深宇宙からのサンプルリターンカプセルにおける地球帰還時の空力姿勢挙動について
2025年1月22日 | 宇宙航空プロジェクト研究員, あいさすpeople
研究概要
地球外天体の岩や砂を持ち帰ってくるサンプルリターンミッションにおける最終段階、すなわち地球帰還時の飛行挙動に関する研究を行っています。地上にサンプルを持ち帰ってくる際は、サンプルを格納したカプセルだけが地球に戻ってきます。まず、カプセルは宇宙空間から地球に向かって投下され、自由落下します。空気抵抗により減速しつつ、着地時の衝撃を和らげるためにパラシュートを開き、さらに速度を落とし着地、無事に帰還といった流れになります。

私の参画しているプロジェクトは深宇宙からの帰還を想定した新たなサンプルリターンカプセルの開発です。深宇宙から地球近傍まで来た後、カプセルが切り離され地球大気圏に突入します。土星圏からの帰還時における突入速度は15km/sにも及ぶため、従来のはやぶさカプセル(突入速度12km/s程度)と比較し、厳しい空力加熱*1に曝されます。従来の熱防護材では耐えることが難しいため、カプセルをより大きくしつつも軽くすることで、密度の薄い高高度から減速し空力加熱を抑制するといった図1に示す新たなカプセルが提案されています。はやぶさの相似形状ではなく、全く新しい形状・コンセプトのカプセルはパラシュートを必要とせず、空気抵抗だけで減速し、そのまま着地するという挑戦的なカプセルです。
この空気抵抗による減速を十分に活かし、加えて衝撃を逃がす姿勢で着地させるために、どのような形状にすれば能動的な制御をすることなく自由飛行中の振動を抑制できるかというのが私の研究テーマです。飛行実績のあるはやぶさ2で使用されたカプセルでさえ、自由飛行中に姿勢振動の増加が確認されています。これまでは無事に帰還することができていますが、この空力不安定性*2については完全に理解できているわけではありません。
そのため、図2に示すように風洞試験や数値解析、さらに自由飛行試験で空力不安定性の現象理解を進めています。風洞試験では、カプセルを空間に固定する必要があるため、支持棒が存在しています。そのため、自由飛行中の挙動が見たいにも関わらず図2のように自由度が制限されてしまいます(図は1軸の自由回転のみ可能)。ただし、自由飛行試験と異なり風洞試験は複数回の試験が容易なため、まずは1軸自由振動時の挙動特性を計測し、流れと運動が空力不安定性に与える影響を評価しています。

数値解析では、風洞試験と違い支持棒なしで自由に回転させることができます。ただし、物理時間数秒の解析を十分な解像度で実施するのに数週間かかることもあります。そのため、数値解析では風洞試験で得られた結果をもとに、より詳細な流れ場情報(圧力、密度、温度分布など)の欲しい条件で解析を行い、現象のメカニズム解明に役立ててます。
さらに実際の再突入時を模擬するために、気球やロケットを用いて地球大気圏での自由飛行試験を行っています。高度数十kmまでカプセルを持っていくには手間もコストもかかるため、多くても一年に一回の試験機会しかえられません。そのため、風洞試験のように複数回の試験ケースを行うことが難しく、これまで得られた結果から類推して最も良い形状での試験を行います。自由飛行試験を行えば研究が終わりということではなく、その結果を風洞試験や数値解析にフィードバックし、理解を進めるというサイクルを行うことが研究となります。
これらの研究は宇宙研の風洞や気球飛翔機会を利用しています。大学等の研究者も利用可能ですが、実際に試験を行う上でのノウハウについては宇宙研にいなければ享受できないことが多々ありました。風洞試験や気球・ロケット実験を経験している先生方とお話できる機会もあるため、実物を通して学ぶことができ、すぐに自身の研究に活かすことができます。このスピード感は宇宙研に所属しているからこそできることではないかと思います。
用語解説
- *1 空力加熱 : 高速で飛行する物体先端では気体がよどむ。特に極超音速域(マッハ5以上)では、急激に圧縮されるため断熱圧縮となり、運動エネルギーが熱エネルギーに変換される。その結果、物体先端の気体温度が上昇してしまう。
- *2 空力不安定性 : 自由飛行中に空気力により物体の姿勢が振動・回転してしまい、収束しなくなる現象である。特に遷音速以下の領域で生じる例が報告されている。