生命の材料をもたらした小惑星の9億kmにも及ぶ長旅 -アンモニア含有鉱物を手がかりに太陽系形成史を解読-

臼井 文彦・宇宙科学研究所 宇宙科学プログラム室

小惑星リュウグウに代表されるC型小惑星は地球の水や有機物の起源と考えられています。本研究では、赤外線天文衛星「あかり」の観測データを詳細に解析することで、観測されたC型小惑星の約半数の表面にアンモニア含水鉱物(アンモニアを含む層状珪酸塩鉱物)の存在を発見しました。このような鉱物は地上で採取される炭素質コンドライト隕石の中には発見されておらず、小惑星においてもその存在が確実視されていたのは探査機が訪れて直接確認したケレス(1 Ceres)1例のみでした。

さらにアンモニア含水鉱物の形成条件を明らかにするために、本研究では理論計算を行いました。その結果、このような鉱物は小惑星がアンモニアの氷とドライアイスを含む条件下で誕生した場合にのみ生じることを突き止めました。これらの物質は現在の太陽系では土星軌道以遠に相当する、マイナス190℃以下の極寒の環境でのみ安定に存在するものです。本研究の結果から、小惑星は小惑星帯からはるか遠方で誕生した後に9億kmにも及ぶ大移動をしてきたことが示唆されます。

研究概要

図1 太陽系の小惑星帯のイメージ図 (Credit: NASA/JPL-Caltech)

火星と木星の間に広がる小惑星帯*1(図1)に数多く存在している小惑星は、惑星が形成された初期太陽系の生き残りであり、太陽系の歴史を記録しています。その中でもC型小惑星*2は、水や有機物を含む隕石(炭素質コンドライト隕石)に近い組成を持っており、地球の大気や海、生命の材料物質の起源と考えられています。このC型小惑星の性質を調べるため、本研究では日本の赤外線天文衛星「あかり」*3が取得した小惑星の近赤外線分光データ*4を用いました。このデータから、C型小惑星19天体と、C型小惑星より始原的なD型小惑星2天体を抜粋して、それらを詳細に解析しました。その結果、これらの小惑星の約半数において、その表面にアンモニア含水鉱物(アンモニアを含む層状珪酸塩鉱物*5)の存在が確認されました(図2)。これまで地上の天文台からは地球大気の影響によって正確なデータがほとんど得られていませんでした。「あかり」によって宇宙空間からの観測が実現したことで、アンモニア含水鉱物のシグナルを捉えることに初めて成功したのです。

図2 (a) アンモニアを含む層状珪酸塩鉱物の存在を示す3.1μm吸収深さ(横軸)。黒:「あかり」が観測した小惑星。橙:C型小惑星に由来する隕石。青:アンモニア氷を含む初期組成についての理論計算結果(数字は水と岩石の比率で図3bの横軸に対応)。(b) 黒線:3.1μm吸収を示す小惑星の反射率。青線:理論計算で得られたアンモニア含有層状珪酸塩を含む鉱物組み合わせの反射率。紫線:理論計算で得られた水氷に覆われた小惑星の反射率。主要な3種類の吸収フィーチャーの現れる箇所を色のついた帯で示す。赤(2.7μm付近):含水鉱物、青(3.1μm付近):アンモニア含水層状珪酸塩鉱物または水氷、緑(3.4μm付近および4.0μm付近):炭酸塩鉱物。(Credit: Kurokawa et al. 2022 AGU Advancesから改変)

さらに本研究では、アンモニア含水鉱物がどのような環境で形成されたのかを調べるため、小惑星の内部における水と岩石の化学反応の理論計算を行いました。小惑星を構成する水と岩石の割合や温度、圧力といった条件を変えながら検討を進めた結果、小惑星がアンモニアの氷とドライアイスを含んで誕生した場合にのみ、発見された鉱物が生じることを突き止めました(図3)。また、水が豊富な外層と岩石を主成分とする内核に分化した小惑星の、外層部分においてのみアンモニア含水鉱物が形成されることもわかりました(図4)。

図3 水と岩石の化学反応の理論計算で得られた鉱物組成。(a) 初期組成が水と岩石のみの場合。どのような比率であってもアンモニアを含む層状珪酸塩鉱物は生成されない。(b) 水にアンモニアの氷とドライアイスを含む場合。水と岩石の比率(質量比)が高く、すなわち水の割合が大きくなると、アンモニアを含む層状珪酸塩鉱物(水色の点線)が生成される。(Credit: Kurokawa et al. 2022 AGU Advancesから改変)

アンモニアの氷やドライアイスは、現在の太陽系では土星軌道以遠に相当するマイナス190℃以下の極寒の環境でのみ安定な物質であるため、この結果は、C型小惑星が極寒の環境で誕生した後に木星や土星といった巨大惑星の重力の影響によって現在の小惑星帯の位置まで約9億kmの大移動をしてきたことを示唆しています。隕石は天体衝突によって小惑星が破壊された破片が地球に飛来したものですが、氷に富んだ外層の物質は地上に到達することなく四散してしまうため、アンモニア含水鉱物は地上で採取される隕石からは発見されないと考えられます(図4)。

図4 本研究から導かれたC型小惑星の形成進化史。(Credit: Kurokawa et al. 2022 AGU Advancesから改変)

2020年12月に日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウ*6の試料を地球に持ち帰り、世界中でその試料の分析が進んでいます。また、米国の小惑星探査機「オシリス・レックス」*7も小惑星ベンヌ(101955 Bennu)の試料を2023年に持ち帰る予定です。これらの試料からアンモニアを含む塩や鉱物が発見されれば、本研究の結論をさらに裏付けるものとなると期待されます。このような小惑星探査と、本研究のような小惑星帯の網羅的な研究とは相補的な意味があり、両者を組み合わせることで太陽系に関する研究がさらに進展します。本研究でアンモニア含水鉱物の存在が明らかとなった小惑星は、そうした将来の太陽系探査の有望な候補だと考えています。

用語解説

  • *1 小惑星帯 : 火星と木星の公転軌道の間に存在する、小惑星が多数存在する領域。現在までに100万個以上の小惑星が発見されている。
  • *2 C型小惑星 : 分光観測にもとづく小惑星の分類の1つ。水や有機物を含むと考えられている。小惑星帯でも比較的外側に多く分布しており、太陽系初期の情報を保持していると考えられている。さらに始原的な天体としてD型小惑星があり、これは太陽系外縁部からやってくる彗星の核に近い天体と考えられている。
  • *3 赤外線天文衛星「あかり」 : JAXAが中心となり推進された赤外線天文衛星。2006年2月打ち上げ、2011年11月に運用を終了した。
  • *4 近赤外線分光データ : ある天体を構成している物質の成分を調べるために用いる手法で、その天体から発せられる光の強さの波長ごとの分布(スペクトル)を調べる分光観測により得られたデータである。近赤外線の波長域には、さまざまな分子・氷・鉱物の特徴的なスペクトルが現れることが知られており、特に小惑星については、入射する光(太陽光)に対してどのくらいの割合の光を反射するかという反射スペクトルを観測する。
  • *5 層状珪酸塩鉱物 : 層状構造を持つ珪酸塩鉱物で、層間に水やアンモニアなどを含むことができる。
  • *6 小惑星リュウグウ : 地球に近い軌道を公転するC型小惑星の1つ(162173 Ryugu)。小惑星探査機「はやぶさ2」が探査し、その試料を持ち帰った。
  • *7 小惑星探査機「オシリス・レックス」 : Origins, Spectral Interpretation, Resource Identification, Security, Regolith Explorer (OSIRIS-REx)。米国が2016年に打ち上げた小惑星探査機。2018年に小惑星ベンヌ(101955 Bennu)に到着して詳細観測を行った上で、2020年に表面試料の採取を行った。2023年に地球帰還予定。

論文情報

雑誌名 AGU Advances
論文タイトル Distant formation and differentiation of outer main belt asteroids and carbonaceous chondrite parent bodies
DOI https://doi.org/10.1029/2021AV000568
発行日 2022年1月26日
著者 Hiroyuki Kurokawa, Takazo Shibuya, Yasuhito Sekine, Behtany L. Ehlmann, Fumihiko Usui, Sekiko Kikuchi, Masahiro Yoda
ISAS or
JAXA所属者
USUI Fumihiko (宇宙科学研究所 / 神戸大学)

関連リンク

執筆者

臼井 文彦(USUI Fumihiko)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(理学)。JAXA宇宙科学研究本部 招聘職員 (研究員)、株式会社スペースサービス 派遣社員、東京大学大学院理学系研究科 特任研究員、神戸大学大学院理学研究科惑星科学研究センター 特命助教を経て、2020年8月よりJAXA宇宙科学研究所宇宙科学プログラム室 主任研究開発員。現在は位置天文観測衛星JASMINEに従事。小惑星「24984 Usui (1998 KQ42)」命名(2014年)。