No.242
2001.5

小田さんを悼む  
ISASニュース 2001.5 No.242  

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野 村 民 也 



X線天文衛星「はくちょう」

 小田さんについて忘れられないのは,何と言ってもM-3C-3号機によるCORSA打上げの失敗である。CORSAは,小田さんが主任となって手掛けた最初の衛星である。失敗の原因は,達成軌道の精度向上のためにこの号機から搭載した新開発の姿勢基準装置の誤動作による。2段目の飛行経路が異常になり,打上げ失敗が明らかになった時の小田さんの蒼白な顔面と,小刻みに手を震わせていた姿は,今も瞼に焼き付いている。私は,失敗の原因になった姿勢基準装置の開発にも関わっていたから,小田さんの打ちひしがれた姿を見て,何とか可能な限り早期に再挑戦の機会を作ってあげなければと思ったことを覚えている。

 当時,私は宇宙研の予算面にも深く関わっていたから,この年の実行予算の一部組替えと,次年度に見込まれる新規の予算とで,再打上げを行う案を考えた。これを事務部に持ち込んだところ,とてもそんな金額では無理だと云うことから賭になり,ウヰスキーを1本せしめた思い出がある。これが実現したのは,日本電気を始めとするメーカの並々ならぬ協力のお陰である。恐らく小田さんの学問に掛けるひたむきな情熱が感動を呼び,人々の協力を引き出すことになったのだと思う。こうして打上げ失敗の僅か3年後に「はくちょう」が誕生し,我が国の御家芸と云われるX線天文学が花開くことになった。


M-3C-4/CORSA-b打ち上げ(1979年2月21日)

 小田さんは一方で,多才でもあった。なかなかのグルメ志向であり,こよなく酒を愛した。理研の理事長の時,「今の執行部は最強の布陣」と云われているんだと聞いたことがある。良く聞いてみると,小田理事と二人の副理事長が,揃って酒好きで酒に強いと云う意味だった。我々が仲間内で会食をする時など,ソムリエ役は常に小田さんだった。

 小田さんは絵を趣味にしていた。草花の写生した水彩画は有名で,辻永画伯描くところの百花図譜を彷彿させるほどの出来栄えであるが,似顔絵も達者である。会議などの合間に描いた列席者の似顔は,良くその人の特徴を,しかもユーモラスに把えていて,なかなか見事なものである。絵の上手な人は字も上手いのが普通なのに,日常,メモを取るような時の小田さんの字は,秘書の岩田さんにしか読めないと云われる程,どちらかと云えば悪筆の部類に属する独特な字になるのは不思議だと云った人があるが,私の見るところは少し違う。小田さんは多分,少し丁寧に書けば能筆なのだと思う。その証拠に,小田さんは毛筆だとなかなか立派な字を書く。それがメモを取るような時は,スピードを上げるためにあの独特の字体になるのであろうと思っている。

 こうして筆を執っていると,小田さんの想い出は次々と浮かんでくるが,紙数も尽きたのでこの辺で筆を擱く。小田さんとは,長年,同士・戦友として互いに理解し合い,助け合ってきた仲だけに,突然の逝去は悲しい限りである。

(宇宙科学研究所名誉教授) 


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