変形する宇宙機が切り拓く新しい宇宙探査

久保 勇貴・宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系

研究概要

変形する宇宙機は、古くからロボットアニメなどのフィクション作品で頻繁に描かれてきました。しかし近年、現実の宇宙ミッションでそうした変形できる宇宙機が複数提案されています。宇宙機がそのような変形する(ないし多数の関節を動かせる)能力を有すると、以下のような機能を新たに付与できると注目されています:

  1. 構造を大きく変えることで複数の宇宙機に変身し、様々な状況に適応できる
  2. 変形を利用した推進剤効率の良い*1姿勢制御・軌道制御*2を行える
  3. 多数の関節を用いて、器用にマルチタスクを行える

私の研究では、特に2番目に示した「推進剤効率の良い姿勢制御・軌道制御」について考えています。
まず姿勢制御については、「非ホロノミック姿勢制御*3」と呼ばれる制御法について研究しています。非ホロノミック姿勢制御の代表例は、猫が逆さの状態から落下しても空中で体を上手に動かして足から着地する「猫ひねり運動」として知られています(図1)。変形する宇宙機も同じように、宇宙空間を飛びながら関節を適切な手順で動かすことで、身体の向きを素早く、自在に変えることができます。私の研究ではこの性質を利用し、宇宙機の目標形状と目標姿勢を同時に達成する非ホロノミック姿勢制御法を提案しています(図2)。

図1
図1 猫ひねり運動の連続写真。1894年にジュール・マレが撮影。(画像著作権はPublic domain)
図2
図2 非ホロノミック姿勢制御による形態と姿勢の同時制御の例。ある形態から目標の形態に変形すると同時に、目標の姿勢にも指向する変形手順を設計している。

また、軌道制御については変形機能を利用した新しい「ソーラーセイリング」について研究しています。実は光には「太陽光圧*4」と呼ばれる物体を押す力があり、ソーラー(=太陽の)、セイリング(=帆で航行する)という名の通り、宇宙空間で太陽光圧から推進力を得る軌道制御が「ソーラーセイリング」です。従来のソーラーセイリングでは、一枚の大きな平面の膜のみで推進力を得ていたため、帆の向きを変えるとアンテナやカメラなどは目標の方向に向けられなくなるという問題がありました。しかし変形する宇宙機を使うと、あらゆる状況で形と向きを独立かつ自在に変えられるので、全ての機器を目標の方向に向けながら適切な推進力を得ることができます。

図3
図3 トランスフォーマー宇宙機のイメージCG

私の研究はこれまで変形可能な⼩型宇宙機である「トランスフォーマー宇宙機」(図3)の研究グループにおけるミッション検討に貢献してきました。現在は、その研究グループで検討してきた⾮ホロノミック姿勢制御に関する研究成果を実際の微⼩重⼒環境で実験する計画を進⾏させています。
また、2010年にJAXAはソーラー電力セイル実証機「IKAROS」というミッションを成功させていますが、その後継機となるミッションにも、本研究は貢献しています。特にOPENSという超小型外惑星探査計画においては、IKAROSの技術を継承した薄膜の太陽電池がモーターを介して駆動できる設計となっており、可変構造とソーラーセイリングを組み合わせる本研究の成果を活かすことができます。
さらに本研究の成果は、変形可能な宇宙機のみならず人間の身体運動にも応用できます。本研究の成果を応用し、微小重力環境において周りに何も掴まるものがない状況で、いかに効率よく身体の向きを変更するかを検討しています(図4)。

図4
図4 微小重力での人間の身体運動への応用例。周りに何も掴まるものがない状況でも、体を動かすだけで効率よく自在に向きを変えられる。

私は小学生の頃から「機動戦士ガンダム」が好きで、アニメで描かれるようなアクロバティックでかっこいい動きのできるロボットの実現に、この研究を通して貢献したいと思っています。また、幼い頃から宇宙飛行士に憧れていたため、微小重力下での人間の身体運動の研究を通して、少しでも宇宙での生活のしやすさの向上につなげたいと思っています。

用語解説

  • *1 推進剤効率 : 宇宙空間を飛んでいる時は、地面を蹴ったり空気から揚力を得たりすることができないため、推進剤を噴射した反力で位置や回転を制御する。よって推進剤が尽きたらそれ以上ミッションを行うことができないため、推進剤を効率よく利用することで宇宙機の寿命を延ばすことができる。
  • *2 姿勢制御・軌道制御 : 「姿勢」とは機体の三次元的な向きを表し、「軌道」とは機体の重心の位置の軌跡を表す。大きさのある物体の運動は、重心位置と向きが決まれば一意に決まるので、姿勢・軌道の両方を制御することが重要となる。
  • *3 非ホロノミック姿勢制御 : 非ホロノミックな運動とは、一瞬一瞬の速度に制約が課されている運動のことを言う。例えば、自動車は一瞬一瞬の進む向きはタイヤの向いている方向に制限されているので、典型的な非ホロノミックな運動である。逆にホロノミックな運動とは、一瞬一瞬の位置に制約が課されている運動のことを言う。例えば、電車はレールの上しか動くことができないので、典型的なホロノミックな運動である。自動車は、タイヤの向きの制約があるので真横に進むことはできないが、ハンドルをうまく切りながら前後に移動すると、結果的に真横に動くことが可能である。このように非ホロノミックな運動では、一瞬一瞬の動きが制約されているにも関わらず、うまく制御を行うことで自在に動くことができるという特徴がある。
  • *4 太陽光圧 : 太陽輻射圧とも呼ばれる。例えば地上で人間が受ける太陽光圧は1円玉の重さの数千分の一という非常に弱い力だが、宇宙空間で飛んでいる時は地面との摩擦も空気抵抗もないので、このような微弱な力を推進力として利用できる。

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