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No.262 |
第4章 「ようこう」の科学成果ISASニュース 2003.1 No.262 |
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4.5 S字マークは要注意 太陽からの質量放出
CMEの立体構造は視線方向に沿った情報がないため詳しくはわかっていませんが,写真からは主に先端部分,中心にあるコア部分,両者の間を占める空洞部分の3つから構成されると考えられています(図4.14)。風船のように膨らんでいくもの,パチンコ玉のように飛び出すもの,らせんや渦を描くものと形は様々ですが,どのCMEもしばらく太陽面につながったまま,太陽をすっぽり覆い隠すサイズまで急激に成長していきます。CMEの平均質量は1015〜16g,速度は数十〜数千km/s,運動エネルギーは1031〜32エルグと見積もられており,まさにフレアに匹敵する大爆発現象です。
図4.14:はっきりとした構造をもつCME。 CMEは時々地球に向かって飛び出します。地球を通過する際,CMEは地球周辺の電磁場,粒子環境を大きくかき乱し,人工衛星や長距離電波通信に障害をひき起こします。高エネルギー粒子の飛来で宇宙飛行士はもちろん,高高度軌道を飛ぶ旅客機の乗員乗客が被曝したり,高緯度地方の発電所やパイプラインが被害を受ける危険性もあります。そこで,CMEが太陽面上のどこから,いつ,どちらの方向へ飛び出すかをあらかじめ予報して,CMEの襲来に備える必要があるのです。 ここでは,「ようこう」とSOHOの2つの衛星の共同観測で見えてきた,CMEの源について紹介します。
「ようこう」が見つけたCMEの目印太陽コロナの密度は太陽表層に比べるとはるかに希薄ですが,太陽本体を円盤で隠して強い光をさえぎる(コロナグラフ)と,コロナを漂う電子に反射した淡い光を見ることができます。光の明るさは視線方向に沿って足し合わせたコロナ密度に比例するので,天球面に投影した二次元面上でのコロナの密度分布がわかります。まず目に入ってくるのが,太陽から放射状に伸びた無数の細い線,ストリーマーです。ストリーマーは太陽面上の双極性磁場領域に根本をもつ,惑星間空間に向かって口を開けた長大な磁力管構造です。CMEはこのストリーマーをかき分けながら飛び出すのですが,そのとき太陽面では何が起きているのでしょう。 太陽とそのごく近傍をX線で観測する「ようこう」では,直接的には巨大なCMEをとらえることができません。しかし,「ようこう」の軟X線画像から,CME放出のメカニズムを知る上で非常に重要となる鍵が見つかりました。CME出発点の目印といわれるS字状の構造,シグモイドです(図4.15)。太陽の南半球ならS字,北半球なら逆S字に光って見える活動領域が現れたら,要注意。数日中にそこでフレアと共にCMEが起こるでしょう。同時にS字構造は姿を消し,S字のあったまん中あたりに先のとがったカスプ構造やアーケード状の構造が現れます。このカスプやアーケードは,逆向きの開いた磁力線同士がくっついて磁気エネルギーを解放し,周囲の物質をはじき飛ばして閉じた磁力線に姿を変えたことを示唆します(磁気リコネクション)。CME前後の画像の差分をとると,S字の両端が対になって減光しています。輝度減光は紫外線画像でも確認でき,そこにあったコロナ物質がごっそり消えた証拠なのです。こうして,CMEの源が見えてきました。
図4.15:(上)1997年4月7日の太陽全面像, シグモイドとは?シグモイドは,その形が示すとおりコロナ中のねじれた磁力線を表します。コロナにねじれた磁場構造があることは,1970年代の「スカイラブ」による宇宙からの鉄輝線を用いた観測で,既に報告されています。「ようこう」はこのねじれた構造がS字型をしていること,そして太陽における爆発的な現象において重要な役割を果たしていることを,多数の例によって示しました。 ねじれた磁力線には電流が流れており,まっすぐな磁力線より余計にエネルギーを蓄えています。このため,強くねじれた磁力線を含む領域はフレアやCMEを起こして余分なエネルギーを解放し,まっすぐな磁力線へ姿を変えていくのです。
シグモイドは,その見かけの形から, シグモイドを多波長で観測すると,温度に関する情報を得ることができます。静穏領域で形成されたシグモイドの場合,軟X線よりずっと低温のHα線(1万度)で,暗いS字型フィラメントが観測されることがあります。活動領域に現れるシグモイドは紫外線でも対応する構造が見られますが,数百万度以上の輝線でなければはっきりしたS字に見えません。シグモイドは軟X線でもっともよく見える高温構造なのです。高温状態を維持するために,シグモイドには数日間にわたって何らかの加熱作用が働いていると考えられます。S字の中央部分はN極とS極の境界にあたる磁気中性線にほぼ平行で,特に多くの磁気エネルギーが蓄えられているため,ここで準定常的な加熱が起きているのかもしれません。シグモイドの多波長解析はまだ始まったばかりです。 太陽面上に現れる磁場構造は,南北半球で正反対の癖をもつことが知られています。この癖は太陽活動の11年周期に左右されずに見られるものです。南(北)半球に現れるシグモイドの70%がS字(逆S字)型であることから,シグモイドもこの「半球則」を満たす傾向があることがわかりました。この点は,目下議論されているシグモイド形成のシナリオが満たすべき条件の1つになります。コロナ磁場はもともとは太陽内部でつくられた磁場が光球下から浮上して現れたものです。しかし,S字構造が光球下から浮上する様子をとらえたという報告はまだありません。これは観測装置の分解能が足りないせいかもしれませんが,そもそもシグモイドが太陽内部でなくコロナで形成されることを意味するのかもしれません。コロナ磁場の根本にあたる光球では,太陽の微分回転(差動自転)や黒点をとりまく渦巻き運動,対流,磁気シアなど,磁場のねじれを作り出す運動や,ねじれの供給源と考えられている小さなねじれた磁束管の浮上がひんぱんに見られます。シグモイド形成にはどの因子が最も有効か,シグモイドの「半球則」や温度構造も説明できるシナリオを目指して,観測と理論の双方からの研究が続けられています。
シグモイドからCMEへ軟X線S字構造は「ようこう」の観測開始直後に見つかったのですが,これがシグモイドとして脚光を浴びるようになったのは,NASA/ESAのSOHO衛星が打ち上げられた1996年以降のことでした。宇宙からのCME観測は1989年から中断していましたが,SOHO搭載の白色光コロナグラフLASCOのおかげで,太陽面現象とCMEの関係が再び調べられるようになったのです。LASCOでCMEを観測し,「ようこう」SXTで高温コロナを,SOHO搭載の紫外線望遠鏡で低温コロナを観測した結果,CMEの出発点が見えてきたのは上述のとおりです。さらに,地球周辺の電離ガスの状態と比較することで,シグモイド放出を伴うCMEの多くがねじれたロープ状の構造をもつ磁気雲として惑星間空間でも観測されることがわかってきました。ロープのねじれの向きとシグモイドのねじれの向きが一致することから,ロープ構造はコロナで形成された可能性がありますが,決定的な証拠はまだ見つかっていません。シグモイドの形成とCMEの放出がなぜ起きるのかさえ,いまも議論されているのです。「ようこう」と他のデータを比較することで,CMEの発生メカニズムが断片的に見えてきましたが,これを完全に理解してCME予報に結びつけるには,太陽光球面磁場の詳細な観測とCMEの3次元観測が不可欠でしょう。 (堀 久仁子,Alphonse C. Sterling) |
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