超小型衛星で宇宙科学の最先端を鋭く切り拓く!
~VERTECSチーム:佐野圭氏、松浦周二氏、瀧本幸司氏、中川貴雄氏インタビュー~

松浦周二氏、瀧本幸司氏、佐野圭氏、中川貴雄氏
左から、松浦周二氏、瀧本幸司氏、佐野圭氏、中川貴雄氏

2022年12月、JAXAと九州工業大学は「産学官による輸送/超小型衛星ミッション拡充プログラム(拡充P)」の枠組みのもと、超小型衛星によるミッション「VERTECS(Visible Extragalactic background RadiaTion Exploration by CubeSat)」を始動すると発表しました。
拡充Pとは、産(企業)、学(大学)、官(JAXA)が三位一体となり、革新技術に挑戦する超小型衛星ミッションを、民間小型飛翔機会の活用で実現するだけでなく、その成果に基づく事業創出を目指す新しい研究開発プログラムです。
「VERTECS」は、6U*1サイズ(10cm×20cm×30cm)の超小型衛星に小口径の望遠鏡を搭載して、宇宙背景放射を可視光で観測することで、天体形成史の解明を行います。加えて、本ミッションで開発する衛星バス*2について、超小型衛星を用いた宇宙科学ミッションでの利用拡大を目指します。本衛星は、九州工業大学とJAXAに加え、東京都市大学、関西学院大学、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター、東京工業大学、金沢大学、福井大学、東京大学が共同で開発を進めていきます。また、民間からセーレン株式会社と株式会社コシナが参加します。本記事では、「VERTECS」の開発を担当するチームから佐野圭氏、松浦周二氏、瀧本幸司氏、中川貴雄氏に本ミッションの概要や、その先に続く天文観測への想いについて伺いました。

佐野 圭

佐野 圭(九州工業大学 大学院工学研究院 宇宙システム工学研究系 助教)
学生時代から天文学を学び、大学院から宇宙背景放射の研究を始める。これまで、観測ロケットでの観測、データ解析、観測装置の開発を行ってきた。本ミッションではプロジェクトマネージャを務め、所属する九州工業大学が中心となって開発・運用・解析を進めていく。

松浦 周二

松浦 周二(関西学院大学 理学部 教授)
宇宙赤外線背景放射の観測に基づく宇宙初期の研究を行う。1999年から2015年に所属した宇宙科学研究所(ISAS)での赤外線天文衛星「あかり」や観測ロケット実験「CIBER」に続き、2015年4月から所属する関西学院大学での観測ロケット実験「CIBER-2」と、本ミッションに繋がる観測・開発に携わってきた。

瀧本 幸司

瀧本 幸司(九州工業大学 大学院工学研究院 宇宙システム工学研究系 支援研究員)
関西学院大学在籍中、松浦周二氏の下で宇宙背景放射を学ぶ。2022年3月、博士(理学)の学位を取得。2022年4月より九州工業大学に所属。本ミッションでは佐野圭氏とともに開発に携わる。

中川 貴雄

中川 貴雄(宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 教授)
赤外線天文物理学を専門とし、赤外線宇宙望遠鏡「IRTS」、赤外線天文衛星「あかり」等を用いた観測・研究や、観測技術開発等を行う。また2020年代の打ち上げを目指した赤外線天文衛星SPICA計画に尽力した。本ミッションでは、超小型衛星を活用した新しい天文物理観測の実現を目指し、開発を行う。

宇宙の歴史を探る研究は世界中で取り組まれていますが、今回の「VERTECS」で行う宇宙背景放射の観測とはどのようなアプローチなのでしょうか。

松浦: 「宇宙が始まった頃の天体を見たい!」と聞くと、ハッブル宇宙望遠鏡やジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡など、遠方の天体を観測できる大型の望遠鏡を使って観測すればよいのでは?と思いますよね。そうではなく、我々は「宇宙初期の銀河には大きな望遠鏡ですら分解できないような、弱い光を放つ小さな天体がたくさんあるのではないか」と考えて、小さな望遠鏡を使って広い視野でまとめて捉えようと観測をしてきました。それが、宇宙背景放射の観測というアプローチです。

佐野: 宇宙背景放射というのは、宇宙初期から現在までに放出されたあらゆる光を足し合わせた積算光です。非常に簡単に言うと、空そのものの明るさです。その背景放射の中でも、宇宙初期に形成された天体や遠方の銀河から届く光は近赤外線で観測できるとされています。我々はこれまで宇宙赤外線背景放射の観測をして、どのような天体が含まれているのか、天体の形成史を解明しようとしてきました。

どのような観測をするのでしょうか。

松浦: 観測は、地球の大気の光を避けるため、大気圏外で観測ロケットや衛星に搭載した装置で行います。そして、宇宙初期の光、つまり遠方からの光を観測したいので、その手前にある光、前景放射となる黄道光(太陽系内のダスト*3からの放射)や天の川銀河の光を差し引くことで、宇宙背景放射を測定します。

宇宙からの放射

中川: 観測の難しさでもあるのがこの黄道光の存在です。黄道光を区別することは、観測の精度を上げるにはとても重要です。今回の超小型衛星の観測では、これまでの観測ロケットよりも広い範囲での観測ができ、大量のデータも取得できるので区別もしやすくなりますね。

「VERTECS」ではなぜ可視光を観測するのでしょうか。

佐野インタビュー

佐野: これまでの宇宙赤外線望遠鏡「IRTS」や赤外線天文衛星「あかり」、観測ロケット実験「CIBER」での観測が進む中、宇宙赤外線背景放射の明るさが、既に存在が確認されている銀河の明るさをすべて足し合わせた総計よりもはるかに多い、2~3倍であることがわかりました。つまり、既知の銀河以外に、非常にぼんやりとした明かりを発している未知の天体があることを示しています。「VERTECS」では、近赤外線からさらに可視光に波長を拡張して、今までの観測では追いきれなかった波長を網羅することで、この未知の天体が何であるか、宇宙背景放射の中にどのような天体が含まれているのかを解明していきます。

松浦インタビュー

松浦: 赤外線での観測としては、2023年4月に予定している観測ロケット実験「CIBER-2」や、2025年4月までに打上げを予定しているNASAの宇宙望遠鏡「SPHEREx」があります。そこにタイミングよく「VERTECS」で可視光での観測ができれば、3件それぞれの観測にとって必要な情報を補い合うことができ、この数年で急速に解析を進められると期待しています。

「VERTECS」では観測だけでなく、開発した衛星バス部について利用の拡大を計画されていると伺いました。その狙いを教えてください。

中川インタビュー

中川: 衛星バス部を他のミッションでも共通で使えるようにすることで、天文物理観測での超小型衛星の活用の道を切り拓きたいと思っています。超小型衛星は、開発から打上げまでが短期間ですので「新しいアイディアがでてきたら、すぐにでも次の観測がしたい!」と思う研究者にとって魅力的な観測方法です。衛星として必要な機能を限られたリソースで開発する難しさはありますが、ある程度どのミッションでも共通して使える衛星バス部のプラットフォームが構築できれば、ゼロから作る作業を軽減でき、短期間に、低コストでの開発が可能になります。つまり、望遠鏡を取り換えるだけで、宇宙背景放射をはじめ、その他様々な天体観測ができるようになります。宇宙科学のミッションは実現までに非常に長い時間がかかります。もちろんそのようなミッションも大切なアプローチですが、新しいアイディアをすぐに実現していく道として超小型衛星が活用できれば、新たな科学成果を生み出せるかもしれません。そして、「宇宙科学は面白いんだ!」と実感できるミッションに取り組みやすくしたいですね!そのためにも、この「VERTECS」でプラットフォームを確立させたいと思っています。

「VERTECS」での観測後はどのような取り組みを目指されているのでしょうか。

瀧本インタビュー

瀧本: 超小型衛星での観測のシリーズ化を目指したいです。バス部のプラットフォームが確立されれば、新たな機能をプラスするだけで、未解明な部分が多い黄道光についても詳しく調べられるようになります。背景放射の起源解明に必要な情報を探っていきたいですね。もちろんその先は、前景放射に影響されない深宇宙からの観測を目指したいですね。

佐野: 長期的な大目標としては、太陽系の中でも木星付近まで到達する探査機に「VERTECS」のような観測装置を搭載して、前景放射がまったくない状態で背景放射の観測をしたいです。そのためには、工学での技術の発展も大切ですし、この研究に興味を持つ人をもっと取り込んでいくことも必要だと思っています。まずは「VERTECS」で成果を出すことで、宇宙背景放射観測の意義を広く伝えて、大目標の観測に繋げたいですね。「VERTECS」という名前には、頂点(vertexは英語で頂点を表す)を目指すという意味も込めています。

松浦: そのためには我々の力だけでなく、惑星探査の計画とともに進める必要もあります。過去に例がない宇宙の観測に繋がる第一歩の所に我々はいると意識して、もちろん今現在も計画をしています。「宇宙背景放射の究極の観測をやるんだ!」そこに繋がると信じて、若い研究者と一緒にたくさんの経験を積んで、がんばっていきたいですね。

最後に、宇宙背景放射観測の魅力を教えてください!

佐野: 個別の天体を見て、いかに遠くの天体を見つけるかという競争、研究は世界中でされていますが、この背景放射で探る手法をとる人は少なく、とてもユニークな研究です。また、この分野だけではありませんが、観測ロケットや超小型衛星はすぐに開発を始められるので、開発から参加して自分が作ったもので科学観測ができることも魅力です。学生の間にミッションを計画して、開発して、打ち上げて、データ解析ができて、実際に科学成果を得られます。やりがいがありますね!

瀧本: サイエンスとしての面白さはもちろんですが、珍しいアプローチをする小さなコミュニティだからこそ、尊敬する研究者の方々と同じ土俵で研究ができることも、とても魅力です。僕はこのチームだからこそ続けてこられて、アカデミックでも頑張りたいと思っています!

中川: 今度は「瀧本先輩に憧れてこの研究を選びました!」と言ってくれる後輩ができるといいよね!
宇宙背景放射という観測手法の世界的な先駆者は、2022年に亡くなられた松本敏雄先生*4です。松本先生の教えを受けて育ってきたメンバーは私や松浦さん、世界で活躍する研究者の中にいます。そして佐野さんや瀧本さんのように若い世代まで発展している。松本先生もとても喜んでいらっしゃるんじゃないかと思いますね!


  • *1 6U : 超小型衛星(CubeSat)の大きさを表す単位。10x10x10cmを「1U」として、寸法を標準化している。「VERTECS」では6Uサイズ(10×20×30cm)の超小型衛星の開発を行う。
  • *2 衛星バス : 衛星としての動作に必要となる機器。電力供給や通信確保、温度制御、姿勢制御、軌道制御等の機器。望遠鏡などの観測機器は「ミッション部」として区別される。「VERTECS」では超小型衛星向けの統合型姿勢制御(AOCS)ユニットを搭載した高精度姿勢制御バス部を開発し、他ミッションでの利用拡大を目指す。
  • *3 ダスト : 宇宙空間に分布している固体微粒子。太陽系内に存在するダストは惑星間塵とも呼ばれる。光を吸収、散乱するため、天体観測に影響を与える。惑星間ダストによって太陽光が散乱され黄道光となる。
  • *4 松本 敏雄(宇宙航空研究開発機構 名誉教授) : 可視~近赤外線での宇宙背景放射の観測を行い、赤外線宇宙望遠鏡「IRTS」や赤外線天文衛星「あかり」の開発、打上げに貢献した。

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