No.242
2001.5

小田さん,安らかに。  
ISASニュース 2001.5 No.242  

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平 尾 邦 雄 



「てんま」の健康診断(1983年2月)

 小田さんの訃報を聞いたのは本当に突然であり信じ難い知らせであった。あの元気な彼が何故突然に亡くなられたのか全く判らなかったが,お通夜の席で司会の牧師さんの弔辞を聞いたときに何とも驚かされたのである。彼は確かに少し足が不自由になっていたが,まさかそれほどまで直そうと言う意思をもって居られたとは今でも考えられない位である。

 宇宙研が創立されたとき私も参加する事になっていたが,亡くなられた永田先生や早川先生が努力されてMITに居た彼を口説かれて宇宙研に来られるようになった時,私は存じ上げなかったが天才的な「すだれコリメーター」を作られてX線星を見つけられた素晴らしい先生と一緒に仕事をする事が出来る事に大いに嬉しく思ったのである。彼とは直に内之浦のロケット実験場でMT-135の実験をする事になった。そこで芋焼酎を一緒に飲んだり,泳いだりした事もあった。今でも思い出すのは初代コルサが打ち上げに失敗したとき「これで日本のX線天文もだめになる」と言って嘆いていた彼を一生懸命慰めた事である。そうしてついにコルサを打ち上げた時の彼の喜びようが今でも目に焼き付いている。


「 はくちょう」成功記念寄せ書き

 その後は私が宇宙研を去るまで本当に一日中と言って良いほどご一緒出来た事は今でも私にとってこの上ない幸いだと思っている。小田さんは退官後も色々な方面で活躍されていたが,時々宇宙研での集まりなどでお酒を飲みながらお話をした事を懐かしく思い出す。亡くなられる前の1年間は何故かお会いできなかったので,周りの人に小田さん元気なのかと聞いたりしていたが,まさかこんなに急に訃報を聞く事になったとは。いまだに「よう」と言って現れるような気がするのである。

 どうか小田さん安らかにお休み下さい。そうしてもし出来るなら天国で美味しいお酒を楽しんで下さい。

(宇宙科学研究所名誉教授) 


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