最先端マイクロマシン技術を用いた世界最軽量X線望遠鏡で拓く地球磁気圏グローバル撮像

伊師 大貴・宇宙科学研究所 大学共同利用実験調整グループ

研究概要

図1
図1 地球周辺における電荷交換反応に伴うX線放射の描像 (背景画像 : https://sci.esa.int/web/cluster/-/41473-solar-wind-hits-earth-s-magnetosphere)。太陽風が地球磁気圏に衝突し、密度が濃くなる昼側で地球の超高層大気である外圏と電荷交換反応を生じ、X線を発光していると考えられる。

1990年代、ドイツのX線天文衛星「ローサット」は、わずか数日程度で強度が変動する謎の増光雑音に悩まされていました。当時、その正体は諸説あったものの、最も有力だったのは、太陽風が地球周辺に薄く広がる外圏*1と衝突し、電子を奪う「電荷交換反応*2」に伴う発光現象だという説でした (図1)。2000年代に入り、日本のX線天文衛星「すざく」などの高感度かつ高精度な分光観測により、太陽風に含まれる多価イオン (完全電離に近い炭素や酸素など) と地球外圏の主に水素原子との電荷交換反応で生じた特徴的な輝線分布が確認されたことで (藤本ほか 2007, Publ. Astron. Soc. Japan など)、その説は現在まで支持されています。

図2
図2 地球周辺からのX線放射の空間分布の予想 (松本&三好 2022, Geophys. Res. Lett.)。地球から約60RE離れた位置から見た場合のもの。原点は地球中心。白い四角はGEO-X衛星の視野 (約5RE四方) を表す。

地球周辺の宇宙空間には、太陽風と地球磁場の相互作用で生じる磁気圏*3が存在します。太陽表面の爆発現象 (太陽フレアやコロナ質量放出など) により、強力な太陽風が磁気圏に吹き付けると、地球から見た太陽の方向、つまり昼側磁気圏で太陽風密度が急激に増加し、明るく発光します。それにより、例えば月付近から地球を観測した場合、まるで磁気圏を映し出したかのような画像が得られると期待されます (図2)。実際、「すざく」衛星により、磁気圏構造を反映したような増光が最近確認されつつあります (伊師ほか 2023, Publ. Astron. Soc. Japan など)。しかし、X線天文衛星の観測は地球周辺からの狭い視野かつ限られた方向のため、放射源の正確な位置はよくわかっていない状況です。

そうした状況を打破するために準備を進めているのが「GEO-X (GEOspace X-ray imager) 計画」です。近年の宇宙惑星探査の主力となりつつある超小型衛星を活用し、地球から遠く離れた月と同程度の高度から俯瞰的な観測を行うことで、世界初の「地球磁気圏X線撮像」を目指す計画です。東京都立大や宇宙研を中心とした「理工一体」の協力体制により、早ければ、太陽活動が活発化する2024-2025年度の打上げを予定しています。

図3
図3 GEO-X衛星に搭載予定の世界最軽量MEMS望遠鏡。直径4inchシリコン基板にX線反射鏡となる幅20μm程度の微細な穴が大量に加工されている (約45,000個)。

鍵を握る技術の一つが、超小型衛星の限られたリソース内で高解像度かつ高感度な磁気圏観測を実現する「超軽量X線望遠鏡」です (図3)。MEMS*4 (マイクロマシン) 技術を用いてシリコン基板に微細な穴を加工し、その側面を反射鏡に使う「マイクロポア」方式を採用しています。従来の望遠鏡よりも圧倒的に軽く、わずか5g (リングを含めても100g未満) と世界最軽量です。手のひらサイズでありながら、「すざく」衛星の大型望遠鏡と同等の性能を実現し、まさに超小型衛星の搭載機器として最適な装置です。

図4
図4 GEO-X用望遠鏡試作品を宇宙研ビームラインの真空チャンバ内で試験している様子。ビームを四極スリット(右)で絞り、供試体(中央)に照射し、検出器(左)で測定する。

私は、東京都立大の学部生や大学院生、スタッフと協力しながら、衛星搭載に向けて開発を進めています。製作には、宇宙研のMEMS設備を活用し、他の大学や研究機関の協力を得て日本に数台しか存在しない専用装置も使用しています。評価に関しても、宇宙研の設備を活用し、特にビームラインは日本で唯一軟X線の反射結像性能を測定できる装置です (図4)。私はビームラインを含む宇宙放射線装置の維持管理運用業務に携わっています。自らの測定装置で自らの望遠鏡を評価し、迅速かつ効率的に開発を進めています。宇宙研には、打上げや宇宙環境を模擬した環境試験を行うための施設もあり、まさに衛星搭載品の開発を行う上で理想的な環境です。

予想外の実験結果に頭を悩ませることもありますが、一つ一つの課題を克服しながら、着実に装置を完成させていく過程に楽しさがあります。何よりも、自分が手がけた装置が宇宙へ飛び立ち、世界初を成し遂げるからこそ、やりがいを感じます。来たる宇宙惑星探査時代に向けて、宇宙研で培う衛星開発の経験は、間違いなく今後の糧になると確信しています。

用語解説

  • *1 外圏 : 高度500km以上の地球大気の最上層。下層から重力を振り切って脱出してきた水素やヘリウムなどの軽い原子が主成分となる。
  • *2 電荷交換反応 : 二つの粒子が衝突し、一方の電子が他方に移動する反応。電子は高エネルギー状態に移行し、最も安定な低エネルギー状態に遷移する際に特性X線を放出する。
  • *3 磁気圏 : 高度1,000kmから数万kmの範囲に広がる地球磁場の影響が及ぶ領域。太陽風が直接地球に衝突するのを防ぐ「バリア」としての役割を果たす。
  • *4 MEMS : 「Micro Electro Mechanical Systems」の略称。シリコンなどの半導体基板をミクロンサイズで加工する技術。

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