AIは月にうさぎを”見るか”、なぜ人類は月にうさぎを”見たか”

庄司 大悟・宇宙科学研究所 月惑星探査データ解析グループ(JLPEDA)

アジア各国では月に「うさぎ」がいると考える文化があります。一方ヨーロッパでは、月の模様は「人」もしくは「人の顔」と見なされることが多いようです。この研究では、人工知能(AI)は月の模様をどう見るかについてテストを行いました。月の見え方は時刻や季節、緯度によって変化します。今回は、昔の人々も夜の早い時間帯(午後8時ごろ)によく月を見ていたと仮定しました。はじめに、CLIP*1というAIを用いて、異なる緯度で観測される月の模様が「うさぎ」と「顔」のどちらに似ているか判定しました。その結果、低緯度の月の模様ほど「うさぎ」に、高緯度の模様ほど「顔」に見える傾向がありました。これは「月のうさぎ」の文化がインドや中国といった低緯度地域に、「顔」の文化がヨーロッパなどの高緯度地域に発生したことと整合的です。次に、1000種類の物体を分類できるように訓練された7種類のAIモデル*2を使って、向きやコントラストの異なる月の模様が1000種類の物体のうち何に見えるかをテストしました。月の模様が「うさぎ」であるとする確率は非常に低く、基本的に月の模様はうさぎとみなされませんでした。しかし、一部の画像では、CLIPとConvNeXt*3というAIモデルが、1000種類中上位10種類の物体と同程度で月をうさぎと判断しました。人間も月にうさぎを見たのは、最初は少数の人だけだったのかもしれません。しかしAIと異なり、人間はコミュニケーションによって認識の伝達と変更が可能です。「月のうさぎ」は人々のコミュニケーションを通じて広まっていったのかもしれません。

研究概要

図1
図1:月とうさぎが結びついた理由。月の海の模様がうさぎの形状と似ているからという考えと、共通の習性(定期的に現れるという習性)によって、両者が共に豊穣のシンボルとなったためという考えが挙げられている。

日本を含め、アジアの国々では月に「うさぎ」がいると考える文化があります。この文化の起源は古く、約2500年前のインドの文献には、すでに「月にうさぎがいる」という記述が見られます。一方、ヨーロッパなどの地域では、月の模様が「人」もしくは「人の顔」であるという文化が見られ、1-2世紀を生きたギリシャの哲学者プルタルコスも「月の顔」についての記述を残しています。一般的に月とうさぎや顔が結びつくのは、月面の模様がうさぎや顔に似ているためと言われます。一方、文化人類学では、月の満ち欠けとうさぎの繁殖性の高さにより、両者が共に豊穣のシンボルになったためという説明がなされています。模様による結びつきは「形状」の類似、シンボルによる結びつきは「習性(動きのパターン)」や「機能(与える印象)」の類似と言えます。私の研究では前者を「静的類似性」、後者を「動的類似性」と名付けました(図1)。

図2
図2:1月と7月の異なる緯度と時刻における月の見え方。月のうさぎに関する最古の文献が編纂された時期である紀元前500年に合わせ、Stellariumを用いて作成。Image Credit: NASA/JPL.

動きや機能が重要な要素ならば、月の模様とうさぎの形は似ていないのでしょうか。人間には元々の文化的バイアスがあるため、月の模様とうさぎの形状の類似度を見積もるのは簡単ではありません。そこで私の研究では、AI(人工知能)による分類を試みました。月の見え方は、時刻や季節、見る場所の緯度によって変化します(図2)。これは、月を見る私たちの視線の向きが変化するためです。今回、異なる緯度で見たときの月の模様の向きが、「うさぎ」と「顔」のどちらに見えるかをCLIP*1というAIに判断させ、月の模様がどう見えるかということと緯度との関係について考察しました。前述したように、月の見え方は時間や季節によっても変化します(図2)。今回は昔(紀元前500年頃)の人々も、今と同じように夜の早い時間帯(午後8時)によく月を見ていたと仮定しました。また、うさぎの耳にあたる部分が低緯度地域で直立する1月の向きを使いました(図2)。海の領域やコントラストの異なる様々な画像(図3)でテストしたところ、低い緯度で観察される月の模様ほど「うさぎ」に、高い緯度での見え方ほど「顔」に見える傾向があることが分かりました(図4)。これは「月のうさぎ」に関する古い記録がインドや中国に、「月面に顔が見える」という古い記録がヨーロッパに存在していることと整合的です。また、AIが月の模様を判断する際、模様の中心部分に注目する傾向があることが分かりました(図4)。

図3
図3:テストに用いた月の模様の画像。模様のパターンのみの影響を見るため(色の影響をのぞくため)、海領域やコントラストを変化させた白黒画像を使用。これらを1月の午後8時における各緯度の向き(図2参照)に回転させテストを実行。
図4
図4 : 異なる緯度における紀元前500年1月の午後8時での月の見え方と、CLIPによって判定された「うさぎ(rabbit)」と「顔(face)」の確率。色は確率が高い方を選んだ際にどこに注目したかを示しており、赤い領域ほど注目されている。月の向きはStellariumで計算された向きを参考に回転。色の図はCheferらによるコードを使用して作成(https://github.com/hila-chefer/Transformer-MM-Explainability/blob/main/CLIP_explainability.ipynb)。

次に、1000種類の物体を分類できるように訓練された公開データを用いて、月の模様がAIには何に見えるかを判定させてみました。前のテストでCLIPが「うさぎ」と判定した画像を、7種類のAIモデル*2で試したところ、月の模様を「うさぎ」とみなす確率は、1000種類の中から選ばれた上位10種類の物体の確率と比べて非常に低く、基本的に月の模様はうさぎとみなされませんでした。しかし一部の画像では、CLIP とConvNeXt*3というAIが上位10種類に匹敵する確率で月をうさぎと判断しました(図5)。

図5
図5: CLIP(左)とConvNeXt(右)によって、比較的高い確率で「うさぎ」とみなされた月の画像と、1,000種類のうち選ばれた上位10種類の物体およびその確率。各表の下にある「Rabbit」は月の画像を「うさぎ」とみなした確率。1,000種類のカテゴリーはImageNet-1K*4で分類されたもの。「うさぎ」の確率はImageNet-1Kに含まれている「Angora」「hare」「wood_rabbit」という3種類のうさぎの確率を合計して計算。

最新のAIであっても、月の模様のようなおぼろげなパターンの分類結果は、モデルによって変化するようです。人間も月の模様をうさぎとみなしたのは、最初は一部の人だけだったのかもしれません。しかしAIと異なり、人間はコミュニケーションによって認識の伝達と変更が可能です。AIでいえば、自分とは異なるモデルの結果を参考にして再学習を行うような感じでしょうか。仮に最初は少数でも、月のうさぎはコミュニケーションを通じて広まっていったのでしょう。もちろん、文化人類学で言われているような両者の習性や機能、また他の要素(仏教の伝播など)も文化の形成には重要です。将来AIは形状ではなく、動きや機能による分類が可能となるのでしょうか(AIはシンボルを作れるのでしょうか)。またこの先、人類が月に進出した際、我々は月に何を見るのでしょうか。これらの点はさらなる考察が必要です。

用語解説

  • *1 CLIP:OpenAIによって2021年に開発されたAIモデル。訓練に使われていない種類の物体(クラス)を指定しても画像の判定ができるのが特徴となっている。
  • *2 7種類のAIモデル:Resnet 50, ViT, BiT, SWSL, ConvNeXt, Noisy Student, CLIP の7種類を使用。訓練済みのデータが公開されており、誰もが使用できるようになっている。
  • *3 ConvNeXt:2022年にMeta社のLiuらによって発表されたAIモデル。Resnetという従来からあるモデルをベースとして様々な改良が施され、高い精度での分類が可能となっている。
  • *4 ImageNet:人工知能の物体認識のために準備された大規模画像セット。1000種類の物体に分類されたImageNet-1Kと、およそ21,000種類に分類されたImageNet-21K(22Kと表記されることもある)がある。

論文情報

雑誌名 AI & Society
論文タイトル Classification of the lunar surface pattern by AI architectures: does AI see a rabbit in the Moon?
DOI https://doi.org/10.1007/s00146-024-02145-1
発行日 2024年12月12日
著者 SHOJI Daigo
ISAS or
JAXA所属者
庄司大悟(ISAS月惑星探査データ解析グループ)

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執筆者

庄司 大悟

庄司 大悟(SHOJI Daigo)
ドイツ航空宇宙センター(DLR)惑星科学研究所、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)を経て、JAXA宇宙科学研究所研究員。