地上プラズマ実験と精密X線分光観測で解明する宇宙の高エネルギー現象

天野 雄輝・宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系

研究概要

恒星フレアやブラックホールの降着円盤、超新星残骸や銀河団などの高エネルギー天体は、温度が数100万ケルビンを超える高温プラズマを伴います。これらの天体の放射するX線*1を研究対象とするのが、私の専門であるX線天文学です。私は特に超新星残骸と呼ばれる天体の観測研究をおこなっており、これと並行してJAXAの推進する地上プラズマ実験をプロジェクト研究として行っています。

XRISMや回折格子を用いた超新星残骸の精密X線分光観測

図1
図1: (左) 大マゼラン雲の超新星残骸 N49 のX線画像 (アメリカのX線天文衛星 Chandra で撮影)。(右) N49 のX線スペクトル (Amano et al. 2020 を改変)。灰色のデータ点が現在のX線天文学の主力検出器 CCDによるスペクトル、黒がX線回折格子によるもの。CCDでは分離できない輝線が回折格子では分離可能。

超新星爆発は星が一生の最後に起こす爆発現象です。超新星爆発によって、爆発前の星を構成していた物質は星間空間の中を超音速で膨張し、周囲のガスと衝突することで高温のプラズマとなります。こうしてできる星雲状の天体を超新星残骸と言います (図1 左参照)。超新星残骸のスペクトルはさまざまな元素からのX線輝線を含んでおり(図1 右参照)、星が進化や爆発の過程でどの元素をどれだけ生成したのかを知ることができます。ここから、どのような星がどのような進化を経て、どのような物理機構によって爆発に至るのか、などの様々な重要問題を解決するヒントを得ることができます。

こうした研究を行う上で重要なのは、検出した光子のエネルギーを精度良く測定することです。検出器の光子のエネルギーを決定する精度をエネルギー分解能と言います。私は、現在のX線検出器の中で最も優れたエネルギー分解能をもつ、X線回折格子を用いて様々な超新星残骸の精密X線分光観測を行ってきました(図1 右参照)。その結果、これまで超新星残骸では見過ごされてきた物理過程が元素量などを精確に測定する際に重要であるという証拠を多数見つけてきました。また、観測研究と並行して、2023年打上げのXRISM搭載のX線CCDの開発にも携わってきました。XRISMは新しい精密分光器であるカロリメーターを搭載する衛星です。今後はXRISMを用いて、超新星残骸だけでなく、銀河団などの観測研究も行おうと考えています。

地上プラズマ実験装置による多価イオン分光実験

超新星残骸のX線スペクトル解析から天体の物理情報を引き出すには、X線放射の基礎となる原子過程の理解が不可欠です。しかし、X線放射に関与する多価イオン*2は多電子系であるので、その物理的な振る舞いを理論的に計算することは困難であるという問題があります。そこで、私たちは実験室に高エネルギー天体と等価な高温プラズマを再現し、分光測定を行う実験をJAXAのプロジェクト研究として行なっています。

図2
図2: (上段) 私たちが開発した EBIT。JAXA 宇宙科学研究所で稼働中。(下段) EBIT の主要な部分の拡大図(Kuehn et al. 2019 を改変)。電子ビームによってイオンの価数の制御を行い、放射光施設から光子を入射させ、イオンの励起を行う。

私たちはこれまでドイツのマックスプランク核物理学研究所(MPIK)と共同で電子ビームイオントラップ(Electron Beam Ion Trap: EBIT)という装置を開発しました。EBIT は磁場で絞った電子ビームによって任意の価数のイオンを生成し、電子遷移による特性X線を検出する装置です (図2)。私たちのEBITは、MPIKの独自技術を導入することで、SPring-8などの放射光施設での実験が可能であるという特徴を持ちます。これにより、高エネルギー天体中で起きる様々な物理過程を再現することができます。2023年8月現在、 私は本年度末に予定しているSPring-8での実験へ向けて、装置のアップグレードなどに尽力しています。

本実験は MPIK や核融合研、電気通信大学、理研放射光センター(SPring-8)といった、国内外の原子物理学や放射光施設との共同研究です。XRISM の運用開発の中心機関である JAXA宇宙科学研究所で天文学の研究者と密に連携を取りながら、他分野の研究者と分野横断的な研究を推進する日々は非常に良い刺激になっています。

用語解説

  • *1 X線 : 波長の短い電磁波。1pm から 10nm 程度の波長である。
  • *2 多価イオン : 電子を複数剥ぎ取られたイオンのこと。

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