X線のエネルギースペクトル解析と時系列解析の同時解析で、ブラックホール連星から宇宙の起源に迫る!
〜総合研究大学院大学 物理科学研究科長賞受賞インタビュー:大間々知輝氏〜

総合研究大学院大学 博士課程3年(2024年3月修了)の大間々知輝(おおまま ともき)氏が、総合研究大学院大学 物理科学研究科長賞を受賞しました。
今後も更なる活躍が期待される大間々知輝氏に、対面インタビューにて、受賞対象となった研究の概要や受賞の感想を伺いました。

大間々知輝氏

受賞対象となった「状態空間モデルを用いたブラックホール連星MAXI J1820+070のX線スペクトル・タイミング同時解析」とは、どのような研究でしょうか?

まず、ブラックホール連星というのは、ブラックホールがあって、それと太陽のような恒星の2つの天体が近くにありお互いの周りを公転している系のことです。ブラックホールは重力が強いので、恒星のガスがブラックホールの周りを回転しながら降着円盤と呼ばれる円盤を形成して落ちていきます。ブラックホール自体は光を放射しませんが、降着円盤やその他の様々な構造体が放射しているため、X線帯域で観測することができ、この情報から周辺の構造を推定していこうとしています。
なぜ周辺構造を調べるかと言えば、ブラックホールは重力が強いため、周辺構造はアインシュタインによって提唱された一般相対性理論(一般相対論)の影響を受けていると考えられていますが、その一般相対論の影響の与え方はブラックホール周辺の構造に依存しています。つまり、周辺の構造を何かしらの方法を使って推定してゆくことが重要になるので、それをX線帯域で追っています。

では、なぜX線かと言うと、ブラックホール周辺は非常に高いエネルギーを持っていてX線という高いエネルギー帯域の放射が見られるため、X線を観測することによりブラックホール近傍の周辺構造を調べることができるからです。
もう少しお話しますと、X線には、いつ検出器に届いたのかといった時刻の情報と、その検出したX線がどのくらいのエネルギーを持っているのかといったエネルギーの情報があります。主にこの2つの情報について、上手く整形等をしてデータとして扱っていきます。ところが、これまでは時刻とエネルギーを独立した別々のデータとして扱っていました。これに起因した問題が2つあります。1つは、観測対象のX線帯域の明るさが時間経過によりどのように変化してゆくかという時間変動の解析において、エネルギー情報を用いたブラックホールの周辺構造を構成する物理成分への分解ができないことです。一方エネルギー情報だけを見ると、エネルギー帯域毎の変動の違いは見えても、物理成分ごとの時間変動は見えないことです。
ということで、本研究では、まず時間とエネルギーを同時に扱う枠組みを考え、その次に観測結果から物理成分の変動自体を推定するようなアプローチを考えて博士論文をまとめました。

ブラックホール連星
ブラックホール連星のイメージ図。こういう画像の取得は現在の技術ではできない。

この研究の魅力は何でしょうか。

これまでは、天文学者がこういった描像があると想像して、その描像と観測データを照らし合わせて矛盾がないことを確認するようなアプローチが主流でしたが、今回の研究はそこを出発点にデータ解析から埋もれていた情報を抽出し、そこから描像を考察するという、いわゆるデータドリブンなアプローチで行ったという点が魅力だと考えています。

ブラックホールの研究が進むと、どのようなことが明らかになるのでしょうか。

今回扱ったブラックホール連星は銀河系内に沢山あるものの一つでしたが、以前EHT(Event Horizon Telescope、世界的な協力でミリ波・サブミリ波VLBI観測網を構築し、ブラックホールシャドウの撮像を目指す国際プロジェクト)により撮像されたブラックホールは、銀河の中心にあるものでした。それは超巨大なブラックホールで宇宙全体に影響を与えているだろうと考えられていて、銀河の中心のブラックホールの周辺にも、降着円盤と似たような構造があることが予想されています。そうすると、今回のブラックホール連星の研究から、銀河の中心にあるブラックホールの周辺構造にも適用・推論ができて、さらに宇宙の起源などに話が繋がっていくのではないかと思っています。

この研究で一番苦労したことは、データの取得なども含めて何でしょうか?

大間々氏 インタビューの様子

データに関しては一般に公開されているので取得できますが、今回のような統計モデルを用いた研究は、天文学の分野ではあまり行われていません。そのため様々な資料を読み漁りながら、様々な側面からトライアンドエラーの繰り返しの結果が本研究の成果に繋がりました。暗闇の中を歩くように手探りで進めていって、光がありそうだけどそれが本当に光なのかすらわからないといった苦労はありました。
また今回の研究では統計モデルを使っているのですが、統計モデルは確率的に値が得られるものなので、確率を上手く扱う必要があります。従来のプログラミングは確定したデータを処理することは得意なのですが、確率的に得られるデータを扱うには、それを拡張して確率を扱えるようにした確率的プログラミング言語を駆使する必要があります。これを習得するためには従来のプログラミングの知識に加えて、統計学や数学的な知識を総動員して習得する必要がありました。しかしながら、比較的新しい概念であるということから、資料も少なかったので、ソフトウェアのマニュアルやチュートリアルなどを読み漁って適用していったので、その点が結構大変でした。

受賞した際の気持ちをお聞かせください。

論文が完成して、これが博士論文として受理されましたという段階まではある程度上手いくだろうと思っていたのですが、そこからどれだけ評価されるのかは正直分かりませんでした。しかし今回の受賞によって、よい研究をしているという確証を得られたことは、自分の中で「間違っていなかったんだ」、「他人から見て面白い研究をやっていたんだ」という安心感に繋がりました。

世の中にはデータがどんどん溢れてきているので、それを処理する人がこれから花形となるのではないでしょうか。

そうですね。データサイエンティストは人手不足と言われていて、それは5年以上前から言われていると思うのですが、現在も足りない状況のようです。それは、得られるデータの量が増え続けているためで、今後益々こういった職業やスキルが必要になってくるのではないかと思います。

今後の目標や展望を教えてください!

今後は、民間企業で社会データを扱っていきます。全然違うデータのように見えるかもしれませんが、実はデータとして見た時に、ランダム性やデータの属性などに類似性があったりします。今回は物理という自然科学を調べる研究でしたが、今後は例えば人文・社会科学の観点で、データを用いて商品を作り、より人々が便利に幸せになるようなものを作っていくことができれば、私がデータ解析で培った力を社会に還元することができるのですごくワクワクしています。

最後に、ブラックホールの研究をもっと深めたいという思いはありますか?

そうですね。多分、仕事でデータを解析しながら、「この手法はブラックホールで使えそう」と思い、もしかしたら週末などにブラックホールのデータを触っているかもしれません。勝手な願いですが、将来また宇宙研に帰ってきて、そこで様々なところで得た知識を天文学に還元できるようなことを、自分の理想の人生として考えています。そのためには、他の分野に出ていろいろな刺激を受けて多様なスキルや知見を得ることで、自分の視野をもっと広げていきたいと考えています。

大間々氏 インタビューの様子2

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