ロケット用に最適化したバイオ燃料で、世界初の宇宙飛行を目指す!宇宙科学研究所ならではの実りある学生生活~第68回宇宙科学技術連合講演会 若手奨励賞最優秀賞ほか、受賞インタビュー:髙岡泰成氏~
2025年5月22日 | あいさすpeople

髙岡 泰成氏(東京大学大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 博士課程1年/日本学術振興会特別研究員DC1(現在))が2025年3月に、第68回宇宙科学技術連合講演会 若手奨励賞最優秀賞、東京大学大学院工学系研究科長賞(修士)、同化学システム工学専攻修士論文Outstanding Presentation Awardの3つの賞を受賞しました!
年度が明けた4月からは博士課程に進学して、修士課程で取り組んだ内容をさらに発展させた研究に取り組まれています。
本インタビューでは、髙岡さんのこれまでの研究内容、そしてこれからの研究課題について伺いました。
髙岡さんのご専門と研究テーマについて、教えて下さい。
私は、ロケット推進工学における燃焼を専門としています。研究テーマは、持続可能ロケット推進剤(SRP:Sustainable Rocket Propellant)で、原料が植物油の環境に優しいロケット燃料の実用化を目指した研究を進めています。
現在、世界的に持続可能社会の実現を目指す中で、カーボンニュートラル*1の観点から航空機燃料を持続可能航空機燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)と呼ばれる植物原料由来の燃料に置き換えることへのニーズが高まっており、急速に導入が進められています。
ロケットの打上げ時に出る排出物に関しても、環境に与える負荷は決して小さくありません。そこで、ロケット燃料と航空機燃料は非常によく似ているので、「SAFの製造技術を応用し、製造する燃料の成分を調整することで、ロケット燃料もできるのでは?」という発想から研究を始めました。SAFをロケット燃料に応用した研究はまだ例がないので、実現したら世界初のバイオ燃料(生物資源を原料とする持続可能な燃料)での宇宙飛行になると思います。
植物油を使った新しいロケット燃料の開発をされているのですね。第68回宇宙科学技術連合講演会 若手奨励賞最優秀賞を受賞した研究発表、「持続可能ロケット推進剤(SRP)の実用化に向けた基礎燃焼研究」の概要を教えてください。
ロケット燃料には、ロケットに適した特性が必要です。例えば、より早く、安定して燃焼し、煤(すす)の発生が少ないといった特性です。
ロケット燃料は色々な種類の炭化水素*2という成分から構成されているのですが、本研究では様々な分子量や分子構造を持つ炭化水素の液滴燃焼特性(一滴の炭化水素燃料の着火遅れ時間、燃焼時間など)を、試験装置を用いて一つ一つ徹底的に調査しました。
その結果をもとに、炭化水素の分子量や分子構造に起因する燃焼特性を定量的に評価し、各種炭化水素の物性(密度や粘度など)ももとに、SRPを構成するのに適した燃料組成を検討しました。具体的にはどの程度の炭素数分布の燃料にするのか、どのような分子構造を有す燃料同士を混合するのかといったことです。
今回はほかにも東京大学大学院工学系研究科長賞(修士)と同化学システム工学専攻修士論文Outstanding Presentation Awardを受賞されていますが、ご自身では、どういった点が複数の受賞に繋がったと思われますか?

本研究は、先ほど説明させていただきましたように、SRPを構成するのに適した燃料組成を明らかにしたことを最も評価していただいたと考えていますが、分野として広い研究になったこともまた、評価されたポイントの1つではないかと思います。Outstanding Presentation Awardでは、聴衆の背景と関心に配慮し研究の意義と成果を余すところなく伝える優れたものであったと評価いただきました。この研究では、地方自治体の耕作放棄地を整備して、SRPの原料となる油糧植物(食用油や燃料油の原料として栽培される作物)の栽培から取り組んでいます。栽培には農家の方にご協力いただいており、ここで収穫された油糧植物は共同研究先の企業の工場へ運ばれ、そこで燃料化されたものが私たちの元に届けられます。研究室だけでなく、多くの人と関わりながら取り組む研究となった点を見ていただけたように思います。
また、工学系研究科長賞は、化学システム工学専攻の全教員が投票して選ぶのですが、学業成績、研究内容だけでなく、その他活動が評価項目ですので、観測ロケット実験*2に参加したことも高く評価されたと聞いています。せっかく宇宙研(宇宙科学研究所)で研究をしているので、昨年と一昨年で2回の観測ロケット実験研修に参加しました。私の研究が観測ロケットの打上げ作業と直接的に関係しているかと言うと、そうではないのですが、そういった場に積極的に参加したことも良かったのではないかと思います。加えて、修士課程の研究成果をまとめた論文が国際ジャーナルに掲載されたことも、高く評価された点だと思います
3月25日に行われた東京大学の学位伝達式では、修了生代表として答辞を読まれたそうですね。感想を聞かせてください。
答辞を読ませていただいたことは大変光栄なことですし、指導教員の羽生宏人先生(宇宙科学研究所 学際科学研究系 教授/JAXA宇宙輸送技術部門 内之浦宇宙空間観測所 所長 兼 東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻 教授)にも恩返しができて嬉しかったです。修了式には父も来てくれたのですが、私の名前が表彰で2回呼ばれた上に答辞でも呼ばれたので、「こんなに名前を呼ばれる式は初めてだよ」と、びっくりしつつも喜んでくれていました。
化学システム工学専攻から宇宙研への配属は私1人だったので、答辞では観測ロケット実験への参加や種子島宇宙センターへ行ったことなど、宇宙研ならではの体験を中心に話しました。式の終了後に他の学生と会話をした際には、羨ましがられましたね。
宇宙研にはどのような経緯で?

本当は、大学の学部から宇宙の研究をやりたかったのですが、その時は希望する学部に進めず、今とは関わりのない研究をしていました。大学院から宇宙の道に進もうと調べたところ、自分の専門で宇宙推進の研究をしているのは羽生研究室だけだったので、学部3年生の時に研究室のウェブページに掲載されていた連絡先へメールを送って、研究室見学に行きました。もし研究室に配属されたらロケットの現場に行ってみたいと思っていたので、その中でも気象班として参加できるように気象予報士の資格も取りました。実際に観測ロケットの実習に参加した際には資格を活かして貢献できて良かったです。
博士課程では、どのような研究に取り組まれているのでしょうか?
修士課程ではロケット燃料に最適な組成を追求してきましたが、博士課程に進んで今ようやくそれが見つかりかけている段階です。そのため、まずはこの1年程でSRP規格を定めたいと考えています。また、ロケットに最適化した燃料が完成したらその燃料に適したエンジンが必要となるので、エンジンの開発も並行して進めて行きます。最終的には、SRPロケットエンジンの地上燃焼試験を行い、さらに観測ロケットに搭載して打ち上げて宇宙空間での燃焼試験を実施するまでを、博士課程では目指しています。こういったことがやりたくてこの道に進んだので、今は非常に楽しいです。実際に宇宙空間で飛行を達成できた時の周りの反応も楽しみなので、何とか成功させたいですね。
現在、日本の基幹ロケットの一つとしてH3ロケットがありますが、この燃料である液体水素はカーボンフリーと持続可能性が実現されているかと思うのですが、それでもSRPを推進する必要性や重要性はどのような点からでしょうか?
現状、水素製造法は、天然ガスや石油などの化石燃料と水から触媒を介して水素を得る水蒸気改質法が最も一般的ですが、製造や液化には大きなエネルギーが必要です。また、液体水素は-253℃という極低温において貯蔵、運用されるため取り扱いが非常に難しいです。一方、SRPなどのケロシン系ロケット推進剤は常温貯蔵が可能で、揮発性が低く取り扱いが容易なので、現場での運用性が高く、高頻度での打ち上げが可能です。さらにSRPの場合、国内資源のみからエネルギーを獲得することができる点が挙げられます。国内の農地から得られた油糧食物からエネルギー自給が可能になるという点は、水素の原料である化石燃料を含むエネルギー資源のほとんどを輸入に頼ってきた日本にとって、大きな強みになると考えています。
宇宙での実証が実現した先には、どのような未来に繋がりますか?
ロケットに使用できる燃料を国内で育てた植物から作ることができたら、宇宙だけではないインパクトがあると思っています。例えば、私たちが栽培している油糧植物は、その全てがロケット燃料になるわけではありません。ロケットの規格値から外れた成分については、ガソリンやディーゼル燃料として車などにも利用できます。世間で広く使えるようになれば需要も増えるので、植物油の製造量を増やすために耕作放棄地が整備されたり、並行して農業人口を増やす必要が出てきたりと、上手く行けば地方経済を回すことに繋がり、日本の社会問題にも貢献できるのではないかと考えています。
他にも、例えば月や火星等での植物の栽培が可能となれば、地球外で燃料の補充ができるようになり、惑星探査の領域や人類の生存圏の拡大にも繋がるかもしれません。これら以外にも、まだまだ広がりのある研究テーマだと思っています。
このような未来の実現には、ロケットを飛行させたバイオ燃料があることが日本中で広く知られて、多くの人に興味を持ってもらうことが重要だと思うので、まずは観測ロケットに搭載して宇宙空間で実証することが目標です!
本日は貴重なお話をありがとうございました!髙岡さんの開発したバイオ燃料のロケットが宇宙を飛行する日を楽しみにしています。

用語解説
- *1 カーボンニュートラル:温室効果ガスの排出量と吸収量を等しくすること。植物から作った燃料の場合、その元となる植物は二酸化炭素を吸って成長することから、サイクル全体として見ると二酸化炭素は増加しないと言えるため、従来燃料と比べて環境への負荷が小さくなる。
- *2 炭化水素:炭素原子と水素原子からなる化合物の総称。分子中の炭素原子の数や炭素原子同士の結合の仕方により、直鎖状、分岐状、環状などの様々な分子構造を有する。
- *3 観測ロケット実験:ロケットが宇宙空間を飛翔してから落下するまでの間に観測や実験を行うもの。宇宙科学研究所では人材育成プログラムの一環として、JAXA職員や受け入れ学生に対して観測ロケット実験の現場に参加する機会を提供している。JAXA観測ロケット実験グループHPでは、髙岡さんが執筆した観測ロケット実習についてのコラムが掲載中。|“現場を経験する“ことの大切さ
関連リンク
- 第68回 宇宙科学技術連合講演会 若手奨励賞最優秀賞
- 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 羽生研究室
- Taisei Takaoka, Rin Nakamura, Hiroto Habu, Experimental study on the relationship between the molecular structure and droplet combustion/flame characteristics of various alkane hydrocarbon fuels, Fuel, 2025, 392. doi:10.1016/j.fuel.2025.134645.
- 東京大学2024年度工学系研究科長賞
- 東京大学化学システム工学科/専攻|本専攻の教職員・学生の受賞
- researchmap(髙岡 泰成)