かつて火星に存在した海の行方を探る:宇宙空間への大気の流出

益永 圭・宇宙科学研究所 太陽系科学研究系

研究概要

現在の火星は寒冷かつ乾燥した気候で、表面に液体の水は存在していません。しかし、近年の観測により得られた地形的特徴などから、過去の火星は温暖で、表面に海が存在したと考えられています(図1)。では、かつて存在した海はどのようにして失われたのでしょうか?現在のところ、水が地下に輸送され、氷として残っているという説と水の構成元素である水素や酸素がガスの形で宇宙空間へ流出してしまったという2つの説があります。私は過去に存在した火星表面の水の行方を知るため、後者の大気流出的観点から火星大気の観測的な研究を進めています。

図1
図1 過去の火星の想像図. (NASA's Goddard Space Flight Center)

火星から流出する大気をどのようにして観測するのでしょうか?1つの方法は望遠鏡で火星の上層大気をモニターすることです(図2)。特に、水素原子や酸素原子といった粒子は太陽紫外線を散乱して発光しているため、この光を望遠鏡でモニタリングすることによって火星周辺に広がる水素ガスや酸素ガスの分布やその時間変化を知ることができます。紫外線は地球大気に吸収されて地上には届きませんので、地球大気よりも上から、すなわち宇宙望遠鏡を使って観測する必要があります。私は、JAXAの惑星分光観測衛星「ひさき」(惑星専用の紫外線宇宙望遠鏡)を用い、火星大気上層の水素や酸素のガスの総量が、火星地上で季節的に発生する砂嵐によって大きく変動することを示しました[1]。火星大気にわずかに含まれる水蒸気が砂嵐による大気循環の急変により、大気上層へ急速に運ばれることが原因であることも示唆されました。このように、大気と宇宙空間の狭間(高度100kmより上空)で起こる大気流出現象が、火星地上で発生する現象と関係していることは驚きであるとともに非常に面白く、現在も砂嵐が大気流出へ及ぼす影響について世界中で研究が進められています。

図2
図2 宇宙望遠鏡や火星探査機によって観測される火星の大気流出のイメージ図

もう1つの方法は火星から流出してくる大気成分の粒子を直接計測することです。惑星大気は高度100km以上では大気の一部が太陽からの紫外線の影響で電離しています(図2)。火星では、この電離した大気が太陽から吹き付ける太陽風(太陽から吹き付けるプラズマや磁場の流れ)の影響で加速を受け、宇宙空間へ流出しています。惑星探査機にプラズマのエネルギーや質量を分析する装置を搭載し、惑星を周回しながらプラズマの速度分布を測定することで、電離大気の流出メカニズムを調べることができます。私は過去に欧米の研究所に所属し、欧米の火星探査機の観測データを使って火星から流出するプラズマの加速メカニズムについて調べ、火星周辺の酸素イオンの特徴的な旋回運動について発見しました[2]。JAXA宇宙科学研究所(宇宙研)でもこのようなプラズマ観測器の開発研究が行われており、これまでに様々な宇宙探査ミッションに搭載されています。私は観測データ解析を通じて惑星周辺の物理現象を解明することを専門としておりますが、データを解析する際には観測装置に対する深い知識も必要となってきます。こういった観測装置の専門家とすぐに話せる環境が宇宙研の良いところだと思います。

現在、JAXAは火星衛星サンプルリターンミッションMartian Moons Exploration (MMX)を計画しています[3]。MMXは火星衛星(火星の月)フォボスのサンプルを持ち帰り、火星衛星の起源を解明することが大目標です。一方でフォボスは火星から流出した大気に曝されており、火星大気成分がフォボス表面へ輸送されると考えられています。そのため、持ち帰ったサンプルの分析結果から、火星大気による汚染効果が導き出されることが期待されます。私は火星からの大気流出の仕組みを理解し、将来のMMXが明らかにするであろう火星衛星環境の理解にも繋げていきたいと考えています。

  1. K. Masunaga et al., Nature Communications, 13, 6609, 2022, doi:10.1038/s41467-022-34224-6
  2. K. Masunaga et al., J. Geophys. Res. Space Physics, 121, 3093–3107, 2016, doi:10.1002/2016JA022465
  3. K. Kuramoto et al., Earth, Planets and Space, 74, 12, 2022, doi:10.1186/s40623-021-01545-7

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