大気球で探すダークマター

水越 彗太・宇宙科学研究所 大気球実験グループ

研究概要

私たち、そして身のまわりにある物質は究極的にはなにからできているのでしょうか。古代の哲学者は思弁により様々な根源を想像しましたが、現在では実験によって、素粒子*1というこれ以上分解できない要素によって世界が構成されていることが知られています。今までに17個の素粒子がみつかっており、ほとんど全ての現象を上手に説明することができています。この17個の素粒子で世界を説明するモデルは標準理論と呼ばれています。標準理論の検証を行った数多の実験が、やっぱり標準理論は正しかった、という結果を報告しており、現状での最良のモデルです。

では、標準理論は宇宙の全てを説明できているのでしょうか。実は、明らかに標準理論で説明できない現象があります。宇宙に存在するダークマター(暗黒物質とも言う)です。
ダークマターは、未知の重力源です。宇宙を観測すると、私たちの知らない何かに銀河が引き寄せられているのがわかっていますが、何が引き寄せているのかは全く見ることができません。このよくわからないものに、ダークマターという名前をつけただけで、その正体は全くわかっていません。フィクションの敵役(だいたい黒くておどろおどろしい見た目)や真っ黒なものにダークマターという名前が付けられていたりしますが、実際には全く見えないので透明物質の方が実態に即した名前であり、名前付けにすら若干失敗しています。しかし、ダークマターがなければ、我々の宇宙の銀河が現在のような構造を持たず散逸してしまい、私たちも生まれてはこなかったでしょう。ダークマターは、18個目の素粒子として世界を理解するための最後のピースかもしれません。または、私たちが知らないだけで、ダークマターは100種類くらいの未知の素粒子の総称なのかもしれません。

ダークマターは宇宙規模のスケールでははっきりと存在が確認できるにも関わらず、地球で人類がダークマターの反応を検出することはできていません。例えば、ダークマターの重さが陽子の100倍くらいと仮定すると、1,000,000個のダークマターが毎秒私たちの手のひらを貫通していっています。私たちの手のひらよりはるかに大きな検出器、例えばスーパーカミオカンデ(水50,000トン)やXENONnT(キセノン6トン)を作って待っていても、まだ1発も物質にぶつかった現象を見ることができていません。地球での観測が難しい理由の1つが、宇宙線や物質に含まれる不安定崩壊原子核由来の放射線がつくってしまう、ダークマターに似た反応があまりにも多いことです。単に干し草の中から針を探すのが大変だ、というレベルの話ではなく、山ほどある偽反応は偶然、本物のダークマターの反応と見分けのつかない反応を起こしてしまいます。

図1
図1 GAPS実験参加者募集中!!

私は、直接ダークマターを探すのではなく、ダークマター由来の反物質*2を見つけることで、間接的にダークマターの正体に迫ろうとしています。特に、反物質の一種である反重陽子は宇宙で偶然できるとすれば極微量です。しかし、ダークマターがあれば、かなりの量の反重陽子がダークマターの対消滅から生成されます。この痕跡を調べ、ダークマター由来の反重陽子の量をはっきりさせるために、南極長期周回気球を用いたGAPS実験を推進しています。反重陽子は地球の大気に触れると他の粒子に変わってしまうため、大気球を用いて空気のほとんどない高高度で実験をします。大気球は、比較的安価に長時間、高高度で実験が行えます。また、地球の地磁気の影響を避けるため、極域である南極で飛翔を行います。私は、ISASで大気球実験グループに所属し、気球実験を推進するとともに研究開発を行なっています。また、GAPS実験の検出器、シミュレーション、熱制御システムの構築を行なっており、来るフライトでダークマターの痕跡が見えることを期待しています。

用語解説

  • *1 素粒子 : 物質を構成する最も基本的な粒子であり、標準理論によればこれ以上分解できないと考えられている粒子のこと。
  • *2 反物質 : 通常の物質と反対の電荷や量子数を持つ粒子で構成された物質のこと。

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