世界最高効率の超薄型ペロブスカイト太陽電池の実現に成功!ペラペラの太陽電池が探査機に搭載される日を目指して
~第56回(2024年春季)応用物理学会講演奨励賞、受賞インタビュー:甚野裕明氏~
2024年9月26日 | あいさすpeople, 表彰・受賞
甚野裕明氏(宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系/助教)が第56回(2024年春季)応用物理学会講演奨励賞を受賞しました。本賞は、応用物理学の発展に貢献しうる優秀な一般講演論文を発表した若手の応用物理学会員へ贈られます。甚野氏は、第71回応用物理学会春季学術講演会で講演された「高変換効率を有するn-i-p構造超薄型ペロブスカイト太陽電池」で本賞を受賞しました。
本インタビューでは、受賞した研究内容や超薄型ペロブスカイト太陽電池の宇宙での応用について、詳しくお伺いしました!
この度は、「応用物理学会講演奨励賞」の受賞、おめでとうございます!受賞の感想や講演での様子を教えてください。
ありがとうございます!応用物理学会は学生の頃から参加していて、「いつか賞を取れたらな」と思っていたので、今回賞を取ることができて大変嬉しかったです。私の講演には、企業の方から大学の研究者に至るまで、様々な方が来てくれました。質疑応答の時間には、超薄型ペロブスカイト太陽電池が宇宙でどのように使えるのかといった、ポジティブな意見や質問も多くいただき、大変有意義な時間となりました。
今回受賞した「高変換効率を有するn-i-p構造超薄型ペロブスカイト太陽電池」について、教えてください。
ペロブスカイト太陽電池は、2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力教授らによって発見された、次世代の太陽電池です。ペロブスカイト太陽電池は薄膜でも十分に光を吸収できるため、基板を除いて1㎛ほどの厚みに作製することができます。材料をフィルムなどに塗布・印刷できるほど、薄くて、軽くて、柔軟であるため、今まで太陽電池の設置が難しかった場所への導入が期待され、大変注目されています。
ペロブスカイト太陽電池は、他の太陽電池と比べて製造するときの温度を低くできるという利点がありますが、より高い変換効率を出すためには、150~180℃程度の高い熱をかけるプロセスが必要です。しかし、現在超薄型ペロブスカイト太陽電池を作製する際に主に使われている基板は、プラスチック製で耐熱性が低く、高温を当てることができませんでした。
今回の研究では、基板の材料を選定して高温プロセスに耐えることができるプラスチック基板を作ることに成功したので、プロセス温度150℃で超薄型ペロブスカイト太陽電池を作製し、従来の変換効率17%から18.2%まで向上させることができました。これは、5㎛以下の超薄型太陽電池では世界最高の変換効率です。
タイトルにある「n-i-p構造」とは、どのようなものでしょうか?
太陽電池は、p型半導体とn型半導体の層が重なったダイオードの構造をしています。超薄型ペロブスカイト太陽電池は、基板の上に、「p型の層-ペロブスカイトの層-n型の層」の順に成膜して製造される「p-i-n構造」が主流でした。ペロブスカイトの層に光が当たると、プラスの電気がp型の層へ、マイナスの電気がn型の層へ引き寄せられ、電極に移動することで発電します。p型に広く使われている材料は、親水性が高いため、水と相性が悪いペロブスカイトをp型材料上に作るのは好ましくないとされていましたが、低温作製可能で扱いやすいことから、この構造がとられていました。
今回の研究では、前述の新しいプラスチック基板を作製できたことで、150度の高温プロセスを用いたn構造上にペロブスカイトの膜を作ることができたため、「n型の層-ペロブスカイトの層ーp型の層」の構造(n-i-p構造)で高効率化できました。
この「超薄型ペロブスカイト太陽電池」は、どのように宇宙で応用されるのでしょうか?
私たちは、木星や土星等の、より遠くに向かう探査機に、この超薄型ペロブスカイト太陽電池を搭載することを目指しています。例えば、「探査機」を思い浮かべるとき、四角くて硬い板の太陽電池パネルが付いた宇宙機を想像する方が多いと思いますが、私たちが現在構想しているのは、太陽電池パネルをくしゃくしゃに丸めて探査機に収納した状態でロケットに載せて、宇宙に到達してからフワッと展開されるものです。
本日お持ちした超薄型ペロブスカイト太陽電池を搭載した探査機のイメージ模型(右の写真上)をもとにお話しします。真ん中の筐体から広がる太陽電池パネルの中の、左右に5つずつある黒い四角の部分がペロブスカイト太陽電池です。この模型の太陽電池パネルの外枠には形状記憶合金を使用して、丸めた後でも熱をかければまっすぐに戻るように作製しました。例えばこのような形で、打ち上がるまでは外枠も太陽電池も小さく収納できるものをイメージしています。
太陽電池は面積が広ければ広いほど電力を得ることができるので、超薄型ペロブスカイト太陽電池の宇宙利用が実現したら、宇宙探査の領域を大きく広げることができると思います!
今までの太陽電池と大きく変わりますね!いつ頃の実現を予定していますか?
探査機に搭載するためには「絶対に使える、壊れないデバイス」でなければならないため、細かく段階を踏んで、知見を蓄える必要があります。まず初めの段階は、観測ロケットで打ち上げて実証実験を成功させることです。これについてはこの数年の間に実現したいと考えています!最終的な探査プロジェクトとなるともう少し先で、5~10年後に実現できていたらと思っています。
現在目指している計画が達成された次には、どのような構想がありますか?
先ほどお伝えした構想は、大きな面の超薄型太陽電池を宇宙で展開するというものですが、次の段階では、3次元形状にする構想があります。例えば、超薄型の太陽電池のフィルムとフィルムを貼り合わせて、組み合わせた棒に取り付けて、折りたたんだ状態で打上げた後、宇宙で空気を入れてガス圧で膨らませてドーム状にするようなものなどがあります。
宇宙利用にあたって、解決すべき課題はありますか?
ペロブスカイト太陽電池は、薄くて軽くて曲げ耐性に強いといった利点以外にも、宇宙空間における放射線への耐性が強いことや、地上ではペロブスカイトの劣化の原因となる大気や水分が宇宙にはないことなど、宇宙と相性が良い点がたくさんあります。一方で、宇宙での実用化に向けて解決すべき課題もたくさんあります。例えば、耐熱性と安定性です。ペロブスカイト太陽電池は高熱に弱いですし、安定性についてもまだ統一的な見解が出ていません。
実は、ペロブスカイト太陽電池は、その利点も弱点もたくさんわかってきていますが、「なぜ」そのような特性が出るのか、明らかになっていないことが多いです。課題を解消するには、その物性を明らかにすることや学術的な知見を溜めることが必要です。現在私は、宇宙特有の環境におけるデバイスの評価にも取り組んでいます。放射線や真空といった、宇宙では最低限クリアしなければならない特性について、安定性を改善するために、物性の解明を進めています。
ところで、宇宙研(宇宙科学研究所)には、どのような経緯で?
宇宙研に来る2023年4月より以前は、人の肌に張り付けることができる超薄型デバイス等の、太陽電池や太陽電池を基軸とした電源内蔵型のフレキシブルエレクトロニクスの研究に取り組んでいました。学生の頃から、新しいデバイスやマニアックな材料を扱うことに興味があって、中でも超薄型デバイスの新しい可能性に魅せられて、その道に進みました。宇宙研は、宇宙が大好きで長く研究をされてきている方が多いので、私は少し珍しいタイプだと思います。私自身も、宇宙は趣味としてずっと好きで、大学時代は地文研究会天文部に所属していました。学生当時、宇宙研の研究室に見学に来たこともありましたが、進路を決める時には、自分のやりたかった超薄型デバイスと硬いイメージの宇宙機が結びついていないように感じて、「まだ宇宙は自分の興味を完全に活かせる場ではないな」と思いました。
その後、「薄膜材料の分野では、だれにも負けないぞ!」と自信と経験を積んだタイミングで、地文研究会時代の友人から、宇宙研で宇宙機用の半導体デバイスの研究者の公募が出ていると教えてもらいました。「今の自分の研究が宇宙で活かせたら、何か全く新しいものができるのでは!?」と思い、宇宙の世界に飛び込みました。ちょうど自分のやりたいことと好きなことがマッチした瞬間でしたね。
現在は、宇宙研という最高にエキサイティングな環境で、楽しく研究をさせてもらっています。
最後に、メッセージをお願いします!
宇宙研では、宇宙探査の領域を広げたいという思いのもと、日々たくさんの研究開発が行われています。その中でも、超薄型太陽電池はキー技術の1つになり得るものであると、私は考えています。薄くて巨大な太陽電池の膜を広げる探査機が出来上がり、より遠くの宇宙に私たちを導いてくれる日を夢見て、これからも開発を進めます。近い将来、全く新しい太陽電池を搭載した宇宙機を皆さんにお見せすることができると思いますので、まずは数年後には実現しているだろう宇宙での実証実験に期待してください!
本日は、素敵なお話をありがとうございました。超薄型ペロブスカイト太陽電池が搭載された探査機を楽しみに待っています!