イオンエンジンの次世代バージョン、手のひらサイズの未来のエンジン「イオン液体エレクトロスプレースラスタ」の研究で、2名が受賞!~35th ISTS Student Session Award、受賞インタビュー:髙木公貴氏・新垣善斗氏~

新垣善斗さんと髙木公貴さん
新垣善斗さんと髙木公貴さん

2025年7月12日~18日に徳島県のアスティとくしまで開催された35th ISTS(International Symposium on Space Technology and Science:宇宙技術および科学の国際シンポジウム)にて、髙木公貴氏と新垣善斗氏がStudent Session Awardを受賞しました!
二人はJAXA電気推進研究室(西山・月崎研究室)に所属している先輩・後輩で、ともに「イオン液体エレクトロスプレースラスタ」に関する研究に取り組んでいます。本インタビューでは、受賞した研究の概要や魅力について、伺いました。

髙木 公貴

髙木 公貴(横浜国立大学/博士課程3年)
「Ion Dynamics in the Porous Emitter Ionic Liquid Electrospray Thrusters」のタイトルでJAXA President Awardを受賞。西山・月崎研究室のイオン液体エレクトロスプレースラスタの研究は、髙木さんが修士課程1年目の時に立ち上げたそう。

新垣 善斗

新垣 善斗(総合研究大学院大学/5年一貫制博士課程2年)
「Evaluation of AMU as an Ionic Liquid for Multi-Mode Propulsion Using a Porous Ionic Liquid Electrospray Thruster」のタイトルで、JSASS President Awardを受賞。ISTSの授賞式では、いきなり名前がスクリーンに映し出されて、とても驚かれたとのこと。

受賞した研究について、教えてください。

髙木: 私たちが研究しているのは、イオン液体エレクトロスプレースラスタという電気推進です。イオン液体エレクトロスプレースラスタは、小惑星探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」に搭載されているイオンエンジンの仲間で、イオンエンジンが推進剤のガスをプラズマ化させて引き出したイオンをビームとして吹くように、イオン液体エレクトロスプレースラスタはイオン液体からイオンを放出することで推力を得ます。従来の推進機では難しかった小型化が可能というのが大きな特徴で、手のひらに載るほどの大きさでありがなら効率がよいため、最近流行りの小型宇宙機の開発にも適応できるような、未来を見据えたエンジンとして、世界的に注目されています。
小型化を可能にしている鍵は、推進剤のイオン液体にあるのですが、実はイオン液体の中でイオンがどのような物理現象を起こしてエンジンとしての動きをするのかは、明らかになっていません。私はこの不思議な現象に面白さを感じて、メカニズムを解明するための研究に取り組んでいます。昨年、イオン液体から放出するイオンの理論モデルの開発*1についての論文を発表したのですが、ISTSではこの論文の内容に加えて、理論モデルの中で明らかになっていなかった部分について実験を行い、どういった挙動を示したかを発表しました。

新垣善斗氏

新垣: 私の研究は、イオン液体エレクトロスプレースラスタにおいて、電気推進と化学推進のどちらにも使える特別なイオン液体を使って、その性能を確かめることです。私たちは、この新しい推進システムを「統合推進」と呼んでいます。電気推進は燃費がいいエンジンで、化学推進は馬力の大きいエンジンです。これまでは化学推進と電気推進は別々のエンジンとして扱われてきましたが、特殊な性質を持つイオン液体の中には、その両方に使えるものがあります。私はそこに注目して、もともと化学推進用に開発されたイオン液体をエレクトロスプレースラスタにも応用できるのかを調べました。その結果、エレクトロスプレースラスタでも安定して作動するだけでなく、統合推進システムにとって非常に有望なイオン液体の一つであることを確認できました。さらに、この両方の推進方式をどうやって一つのシステムとしてまとめ上げていくか、という研究も進めています。統合推進の面白いところは、一つのタンクから燃料を供給して、状況に応じて「高燃費の電気側」と「高馬力の化学側」を切り替えて使えることなんです。まさに「夢のエンジン」と言えると思っています。

受賞の感想を聞かせてください。また、結果に繋がったと思われる活動等があれば、あわせて教えてください。

髙木: ISTSに参加するのは今回が2回目でしたが、前回は賞を取ることができず、「次こそは!」と思っていたので、嬉しかったです。将来的に研究者として自立するためには、見える形で実績を残していくことは大事だと思うので、賞を狙ってしっかり取ることができてよかったです。前回の参加時に、私の研究テーマは理論モデルや数式等が出てくることもあって、プレゼンテーションの形式で分かりやすく説明するのはなかなか難しいと感じたので、今回は伝えたいことが確実に届くように構成をよく練って、発表練習も重ねて臨みました。準備に苦労した分、ある程度魅力的に話せたように思いますし、自分が信念を持って研究をしている内容で受賞ができたのは、すごく励みになりました。

新垣: 私は国際学会自体が初参加だったので不安もありましたが、受賞できて嬉しかったです。ISTSの発表に向けた実験では、横浜国立大学の鷹尾研究室で設備をお借りするために、1週間ほど出張して実験を行いました。慣れない環境の中で苦労も多かったのですが、目標としていた実験をすべてやり切ることができ、自分の成長を感じることができました。今回の受賞は、発表内容はもちろんですが、英語での発表や質疑応答を評価していただけた部分が大きかったのではないかと感じています。西山・月崎研究室は留学生が多いこともあり、日常のゼミ等での発表や質疑応答はすべて英語です。研究室に所属した時からこの環境なので、当日の質疑応答でもペラペラとまでは行かないまでも、しっかりと話すことができたように思うので、そこを評価していただけたと思っています。

どのような経緯で、エレクトロスプレースラスタを専門にされたのでしょうか?

「はやぶさ2」のイメージ図
イオンエンジンの運転を行う「はやぶさ2」のイメージ図。(クレジット:JAXA)

髙木: もともとは、「はやぶさ」や「はやぶさ2」のイオンエンジンのような、かっこいい光るエンジンを研究したいという思いがあったのですが、修士課程に入ってから世界の流行りがエレクトロスプレースラスタに来ていると知って、調べるうちに興味を持ちました。実はエレクトロスプレースラスタは光らないので、「光らないのか…」と思いましたが、よくよくその物理(仕組み)を考えてみると、光らない方がエネルギーの効率がよかったり、イオン液体という物質が謎に満ちていたりと、魅力がたくさんあったので、修士課程から現在の研究に取り組んでいます。

新垣: 私は中学生の頃に漫画『宇宙兄弟』を読んで、宇宙に興味を持ちました。特に、宇宙で動く何かを作りたいと思ったので大学で宇宙工学を学びました。宇宙工学も様々な分野がありますが、その中でも宇宙機エンジンである電気推進が面白く感じたので、今の研究室に進みました。イオンエンジンのように研究の蓄積が多い分野に比べると、エレクトロスプレースラスタはまだ発展途上の研究分野です。だからこそ、大きな挑戦ができるという点に魅力を感じています。これから取り組むべきテーマが数多く残されているので、世界中の研究者が驚くような成果を出せるよう、日々研究に励んでいます。

現在イオン液体エレクトロスプレースラスタは、宇宙実証を目指して研究が進められているそうですね。

新垣: はい。エレクトロスプレースラスタは国際的には盛り上がっているものの、日本ではまだまだイオンエンジンやホールスラスタの人気が根強いこともあり、国内で専門的に研究をしているのは、横浜国立大学の鷹尾研究室とJAXAの西山・月崎研究室の2つしかありません。日本でも数少ないエレクトロスプレーの研究者という意味でも、私たちが宇宙へ打ち上げたいという思いが強いです。

髙木公貴氏

髙木: 「宇宙実証ができるものを研究している」ということを、ずっと大切にしていきたいと思っていて、これは「はやぶさ」・「はやぶさ2」でイオンエンジンを実用化している西山・月崎研究室に所属していることが大きいと思います。ただ研究室で作るだけではなく、実際に宇宙で動いて成果を上げることができる、信頼性のあるエンジンを作ることにこだわっていきたいです。

新垣: そうですね。西山・月崎研究室にいるメンバーは、全員そのような意識で研究をしていると思います。やはり、実際に宇宙でエンジンを運用してきた経験を持つ先生方のもとで研究できるというのは、宇宙を身近に感じられる大きな要因だと思います。こうした環境で研究を進められるのは本当に貴重なことだと思いますし、恵まれていると感じています。

最後に、これから仲間になるかもしれないみなさんへ、メッセージをお願いします。

髙木: 電気推進の研究は、分野融合的なところが魅力だと思います。理解を進めるためには、様々な分野の知識を使って考えますし、よいものを作るためには、細々とした電子工作やスラスタを作るための金属加工などの泥臭い手作業もします。あらゆる分野の知識や経験を積むので、足腰が強くなりますし、色々なことができて楽しいです!宇宙というフロンティアを開拓するのに、分野の壁はないと実感しますし、未来を切り開く一歩を自分が進めていると思うと、すごくワクワクします。電気推進の研究はとても楽しいので、魅力が伝わって仲間が増えたらいいなと思います。

新垣: 髙木さんのおっしゃる通り、本当に色々な知識を総合的に勉強しているので、毎日楽しいです。何より、自分の作ったエンジンが宇宙に行って動いているのを想像すると、「すごいことをしてるな…」と、ロマンを感じます!また、私自身が宇宙科学研究所に来てから、大変優秀な先生方や先輩方から日々様々なことを教えていただいているので、私も新しい仲間が入ってきたら、同じようにできたらなと思っています。

本日は貴重なお話をありがとうございました!お二人がイオン液体エレクトロスプレースラスタを宇宙に打ち上げる日を、楽しみにしています!

JAXAロゴ前

用語解説

  • *1 髙木さんの論文は、国際科学誌「Journal of Applied Physics」(2024年6月27日付)に掲載され、特に注目すべき研究成果としてFeatured Article に選出されています。宇宙科学研究所HPから、プレスリリースが出ています|イオン液体から放出するイオンの理論モデルを開発

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