です。両ツールで美しくビジュアライズ(可視化)された3D画像(立体)とアニメーション(動画)は、研究者に多くの刺激を与え、新たなミッションの創出や科学的な発見に繋がると期待されます。
本記事では、「軌道芸術研究会」を代表して、芸術家である久保田晃弘氏、平川紀道氏、堂園翔矢氏、古山寧々氏、宇宙科学の研究者である尾崎直哉氏、佐々木貴広氏、兵頭龍樹氏に、芸術と宇宙科学という全く異なる2つ分野が出会うとどんな表現が生まれるのか、そしてこのコラボレーションの狙いや今後の展望についてお話を伺いました。

集合写真
左から、佐々木貴広氏、兵頭龍樹氏、尾崎直哉氏、古山寧々氏、堂園翔矢氏、久保田晃弘氏
久保田 晃弘

久保田 晃弘(多摩美術大学 情報デザイン学科メディア芸術コース 教授)
世界初の芸術衛星と深宇宙彫刻の打上げに成功した衛星芸術プロジェクト(ARTSAT)をはじめ、バイオメディア・アートライブ・コーディングと自作楽器によるサウンド・パフォーマンスなど、さまざまな領域を横断・結合するハイブリッドなメディア芸術の世界を開拓し続けている。

平川 紀道

平川 紀道(アーティスト)*インタビューにはオンラインで参加
コンピュータ・プログラミングを用いたメディア・アートや現代美術のフィールドで活躍。自然科学からインスピレーションを得ることが多く、Kavli IPMUでの滞在制作や、アルマ天文台、Large Hadron Colliderの訪問等を行っている。ARTSATプロジェクトではアーティスティックディレクターを務めた。軌道芸術研究会では「大規模粒子系表示ツール」の制作を担当。

堂園 翔矢

堂園 翔矢(アーティスト)
データ、アルゴリズム、機械学習などを用いたコンピュテーショナルデザインを専門とし、グラフィックやテキスタイルなど領域横断的なプロジェクトに携わる。学生時代にARTSATの展示に触れ、刺激を受ける。軌道芸術研究会では、「汎用軌道描画ツール」の制作を担当。

古山 寧々

古山 寧々(多摩美術大学大学院 デザイン専攻情報デザイン研究領域 修士課程1年(インタビュー時))
幼少期から宇宙科学に興味を持ち、学生時代には宇宙開発フォーラム実行委員会(SDF)の活動に参加。多摩美術大学へ進学後、久保田氏のARTSATプロジェクトに感銘を受け、学部3年次に久保田氏が教授を務める芸術コースへ転向した。軌道芸術研究会ではロゴのデザインを担当し、また軌道フォントを制作した。

尾崎 直哉

尾崎 直哉(宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 准教授)
深宇宙探査機の軌道設計を専門とし、目的の天体までどのルートで宇宙機を飛行させるのか等を検討、研究している。東京大学工学部航空宇宙工学科に所属していた学部2年次に、ARTSATプロジェクトに参加。本プロジェクトに参加する佐々木貴広氏、菊地翔太氏とは学部時代からともに軌道研究を行ってきた仲間であり同期。軌道設計を含めミッション全体を設計する宇宙ミッションデザインを行う者として、「宇宙ミッションデザイナー」を名乗る。

兵頭 龍樹

兵頭 龍樹(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 国際トップヤングフェロー)
惑星形成論および惑星探査を専門とし、JAXA内部から積極的に次世代の惑星探査ミッションの構築を行なっている。ESA・NASA・JAXA の3機関の探査計画に参画している。本記事が掲載される「あいさすGATE」の運営に携わるなど、宇宙科学の情報発信について検討を行っている。

佐々木 貴広

佐々木 貴広(JAXA 研究開発部門 第一研究ユニット 研究開発員)
軌道設計を専門とし、国際宇宙ステーション(ISS)に向かう軌道や、複数の衛星が協調して観測を行うフォーメーションフライト技術、ランデブー技術、デブリ除去のための軌道など、対象物同士が近い距離にある軌道の設計を行う。

宇宙科学の研究者と芸術家、まったく異なる分野のプロフェッショナルがどのような経緯で集まったのでしょうか?

尾崎: ARTSATプロジェクト*1に参加したメンバーとして、久保田先生と僕に繋がりがあったことがきっかけです。その後、10年ほど時間は経っていましたが、僕が宇宙科学を研究する中で感じる課題を久保田先生に投げ掛けたことから始まりました。

ARTSAT1: INVADER
多摩美術大学×東京大学 ARTSAT:衛星芸術プロジェクト「ARTSAT1: INVADER」
*1ARTSAT 衛星芸術プロジェクト
芸術・デザインでの活用を目的とした衛星を打ち上げた世界初のプロジェクト。多摩美術大学の久保田氏と東京大学の田中利樹氏(現ヒューストン大学)を中心に、2010年からスタート。地球を周回する衛星や深宇宙の宇宙機を「宇宙と地球をつなぐメディア」と捉え、独自に開発した超小型の芸術専用衛星を宇宙機で打ち上げ、そこから得られるデータを使ってインタラクティブなメディア・アート作品やサウンド、ソフトウエア・アート作品などの制作実験を展開した。ARTSATの初代メンバーには、「軌道芸術研究会」メンバーである尾崎氏、菊地翔太氏(現:国立天文台 RISE月惑星探査プロジェクト 助教)がエンジニアリングメンバーとして、平川氏がアーティスティックディレクターとして参加していた。

どのような課題でしょうか?

尾崎

尾崎: 我々が取り組む宇宙科学の研究は、金銭的な利益を目的としていませんし、社会への還元も生活に直接的に影響するようなものではありません。ですが、多くの人から共感を得ながらミッションを進めることが大切だと思っています。その「共感を得る」観点として、芸術家的思考を持って惑星探査を考え、共感を得られるようなミッションを作っていく必要があるのではないか、そういった課題について話をしました。僕の専門である「軌道設計」自体が「線の芸術」という観点でアート作品になるのではないか等の話もしましたね。

久保田: はい、尾崎さんから話しを聞いて「なるほど、おもしろそうだ!」というのが第一印象でした。そこで「美的な表現や使いやすいインターフェイスは単に見て美しいだけでなく、学術研究の専門家にインスピレーションを与えられるのではないか」という仮説を立て、それを「軌道をテーマにした科学と芸術のプロジェクト」として実践、検証してみたいと思いました。尾崎さんの提案も、研究者が研究成果を分かりやすく、面白く表現するだけではなく、研究者自身がそれを使うことで、より良い軌道を設計できたり、新しい科学的発見に繋がらないか、ということでした。

ブレインストーミングのポストイット
どのようなアウトプットができるか、「DESTINY+」の軌道や、惑星形成のシミュレーション画像など、映像や図面を共有しながら定期的にブレインストーミングを行った。

尾崎: 芸術家と研究者、それぞれ参加メンバーを集めて、まずはどのようなアウトプットができるか、情報共有や検討を進めました。機械学習を使った軌道設計など具体的なミッション設計に関するアイディアから、軌道設計の手法や軌道図鑑を作ろうなど、たくさんのアイディアが出ましたが、今回は軌道データをビジュアライズ(可視化)するアプリケーションの開発を行うことになりました。

久保田: いよいよ「軌道芸術研究会」の第一歩が始まったという感じですね。

軌道設計の検討が始まったプロジェクトに、惑星の形成過程を表現するツールの制作も追加され、2つのツールを開発されたのですね。

久保田

久保田: はい、重力という同じ物理現象で動くオブジェクトの軌跡を描く2つのツールの開発になりました。一つは探査機や天体の軌道を描くツール。もう一つは多数のオブジェクトが集合的に天体を構成していく過程を表現するツールです。この2つのツールを平行して開発することで、コンプリメンタリ(補完的)な関係のものとして、互いの相乗効果が生まれることを期待しました。

兵頭: 僕が参加したモチベーションは、「研究成果のビジュアライズの強化」でした。例えば、研究成果を発表する際、「物と物が衝突して」や、「粒子が集まって惑星になる」「地球は月が衝突してできた」と言葉で説明しても、初めて知る方やまだ関心が薄い方にとっては「あ、そうなんだ」という印象だけになってしまいます。ですが、宇宙の凄い現象が映像として表現できたら、パっと見るだけで伝わりますし、興味に繋がりますよね。そういったビジュアライズが、世界に比べて日本はまだ弱いと感じ、なんとかしたいと思っていたところに今回のお話があり、参加に繋がりました。

汎用軌道描画ツール

汎用軌道描画ツールにて描いた「軌道芸術」
汎用軌道描画ツールにて描いた「軌道芸術」
https://oal.artsat.jp/

尾崎: 探査機が惑星に向かうまでの軌道をビジュアライズできます。これまでの軌道シミュレーションにはない表現方法として、ズーム機能や、遠近法と平行投影の切り替え、探査機を中心に惑星全体を見るなど視点の位置が変更できる、といった様々なカスタマイズができるので、臨場感が味わえます。座標軸の設定を変えながら、こんな軌道があるんだとか色々試すことができるので、何時間でも操作したくなる刺激的なツールですね。

佐々木: 研究や開発の中で軌道を設計するときは、こういった座標系で、といった具合にある程度軌道の見せ方が決まって(凝り固まって)いるのですが、このツールでは普段見ない別の視点からも表示することができて、研究へのインスピレーションが湧きますね。シンプルさにこだわっていて、使い勝手も非常によいので「使いたくなる」ツールだと思います。

久保田: プロフェッショナルとしての研究者の思考を妨げないように、インターフェイスもメニュー型ではなく、コックピットのように画面上にすべてを表示することで、ワンアクションで設定が変更できるので、インタラクティブに思考を刺激するツールになっています。

堂園: 今回のβ版では座標系に絞った基本的なものですが、今後も新たな機能として、距離のビジュアライズや、四次元のビジュアライズなどを組み込んでいけたらもっと面白くなると思っています。今後も正式版の一般公開に向けてアップデートしていきたいですね。

大規模粒子系表示ツール

大規模粒子系表示ツールにて描いた「軌道芸術」
汎用軌道描画ツールにて描いた「軌道芸術」

兵頭: 月の形成過程や衝突などを表現する画像や動画が作成できます。ある時間に存在する100万個の粒子について、時間ごとに変化する粒子のデータを読み込むことで、パラパラ漫画のような表現で動画を作ります。

平川: スケール変更や画像の回転など、投影方法が設定できるので、必要な画像を表現できます。

兵頭: 分かりやすさも追求して開発しているので、データさえあれば誰でも使えますし、多種多様なデータを使えるようにしました。研究者でいえば、惑星系のシミュレーションや分子の世界など、粒子多体系の研究成果の発表に活用できます。

平川: 宇宙に関わるデータ以外でも使えることも面白い所です。鉛筆と紙があれば誰でも何でも描けるように、このアプリは研究者も使えるし、芸術家が映像作品を作るのにも使えるという汎用性を持たせています。

<研究者 × 芸術家>活躍する分野が異なるメンバーでの活動ですが、コミュニケーションの難しさはありましたか?

古山

古山: 芸術家と研究者、プロフェッショナルが集まると本当に面白いな、と思いました。プロジェクトと作品が出来上がっていく過程が凄かったです。

平川: 研究者の方はチームワークを基本にしている方が多い印象で、ディスカッションは非常にスムーズでしたね。日頃の研究者としての働き方がそこに反映されているのかな。

佐々木: 芸術家の方は「面白いかどうか」や「興味がある・ない」で判断されるのかな?と、勝手なイメージを持っていたので(笑)始まる前は心配していましたが、実際は我々の話を真摯に聞いてくださって、コミュニケーションも取りやすかったですし、普段一緒に仕事をするエンジニアや研究者と変わらないチームワークで進められました。

堂園: コミュニケーションとしては、まずはお互いの共通する言語を探ることから始めました。僕はこれまで宇宙科学に携わった経験がなかったので、最初は説明を全く理解できませんでした(笑)。ミーティングを重ねる中で、「データ」という一つの共通の言語が見つかってからは、それを介してコミュニケ―ションがとりやすくなりましたね。

兵頭: 「データ」だけでなく、平川さんも堂園さんもプログラムを組める、僕もプログラムが組めることがわかって、「データ」「プログラミング」と、道具や技術という共通言語が見つけられてからはスムーズに進められた印象です。お互いに個性が強い研究者と芸術家との共同作業ですし、美しさなどの感性はそれぞれ違いますが、共通言語があったことで、異分野コラボレーションチームで作品を作り上げられたと思います。

堂園

堂園: 宇宙科学の表現を共有していく中で、今まで自分の中にはなかった発想や芸術の世界ではないやり方など、新しい発見をしたことは面白く、自分の作品作りにも応用できそうだなと感じました。

平川: 芸術の場合は目的や意味が明確になっていなくても制作を始めることがあるので、今回その真反対からのアプローチをしたことは面白かったですね。今回の公開では基礎部分を固めたツールになっていますが、ゆくゆくは研究者の方も使い方がわからないような謎機能も作っていきたいですね(笑)。

全員:(笑)

平川: 数学にも「これいつ使うの?」という数式があると思うんですが、ソフトウェアとしても「これいつ使うの?」という機能は、何かの気付きに繋がるのではないかなと思っています。

公開後はユーザーとのコミュニケーションが始まります!どのような展開を考えられていますか?

ORBITAL ART LABアイコン
古山氏がデザインした「ORBITAL ART LAB」アイコン。軌道シミュレーションアプリを使用して見つけた「イニシャルに見える軌道」を、トレースしてデザインしている。

久保田: このような研究は、公開後どこにどのように広がっていくかが大事だと思っています。もちろん、まずは研究者の方々に論文の執筆や研究に活用してもらえばと思いますが、そこからツールにおける美の役割や、さらに研究者にとって「美しいとはどういうことか?」とということに関する議論が起こったり、何か新しい共同プロジェクトが生まれるきっかけになればいいですね。美しいツールを使うことが、科学系やエンジニアのクリエイティビティを刺激できれば嬉しいです。

尾崎: 我々研究者でいうと、広報活動でも活用シーンがたくさんあると思っています。私が参加するプロジェクト深宇宙探査技術実証機「DESTINY⁺」など、おもしろい軌道はたくさんあります。活用していきたいですね!

<研究者 × 芸術家>分野を超えたコラボレーションについての率直な感想は?

兵頭

兵頭: 宇宙科学と異分野のコラボレーションの可能性を感じました。芸術家の方にとっては、宇宙が「表現する価値があるキャンバス」であるとわかっていただけたと思いますし、一方で我々も異分野の方に協力していただくと、宇宙科学の表現の可能性がこれだけ広がることがわかりました。

久保田: 今回のような、エンジニアやサイエンティストと芸術家との交流が、何か特殊なプロジェクトではなくて、普通に色々な所で起こればいいといつも思っています。異分野と共同することが、個人の嗜好や余芸ではなく、本業の、しかも中核としてやるべき仕事だと思ってくれる方に、今回のプロジェクトが伝わって欲しいと思います。

尾崎: 今回のコラボレーション活動をきっかけに、今後も異分野で活躍する方と色んなことをやっていこうぜ!という流れを作っていきたいですね。

集合写真

関連リンク

コメント

磯部 直樹

磯部 直樹(宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 助教)
ブラックホール天文学を専門として、現在は日本初の赤外線位置天文衛星JASMINEの開発を担当している。電波銀河の中心核から噴出する「ジェット」の研究を行っている。本記事が掲載される「あいさすGATE」の運営にワーキンググループ長として携わり、研究成果や研究者の魅力等の情報発信方法について企画・検討を行っている。

芸術とのコラボレーションの発展版として、天文学一般でも応用できるのではないかと感じました。天文学を簡単に説明すると、天体の写真を撮って、その写真をもとに天体の性質を明らかにする研究です。X線天文学や赤外線天文学など、様々な光の波長で撮った写真が、研究者用のアーカイブとして大量にあります。この写真を上手く活用してアートとして魅力的なモノを生み出せたら、一般の方と研究者が一緒に天体を楽しめる何かが生まれるのでないかなと思いました。