|
---|
No.262 |
第4章 「ようこう」の科学成果ISASニュース 2003.1 No.262 |
|
---|
|
4.3 フレアの磁気リコネクションモデル「ようこう」の最大の成果のひとつは,フレアのエネルギー解放過程が磁気リコネクションであることをほぼ決定づけたことです。図4.7は,その根拠になった多数の証拠のうちでも最も重要な「カスプ型ループ」の軟X線画像です。丸いループの上に乗っている尖った構造(カスプ構造)が重要な発見です。
![]()
図4.7:1992年2月21日のフレアの「ようこう」軟X線望遠鏡 磁気リコネクションモデル(図4.8)では,フレアのエネルギー解放は磁力線のつなぎかわり(リコネクション)によって起こると考えられています。図4.8のちょうど中央のあたりにアルファベットの「X」の字のようになっている箇所があります。ここがちょうどつなぎかわっている箇所です。このX字構造の左側と右側とでは磁力線の向きが上下逆さまで反対の向きをもっています(つなぎかわる前の磁力線は図には描いていませんがたくさん存在しています)。これがちょうど「X」のところだけで互いに打ち消しあうと,その結果,とがった構造をもった磁力線が「X」字の上下に2組できあがることになります。
![]() 図4.8:フレアの磁気リコネクションモデル。実線は磁力線を表す。 磁力線はゴムひものような性質をもっていますから,この2組のとがった磁力線はパチンコの要領で上と下とにそれぞれ弾かれていきます(矢印が弾かれる流れの様子を示します)。そうして空っぽになったところは圧力が下がりますので左右からまた磁力線がやってきて(矢印が流入する様子を示しています),つなぎかわるという作業が繰り返されるのです。このとき周囲のガス(プラズマ)が磁力線に巻き込まれていっしょに運動します。左右からやってくるプラズマは互いに衝突して(磁気流体スローモード)衝撃波をつくりそこで熱を発生します。 おおもとをたどるとそのエネルギーはつなぎかわった磁力線がもっていたものですから,これらのサイクルは磁力線のエネルギーをガスの運動エネルギーや熱エネルギーに転換している作業になります。この過程が劇的にしかも大量に起こるのがフレアだとこのモデルでは説明しています。 このモデル(図4.8)と観測(図4.7)とを比較して見るとその類似性は明らかです。磁力線がつなぎかわった箇所の下では頂上のとんがったループ,すなわちカスプ型ループができますので,さきの図4.7の観測結果は,この磁気リコネクションモデルを強く支持する根拠になったのです。さらにこのカスプ型ループは時間とともにそのままの形を保ちつつだんだん大きく成長していきます。ループのふたつある足元の間の距離が少しずつ離れていくのも見てとれます。 磁気リコネクションで磁力線が次々につなぎかわるとカスプの尖った先のさらに外側に新しくつなぎかわった磁力線が降り積もっていきますので,この成長は磁気リコネクションモデルによって自然に説明できます。 「ようこう」軟X線望遠鏡の威力のひとつは,プラズマの温度を測定できることでした。このカスプ型フレアについても温度構造がくわしく調べられていて,カスプのより外側ほど高温になることがわかりました。これはエネルギーが解放された直後のより新鮮な高温プラズマが外側から積もってくる様子を示しており,やはり磁気リコネクションモデルでは自然にこれが説明できます。最近のことなのですが,さらにもっと強力な証拠が見つかりました。リコネクションにともなう流れが別のフレアで見つかったのです。 「ようこう」でみると図4.7のフレアと同じような見事なカスプ型ループを軟X線で示していたのですが,同時に観測していたSOHOの極紫外線撮像望遠鏡(EIT)が,そのカスプの先端に向かって左右からものが動いて集まってくるようすを捉えたのです。ついにリコネクションの現場をつかまえた最初の例でした。フレアの磁気リコネクションモデルを支持する証拠にはこれ以外に,ループ頂上でみつかったインパルシブ硬X線源や,プラズモイド放出現象などがあります。それぞれ本特集の増田さんらと大山さんらとの記事に詳しく記されていますのでここでは省略させていただきます。 このようなフレアの様子は,「ようこう」観測と平行してコンピュータシミュレーションによっても調べられてきました。図4.9はその結果の図です。このシミュレーションでは,磁気流体力学の連立偏微分方程式系をスーパーコンピュータを用いて解いています。結果の温度分布をみると,観測で示されたようなカスプ型の構造ができているのがわかります。このカスプ型の縁は熱伝導が伝わる先頭の熱伝導面です。コロナのような高温電離プラズマ中では,熱伝導は磁力線の方向だけに効率よくはたらき,その結果熱伝導面はほぼ磁力線に沿った形をしています。このシミュレーション結果(図4.9)と観測(図4.7)との比較から,観測されたカスプ型のループもどうやら熱伝導面をみているものと考えられます。
![]()
図4.9:フレアの磁気リコネクションモデルにもとづいたコンピュータ しかし磁気リコネクション過程では磁気エネルギーを解放する主役は熱伝導面ではなく磁気流体スローモード衝撃波だと思われています。シミュレーションの結果(図4.9)で,カスプ付近で密度が高くなっている箇所があり,注意深く調べると先の熱伝導面とすこし位置が異なることがわかると思いますが,この縁がスローモード衝撃波です。このスローモード衝撃波を確かにとらえたという観測例はまだありません。将来の観測が待たれるところです。シミュレーション結果の図をさらに見るとカスプの下に高密ガスで満たされたループがあるのがわかります。このガスは,コロナよりも太陽表面に近い彩層という高密大気から「彩層蒸発」という過程を経て上昇したガスで,強い軟X線を放射します。 実際,「ようこう」で見られるフレアループの多くはこの彩層蒸発ガスを観測していると考えられています。コロナ上空でリコネクションにより発生した熱が熱伝導によって彩層に運ばれて,その高密ガスを急加熱,ガス圧が急上昇してその力でものを持ち上げるのが彩層蒸発現象です。実際,「ようこう」ブラッグ結晶分光器でもそのドップラー偏移が受かっています。 図4.7のようなカスプ型ループは数多くのフレアで見つかっており,さらにはフレアだけでなくもっと巨大なスケールで起こる(ただし解放エネルギー密度は小さな)「大規模アーケード形成現象」とよばれる,CMEと関係が深いと考えられる現象でも見つかっています。マイクロフレアとよばれるフレアの縮小版でもどうやらリコネクションが起こっているらしいということが「ようこう」観測で明らかになってきています。つまり磁気リコネクションは,フレアという派手な現象だけを説明するものではなくて太陽コロナでみられるさまざまなエネルギー解放現象の本質なのです。さらに太陽大気中での磁気リコネクションの現場をとらえる努力は今後もつづきます。次のSolar-Bでは磁気リコネクションにともなうプラズマの流れや衝撃波をとらえることが最大の目標のひとつです。 (横山 央明・柴田 一成) |
|
---|