今こそ、月へ!将来の月面活動に繋がるシナリオとは?
~第一級の月面科学を実現するためのシナリオと実現性の検討:佐伯孝尚氏、森治氏、吉光徹雄氏、田中智氏、磯部直樹氏~

日本も参加するアルテミス計画が本格始動した今、世界各国で月面探査活動が進められています。
このタイミングで、JAXAは小型月着陸実証機「SLIM」の2023年度中の打上げで、初めての月面着陸技術を実証しようとしています。
「SLIM」の打上げ後、そして将来の本格的な月面利用やその先の宇宙開発において日本が主導的立場で活動していくために、どのような科学を行い、成果をあげる必要があるのか、JAXAでは様々な部署で月面探査の検討が進められています。
本記事では、2021年JAXA国際宇宙探査センターが募集した、「月面での科学研究・技術実証ミッションに関するフィジビリティスタディ(FS)テーマ※」に選出され、「第一級の月面科学を実現するためのシナリオと実現性の検討」というテーマで、1年間検討を進めてきたチームを代表して、佐伯孝尚氏、森治氏、吉光徹雄氏、田中智氏、磯部直樹氏に、宇宙科学の立場から検討している今後の月探査計画について、お話を伺いました。

*「月面での科学研究・技術実証ミッションに関するフィジビリティスタディテーマ」
内閣府に設置されている宇宙政策委員会において提言された「月面活動の機会を活用して、新たな知の創造につながる世界的な科学成果を創出する」という目標に基づいている。日本が取り組むべき第一級の成果をもたらす月面での宇宙科学探査として3つの科学テーマ(月面の3科学)、「月面からの天体観測(月面天文台)」、「重要な科学的知見をもたらす月サンプルの選別・採取・地球帰還」、「月震計ネットワークによる月内部構造の把握」が設定され、JAXA国際宇宙探査センターを中心に検討が進められてきた。その一環として、月面に向けたフライト機会の有効活用が見込める科学研究あるいは技術実証ミッションのアイデアが2021年7月から募集された。選定された提案はフィジビリティスタディ期間として、最大1年間実現性の検討を行い、実施の価値および実現性が十分と判断された場合には、実現に向け次のステップへ進む。

磯部直樹氏、吉光徹雄氏、森治氏、佐伯孝尚氏
左から、磯部直樹氏、吉光徹雄氏、森治氏、佐伯孝尚氏
佐伯 孝尚

佐伯 孝尚(宇宙科学研究所 学際科学研究系 教授)
小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトにてプロジェクトエンジニアを務めるなど、宇宙機のシステム開発に携わる。現在は、本フィジビリティスタディでの検討だけでなく、「はやぶさ」「はやぶさ2」を継承する「次世代小天体サンプルリターン探査計画」について、2030年代の打上げを目指して検討を行っている。

森 治

森 治(宇宙科学研究所 学際科学研究系 教授)
世界初のソーラーセイルの実証実験を行った小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」でプロジェクトマネージャーを務めた。また小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」では化学推進を担当した。外惑星領域探査に関する研究、開発を行っている。

吉光 徹雄

吉光 徹雄(宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 教授)
小惑星探査機「はやぶさ」搭載の小惑星探査ローバ「MINERVA」、小惑星探査機「はやぶさ2」搭載の小惑星探査ローバ「MINERVA-II」など、宇宙探査ロボットの研究、開発を行う。小型月着陸実証機SLIMにも、国内の大学と共同してLEVという小型の月面探査ローバを開発した。

田中 智

田中 智(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 教授)
月内部を観測する装置「ペネトレータ」の研究開発を始め、月震計の開発、月・地球などの固体惑星の内部構造の研究を行っている。現在は土星衛星タイタン離着陸探査「Dragonfly」に参加し、地震計提供にむけた開発を行っている。

磯部 直樹

磯部 直樹(宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 助教)
ブラックホール天文学を専門として、赤外線天文衛星「SPICA」計画に参加し、今は日本初の赤外線位置天文衛星JASMINEの開発を担当している。電波銀河の中心核から噴出する「ジェット」の研究を行っている。また、本記事が掲載される「あいさすGATE」の運営にワーキンググループ長として携わり、研究成果や研究者の魅力等の情報発信方法について企画・検討を行っている。

「第一級の月面科学を実現するためのシナリオと実現性の検討」というテーマの下、どのような検討を進めてきたのでしょうか。

佐伯孝尚氏
佐伯孝尚氏

佐伯: 2023年度中の打上げを予定している小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトでは、月への高精度着陸技術の実証を予定していますが、我々はこれまで、月周回軌道上での観測のみで、月面着陸での本格的な探査はできていません。そこで、戦略的な視点を持って、月面で実際に科学ミッションを行いながら、将来に繋げられる技術も一緒に獲得しようと我々は検討しています。

森: 科学観測を行うために必要な技術には、月面での活動、例えば有人活動や水資源探査など、今後の本格的な月面進出にもつながる技術が多く含まれ、私たちはそれを「キー技術」と呼んでいます。単に科学成果のみを追求するのではなく、同時に将来の月面での様々な活動に発展させることができるキー技術を獲得しようと検討しています。

それぞれの科学テーマを対象とした提案が募集された中、なぜ月面の3科学を同時に検討されているのでしょうか。

佐伯: ミッションに取り組みながら技術も同時に獲得するには、多角的な視点が必要です。月面の3科学がチームとなることで広い視野を持つ必要があり、それにより効率的に技術を獲得しようと考えています。

森: 新しいプロジェクトの作り方ですね。宇宙研のこれまでのミッションでは、テーマを絞り、1つのテーマを単独ミッションの中で最適化して結果を出してきました。ですが、広い視点で見た時に、技術的に無理をすることで失敗を生んでしまったり、次に繋がる技術として育てられないなどの課題もありました。最初から月面の3科学を同時に扱い、段階を踏んで成果を上げていくことで、月面活動に必要となる幅広い技術を獲得したいと思っています。

では、月面の3科学のそれぞれのテーマでは、どのような検討がされているのか教えてください。

月面からの天体観測(月面天文台)

磯部直樹氏
磯部直樹氏

磯部: 「月面天文台」と聞いたら、どんな天体観測ができると想像しますか? 地球の大気に影響されない月面で、見たことのないものを見る、というのが月面天文台計画のテーマです。地上からの観測では地球の大気に影響され、これまで観測できなかった1-50 MHzぐらいの電波を観測しようとしています。地球からの観測では地球の周りにある大気や人間の活動によって発せられる電波、電離層に邪魔されて、これら電波は地上には届かないのですが、地球の大気の外にある月面、特に月面の裏側では最適な観測環境になるため、月面天文台を設置したいと思っています。この観測により「宇宙の暗黒時代*1」と呼ばれる、宇宙が誕生した初期の様子を知ることができます。

*1 宇宙の暗黒時代 :「宇宙の晴れ上がり」から宇宙の一番星が誕生するまでの時代のこと。ビッグバンで宇宙が誕生してから、約30万年から5億年後の時代を指す。星や銀河のような光を放つ天体がないため観測手段に乏しい。その一方で、宇宙最初期の情報がそのまま保存されていると考えられており、不定性なく宇宙最初期の情報を引き抜くことが出来ると期待されている。

どのような観測方法でしょうか?

磯部: 「月面天文台では、中性水素による波長21 cmの吸収線を手掛かりに、「宇宙の暗黒時代」を探査します。この「宇宙の暗黒時代」のシグナルは、周波数15 MHzを中心とする吸収スペクトルとして観測されると考えられています。これを検出するために、月面に電波干渉計を設置します。電波干渉計とは、複数の電波望遠鏡を遠くに設置し、それぞれのアンテナで受けた電波を干渉させることで、電波がどの方向から来たのか、どのような電波かを測定する技術です。電波望遠鏡というと、大きなパラボラアンテナを想像するかもしれませんが、月面天文台が対象とする 1-50 MHzの観測では、ラジオを聴く際に立てるアンテナと同じように5 m程度のダイポールアンテナアンテナを使用します。地球からの電波が邪魔にならない月面の裏側に複数台のダイポールアンテナを設置して、電波干渉計として動作させることで、「宇宙の暗黒時代」から届く電波のシグナルを読み解こうとしています。

森: アンテナは収納した状態で月に持って行き、ロボット技術を使って月面で伸展します。これまで、無重力環境ではもっと長いものを伸ばした実績もありますが、月は重力天体ですので、5mという長さは新しい挑戦です。現在、民間企業と進める宇宙探査イノベーションハブで、重力環境下で長いアンテナを伸ばす技術の開発をまさに始めようとしています。

世界の状況は?

磯部: 我々は、まずは1台のダイポールアンテナを月面に設置して、月面での電波天文学の観測技術を実証します。将来的には、3-10台のアンテナによる電波干渉計で、「宇宙の暗黒時代」のシグナルをとらえようとしています。アメリカの月面天文台計画「FARSIDE」では、同じ目的のために128基のアンテナを設置する方針です。これに対して、我々はアンテナの数よりも、早く確実に観測を実現することを優先して、検討を進めています。

森: 数では負けているように見えますが、アンテナ間の距離の違いがあります。電波干渉計はアンテナ同士の距離を離せば離すほど解像度を高くできるので、日本はアンテナを自立ユニット化して、距離を離して段階的に3-10基設置する戦略をとります。これに対し、アメリカの計画では多くのアンテナを有線でつないで近い距離に一気に設置します。アメリカと同じ観測を行うのではなく、上手く棲み分けをすることで、互いに補い合えるような観測ができることが大きなメリットだと思っています。

実現に向けた想いを伺えますか?

磯部: これまで蓄積してきた情報や技術を活用して新たな観測、研究もできるだろうと、期待をしています。日本の電波天文学は、国立天文台を中心に、野辺山宇宙電波観測所などで電波の技術発展をしてきており、世界の電波天文学をリードするような存在になっています。国立天文台が持つ電波干渉計の技術と、衛星や探査機の開発に関する豊富な知識と経験をもつ宇宙科学研究所の研究者が協力することで、月面天文台という壮大な計画が実現されると考えています。

重要な科学的知見をもたらす月サンプルの選別・採取・地球帰還

佐伯: 月面サンプルリターンチームの計画は、ピンポイントで狙った場所からサンプルを持ち帰ろうとしています。面白い場所をピンポイントで狙うことで、月の起源や形成に至る進化の過程の解明を目指しています。

吉光徹雄氏
吉光徹雄氏

吉光: 海外ミッションと比較しても、行きたい場所を狙うことが、決定的な違いです。海外ミッションでは、着陸した場所付近で通りやすい場所を通り、いいものがあったら採取する方法です。また、着陸地点の設定は、極域や水があったと思われる場所を狙っていますね。それに対して我々は、月周回衛星「SELENE」を始め、これまでのリモートセンシングによる観測で集められた月面の画像データをもとに、行きたい場所を決めて着陸し、サンプルを採取しようとしています。

どのような場所でのサンプル採取を目指しているのでしょうか。

森: 隕石が衝突してできた衝突盆地、つまり確実にその場から噴き出したとわかる、衝突溶融岩を採ろうとしています。これまでも月のサンプルは、アポロ計画でのサンプルリターンを始め、地球に頻繁に落ちてきた隕石としても見つかっていますが、月面のどの場所のサンプルかは不明でした。確実にその場所から噴き出てきた石、昔からそこにあった石を調べることができれば、過去に起きた衝突やそこで何があったのか、月の起源が解明できる、そういったサイエンスをやろうとしています。

必要な技術とは?

吉光: ピンポイントで狙うとはいえ、火山性の地形は岩が多くゴツゴツしています。着陸機が直接その環境に着陸するのは難しいので、近くの平坦な場所に着陸して、そこから先の厳しい所はローバによる移動が必要です。重力天体表面の行きたい所に移動できる技術ですね。ローバで近づき、 内部から噴き出した岩を採ろうとしています。

森: また、ただ採取をするだけでなく、採取してその場で分析して確実なサンプルを持ち帰ろうと検討しています。例えば「研削」という技術を使い、採取した場所で石を削って磨き、カメラでそのサンプルの様子を捉えることで、「その場分析」を行い、持ち帰るべきものを選別する。これからのサンプルリターンでは、このような技術とセットで検討する必要があると思っています。

吉光: 「その場分析」までは、日本のロケットで打上げ、着陸、ローバ技術で出来るように計画をしています。地球に持って帰る技術については、現状は日本だけでは行えず、アルテミス計画などとの国際調整が必要になりますが、まずは日本独自で一歩を踏み出したいですね。

月震計ネットワークによる月内部構造の把握

田中智氏
田中智氏

田中: 月震計(地震計)を設置して、月で発生している地震を観測することで月の内部構造を明らかにします。地球でも中心に、コア(核)、マントル、地殻があるとわかったことで地震学が発展して災害等に役立ちましたよね。内部構造からは、月の起源や進化、環境を把握することができます。
月はこれまで数多くの研究がされ解明されてきていますが、月に中心核があるかについては、今でも50年前のデータをひっくり返して、議論している状態です。ですが、内部構造の決定には至っておらず、そこに決定打を打っていきたいと考えています。惑星科学は実証科学、証明してなんぼのものですので、そこを着実に抑えていかなければ、日本の惑星科学の発展はない。それをやるのが僕らの仕事、使命だと思っています。

日本の強みである技術は?

田中: これまでの地震計の発展として、世界最高の広帯域かつ高感度の光学干渉式月震計の技術開発をしています。他にも、月探査衛星「LUNAR-A」計画で開発した短周期地震計のテクノロジーはそう簡単には越えられないと自負しています。地下構造探査や小惑星探査をする場合に、非常に小型で感度が非常に高いものになっているので、月だけでなく、今後の内部構造探査という領域で活躍できると思っています。

実現に向けた想いを伺えますか?

田中: 日本が独自で月震計を置くミッションは、宇宙科学研究所で固体惑星、月惑星の研究が始まった1990年以来の一番の研究課題、達成課題です。計画は、私が過去に携わった「LUNAR-A」計画から何度もありましたが、どのミッションもキャンセルとなり実現できませんでした。海外との協力関係の中で保ってきた日本の月震計の開発技術を、今度こそ日本のロケットで打ち上げて、実現したいですね。

ありがとうございます。では、この月面の3科学を同時に扱い、段階を踏んで成果を上げていくとは、どのようなシナリオを検討されているのでしょうか。

森治氏
森治氏

森: 我々のシナリオとしては、1回1科学ではなく、3科学を同時に扱い、それぞれの科学を複数回に分けて進めます。1回目の打上げでは、3科学の最も基礎的な段階の観測を行い、2回目はそれを発展させます。それぞれの科学で成果をあげていくと同時に、1つ1つの技術の難易度を段階的に上げていくことで、高いレベルのキー技術を獲得します。
この複数回に分ける進め方は、多点観測ができるというメリットもあります。特に月面天文台と月震計は観測装置をできるだけ多くの場所に設置したいので、1回目、2回目と進む中で観測装置をその都度設置でき、多点観測ができるようになります。他にもサンプルリターンで必要となる斜面を登り降りするローバ技術は、重力天体での移動を実証するだけでなく観測やものを運ぶ技術としても段階的に発展させていけます。着陸船は何度も打ち上げられるものではない貴重な機会ですので、限られた回数の中で、月面の3科学の観測だけでなくキー技術の実証を行っていくことを目指しています。

月面への輸送機会はどのような検討をされているのでしょうか。

森: 月面への輸送という意味では、我々は月探査促進ミッション「LEAD」の着陸機(「SLIM」の知見を活かして開発され、輸送能力を向上させた着陸機)での打上げ機会の活用を予定しています。ですが、日本独自の打上げ機会だけで全ての観測器を持って月に行くのは難しく、海外との協力関係が必要です。まずは日本独自の輸送機会で基礎的な技術実証を行い、観測システムを完成させることで日本の観測技術を世界に示して、海外の輸送機会への参加に繋げたいと思っています。

佐伯: 輸送だけでなく、サンプルリターンの技術などでも同様です。最初から国際協力を前提に他国に頼るのではなく、対等な国際協力関係となるように、まずは日本に十分な実力があることを世界に示したいですね。

インタビューの様子:森氏(左)と佐伯氏(右)
インタビューの様子:森氏(左)と佐伯氏(右)

日本の強みとは?

佐伯: 日本の強みは、ロケットを持っていて探査機を作る実力があることです。世界的に見ると、全てを一通り単独でできる、数少ない国です。今回検討したシナリオでこれまで出来ていなかった月面での着陸技術やローバ、ロボットアームなどのキー技術が獲得できれば、重力天体での探査技術が増え、月面だけでなく火星や木星衛星でも、日本が他国に影響されず、独自で継続的な探査ができるようになります。

最後に・・・

森: アルテミス計画が本格的に始まろうとしている今、世界的な気運もあり、この数年が非常に重要だと思っています。日本としてはちょうどいいタイミングで「SLIM」の打上げも予定しており、遅ればせながら最初の一手を踏めますね。まずは「SLIM」の成功が求められますが、続いて今回のシナリオを実現できれば、科学成果としても、探査技術としても、日本は一気に世界の先頭とまでは言えずとも、先頭集団に入れると思います。

吉光: ですが、単純にタイミングが良いわけでもありません。というのも、月着陸探査やローバでのミッションも、20年前から構想がありました。「SELENE」は元々着陸ミッションが入っていましたが実現はせず、そこから「SELENE-B」、「SELENE-2」、「SELENE-R」と月着陸探査が計画されましたが結局どれも実現せず、我々は失われた20年を過ごしました。月震計も同様です。今度こそ、このチャンスを逃したくないという所まで来ています。

佐伯: この一年でいい議論や検討ができたと思います。他国が何度もトライして獲得した技術を、数回で獲得しようとしているかなり野心的なシナリオですが、アイディアレベルに留まることなく、このタイミングで実現したいです。どのような素晴らしい計画でも、実現しなければ「絵に描いた餅」に終わり、国際的に取り残されてしまいます。まずは一歩目のミッションを実現できるように、具体的な検討を進めていきたいと思います。

インタビューの様子
インタビューの様子

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