太陽系物質の熱拡散率測定用赤外顕微鏡の開発

石崎 拓也・宇宙科学研究所 地球外物質研究グループ

研究概要

私が所属している地球外物質研究グループでは、「はやぶさ」、「はやぶさ2」のサンプルリターンミッションで、小惑星から持ち帰った試料 (帰還試料) を保管管理する惑星物質受け入れ設備「地球外キュレーションセンター」を運営しており通称キュレーションと呼ばれています (https://curation.isas.jaxa.jp/about/)。貴重な試料を汚染しないよう高真空または窒素雰囲気クリーンチャンバ (図1) を用いて、個体識別された一粒一粒の試料について外観や重量などの基本情報の取得とデータベースへの登録を行っています。また国内外の研究者への試料配分も行っています。2023年10月に小惑星ベヌーからの帰還が予定されているNASAの「OSIRIS-REx」や、今後計画されている火星衛星探査計画「MMX」などのサンプルリターンミッションの試料もキュレーションで保管管理を行う予定です。

図1
図1 「はやぶさ2」用クリーンチャンバ

キュレーションでは帰還試料や保有している隕石試料を用いた太陽系形成プロセスに関する研究や、試料の分析手法に関する研究も行っており、私はその中で試料の熱拡散率を測定する手法の研究を行っています。
熱伝導率は太陽系の形成プロセスを考える際に必須の物性値の一つであり、天体の進化についてシミュレーションを行うときに用いられます。熱伝導率が分かれば天体の内部発熱と放熱のバランスが計算でき、天体内部の温度が推定できるといったイメージです。「はやぶさ2」のミッションでは、持ち帰られた小惑星リュウグウについて熱伝導率を含む物性値の分析が行われた結果、リュウグウの母天体*1は直径が100 km程度で、天体内部に液体の水が豊富に存在できる温度であったことが明らかになりました。これはリュウグウ試料の主成分である層状ケイ酸塩鉱物が水中でできたのではないかという仮説に裏付けを与える重要な成果でした。

しかし、リュウグウ試料をはじめとした帰還試料は数ミリメートル以下の非常に小さいものが多く、形も様々であり (図2)、そのような試料の熱伝導率を測定する方法はこれまで存在しませんでした。貴重な試料のため集めて測定したり、理想的な形状に加工したりすることもできません。

図2
図2 様々な形状のリュウグウ試料

そこで私はレーザーと赤外線顕微鏡を用いて測定する、新しい熱拡散率の測定方法の研究を行っています。レーザー光で試料を加熱し、それによる温度変化を赤外線顕微鏡で観察することで、非接触で熱拡散率の測定を行うことができ、試料を汚染や損傷から守ることができます。測定対象が熱伝導率ではなく熱拡散率なのは、直方体や円柱といった成形された形状ではない、自然な形状の試料の熱伝導率を測定するのは原理的に不可能であるのに対し、熱拡散率なら測定できるためです。熱拡散率を測定することで、比熱と密度という他の物性値と一緒に熱伝導率に換算することができます。換算された熱伝導率の確からしさを高めるためには、熱拡散率を高精度に測定する必要がありますが、この研究では周期加熱法とロックインという技術を用いて高精度な測定を実現しています (図3)。

図3
図3 周期加熱法と赤外ロックイン顕微鏡

帰還試料は小さいため、試料を加熱する際にただ単にレーザー光を当てるだけでは表面にほとんど温度差がつかず、必要な情報が得られません。そこで、数十ヘルツの周波数でレーザー光のON/OFF繰り返して試料表面に温度の波を発生させ、その波が拡散する時の波の遅れと距離の関係から熱拡散率を解析します。これを周期加熱法と呼びます。またロックインとは温度応答信号に参照正弦波信号を掛け合わせながら積算することで、温度変化の周期的な成分を増幅してノイズを低減する技術です。赤外顕微鏡による温度測定にロックインを組み合わせて周期加熱法を発展させることで、高精度な測定に加えて非接触な測定も同時に実現している点がこの手法の最大の特徴です。
現在はクリーンルーム版の測定装置の開発を行っていますが、キュレーションに所属していることで測定対象である帰還試料や隕石試料が身近にあるメリットはとても大きく、簡単な検証実験などで試行錯誤を行ったり、関係者と情報共有を行ったりしながら効率的な開発を遂行できています。

用語解説

  • *1 母天体 : その天体が形成される元となった天体。リュウグウは母天体が衝突破壊を受け、破片が再集積することで形成されたと考えられている。

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